「ん……?」
居住区から表の通りに出ようとして、は踏みとどまった。
金属のぶつかる音がいくつも重なって遠ざかっていく。
遠目でも良く分かる紋章はこの町を総本山とする教団のものだった。
通りの通りの陰から様子を窺っていると、教会から兵士に取り囲まれた一行が出てきた。
苦々しい表情で連行されていく面々を見て、ははっと息を呑む。
「……まったく。面倒なことになったな。」
小さな声で呟き、見つからないよう息を潜める。

幸い鎧を着た兵士たちが自分を探している様子はない。
物音を立てないよう細心の注意を払いつつ、は開きっぱなしの扉から教会へ入り込んだ。



「さて……どうやって探すか。」
太い柱に背を預け、周囲を警戒しながら考えを巡らせる。
ちらりと柱から顔を覗かせると、図書室から出てくる小柄な人影が目に入った。
の思考回路は即座に切り替わり、弾かれたように体は動きだす。
気配を殺して背後に立ち、胴を抱えて再び柱の陰へ。十数秒とかからずは獲物を捕えた。
「あ……?!」
「静かに。」
口を塞いで周囲の様子を窺う。人気がなくなったのを確認しては相手と顔を合わせた。
「手荒な真似をしてすまない。」
目を丸くして驚いていた導師の少年は、いいえ、と小さく首を振った。
。無事だったんですね。」
「あまり喜んでいい状況じゃなさそうだけどな。──何があった?」
「預言を詠んでいたらモースたちが現れました。例のナタリアの件で、ルークたちを連れて行かれてしまいました。」
「そうか……どこに行ったかわかるか?」
「おそらくバチカルです。『王に然るべき裁きを下してもらう』と言っていました。」
す、とイオンの手がの手にそっと重なる。
、あなたに頼みがあります。」
「……わかっている。アイツらのことだろう。」
「ええ。それとこれを彼らに。」
イオンは懐から一冊の書物を取りだした。
「創世歴時代の禁書です。騒ぎの間に取ってきました。
ジェイドならこれを外殻大地降下に役立ててくれると思います。」
「了解した。」
「僕はもうしばらくここを動けません。よろしくお願いします、。」
小さく頷いて、は立ち上がる。
書物は適当な布にくるんで荷物の中にまとめ、
「あとは足か──む?」
身を翻したは、数歩先に見覚えのある姿を見つけて立ち止まった。
「アンタは……」
相手もこちらに気づいたのか、つかつかと歩み寄って来た。
赤い長髪に、イオンが目を丸くしている。
「一人か。」
「見ての通りな。」
素っ気なく返すと、アッシュはさらに表情を険しくした。
「ナタリア達はどうした。なんでお前だけこんなところにいる。」
「……話したところで、どうするつもりだ?」
言い返した途端、は思いっきり上半身を引っ張られた。
「待って下さい、アッシュ。」
胸倉を掴まれていると、今にも沸点を超えそうなアッシュの間に、イオンが割って入る。
「あなたも事情を知っているのですね?」
「……街のはずれでディストの部下がコソコソやっているのを見つけた。」
「そしたらボウヤたちのお仲間の操縦士が捕まっていてねぇ。助けて話を聞いたんだよ。」
後ろから人を化かしたような甘ったるい声がさらに割って入ってきた。
「またアンタか。今度は何しでかすつもりだ?」
怪訝そうにが眉を寄せると声の主──漆黒の翼のノワールはふふん、と口角をつりあげた。
「今はアッシュボウヤに雇われてるだけさ。そうそう、操縦士と船は街から離れたところに停めてあるわよん。」
「俺は見張ってろと指示したはずだ。」
「あんな辛気くさい顔した小娘の傍にいたらこっちまで気が滅入っちまうよ。」
けろりと言ってのけるノワールに、アッシュは軽く舌打ちをするが、それ以上は聞かなかった。
「……とりあえずそっちの事情も大体は把握した。」
は小さく息を吐いて、再度問い直す。
「それで、お前はどうするつもりでこんなところにいるんだ?」
「…………」
アッシュはすぐに言葉を返さなかった。代わりにとノワールが口を挟む。
「ここに寄ったのは操縦士の小娘を導師に預けるためさ。アッシュボウヤは……「お前に言われるまでもねぇ。」
キッと鋭い眼差しでアッシュはを睨みつけると、街の外へと身を翻した。
「──そうか。」
は一言だけ呟くと、イオンに手振りで別れを告げ、同じく街の外へと足を向けた。



ノワールの言葉通り、アルビオールは街の近くの森を迂回した先に停めてあった。
さん!」
「ノエル。無事でなによりだ。」
「はい。アッシュさんのおかげです。さんも無事でよかったです。」
「いや、大事なときに傍を離れてすまなかった。」
船内で待っていたノエルは、が入ってくると安堵の表情を見せた。
余程不安だったのだろう。握った手が、かすかに震えていた。
「事情はイオンとアイツらから聞いている。ルークたちの奪還に行くが、すぐに発てるか?」
「はい。飛行譜石も取り返していただいたので、いつでも飛べます。」
「助かる。ひとまずバチカルの方へ飛んでくれ。」
はい、と頷いてノエルは操縦席に着いた。


「──さて。作戦会議、だな。」
譜業機関の駆動音が響く中、は立ったままのアッシュに向き直る。
「一人が潜入、他はそのサポートというのがセオリーだと思うが。
今回はなるべく隠密に行動した方がいいだろうな。市民層で民間人に挟み込まれるようなことがあったら本当に身動きが取れなくなる。」
王族として民を重んじるナタリアにとってそれ以上に効くものはない。
「なるべく人目につかない場所か……それとも……」
どういうルートで逃走するべきか。最悪のケースは……などとが思案していると、アッシュが不意に口を開いた。
「いや、市民層を突っ切って最短距離を行け。」
「どういうことだ?」
「俺に考えがある。」
アッシュの作戦はたちでは考え付かないようなものだった。
目を丸くする漆黒の翼とに、いいな?と念を押してアッシュは座席に腰を下ろす。
「その作戦でかまわないが、立ち回りはある程度好きにさせてもらうからな。」
「好きにしろ。」
役割分担が決まると、それ以上言葉を交わす事はなかった。


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 あとがき
アッシュはシリアスとギャグの線引きが難しいです。
次はまた暴れますよ!!
 2013 10 3  水無月