ケセドニアに戻ると、バチカル側の入口でノエルが待っていた。
「皆さん!ご無事でしたか!」
「上手く着陸出来てたんだな。良かった。」
少し驚きましたけど、とノエルは照れ隠しのようにはにかんだ。
「とりあえずこれからの行動を決めないとな。」
が切り出すと、ナタリアが少し暗い面持ちで口を開いた。
「まずは戦争を止めるためにバチカルへ行かなくては。」
「パッセージリングの操作で戦場も魔界に落ちているのなら、きっと戦争どころじゃないと思うわ。」
「……ええ、そうだといいのですが。」
「どちらにせよ事情を知らないキムラスカ側は大地の崩落で混乱している。今すぐは話をするどころじゃないだろうな。」
はそう言って軽く皆を見渡す。そして小さく息を吐いた。
「とりあえずどこか建物に入らないか。こんなところで立って話してもまとまらないだろ。」
その提案から手近な宿に入り、広い一室を借りる。
「なあ。思ったんだけどさ、ユリアシティの奴らはパッセージリングが危ないって知ってんのか?」
ルークの問いにティアは逡巡した後、いいえ、と答えた。
「お祖父様はこれ以上外殻大地は落ちないと言っていたもの……知らないんだわ。」
「ということは、パッセージリングの異常については預言には詠まれていないのか?」
「ですがセフィロトの異常という一大事が詠まれていないとは思えませんわ。」
「それか、残っていてもお祖父様では閲覧できない情報かもしれないわ。」
再び部屋の中を沈黙が支配する。
「……方向としては、セフィロトの暴走の原因を探る。ということでいいのか?」
「そうですね。あとはその暴走の対処法も考えなければなりませんが。」
「了解だ。……目的の方向がはっきりしているほうが動きやすい。」
とはいえ、とは思案顔で腕を組んだ。
「セフィロトに関する資料なんてどこにあるんだ?俺の知る限りそんなものは……「イオン様なら。」
ずっと黙り込んでいたアニスが不意に口を開いた。
「イオン様なら……教団の最高機密を調べられると思う。」
「そうなのか?」
「うん……だって導師だし……」
「だったらダアトに向かおう!」
ルークは気合をこめるように手のひらに拳を打ちつけた。
「──っと、ダアトに行くんだよな。」
宿を出たところで急にが足を止めた。
「何か問題でもあるのか、?」
「いいや。……ああ、そういえばアスターに報告をしなきゃいけなかったな。すぐに済ませてくる。」
言うなりは早足でアスターの屋敷へと向かっていった。
「?!……ったく、しょーがねーな。」
「アスターさんの協力なしでは大陸降下の混乱を抑えられなかったわ。報告をするのは当然よ。」
断りを入れて屋敷の中に入ると、部屋に設置されていた置物などは倒れたり乱れたりしていた。
「殿、ご無事でしたか!」
「今さっき戻ったところだ。ルークたちも無事だ。」
「なによりです。……ところで、ここが魔界なのですね?」
アスターの表情にはまだ少し驚きと戸惑いが見られる。
「ああ。……すまないな。少しの間不自由な生活を強いることになる。」
「幸い食料と水の備蓄には多少余裕がございます。私どものほうは大丈夫です。」
「頼む。それとウチのマスターがどこにいるか知らないか」
「ソルジャーズ・ギルドのマスターでしたらマルクト側の港の近くにいましたよ。」
「わかった。……では、失礼する。」
が戻るとアルビオールはすぐに発進した。
「すまない、待たせたな。」
「いいって。アスターさんは何か言ってたか?」
「とりあえず食料と水の備蓄はあるからしばらくは大丈夫との事だ。俺達はやるべきことに専念するぞ。」
どことなく不穏な、薄暗い雲のかかった空。
一瞬で遠くなる景色をはぼんやりと眺めている。
「どうかしたのか。」
後ろの座席からガイが訊ねる。
「別に何もないが。」
「ここのところずっと何か考えてるだろ。」
「……まるで俺が普段は何も考えてないような言い方だな。」
じろりとガイを睨んで、はまあいい、と呟く。
「少し頼まれごとを引き受けたんだ。ダアトに入ったらしばらく別行動をしたい。」
「頼まれごとって、アスターさんにか?」
「……こっちの仕事の話だ。終わり次第そっちに合流できるようにする。」
それ以上は聞くな。とでも言うように、は再び窓の外へと視線を移した。
ダアトの街は戦時下にありながら静かで、平穏な雰囲気を保っていた。
「さてと。俺は用事を済ませ次第そちらに合流するが……どこで落ち合う?」
「そうですね……ここは敵地です。あまり長居はしない方がいいでしょう。
は用事が済みましたらアルビオールで待機していてください。」
「了解した。」
軽く頷いて、は一人、町の居住区へと姿を消してしまった。
居住区に入って数分程歩いたところでは懐から小さな地図を取りだした。
大まかな道といくつかの建物を描いた簡単なものだ。
しばし地図と周囲の建物を交互に眺めて、は再び足を進めた。
そうして二つ、三つと角を曲がった先の建物で足を止める。
どこにでもある平凡な一軒家。玄関の周りには鉢植えが並べられ、季節の花がそよ風に揺れている。
コンコン、と軽くドアをノックすると、中からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「どちら様ですか?」
家の主は若い女性だった。見たところより二つ、三つ上だろうか。
は姿勢を正してポケットから手形を取りだすと、冷静な口調で告げた。
「ケセドニアの傭兵ギルドの者です。──の件でお話があってきました。」
女性は一瞬驚いたように息を呑んで、どうぞ、と静かな動作でを招き入れた。
「報せは受け取ったようですね。」
「……はい。つい先日のことです。」
俯いて、ふっくらとした頬が髪に隠れる。
玄関でが口にしたのは、エンゲーブの住民を避難させる際に死んだ傭兵の名前だった。
「本来なら正式な書類で知らせて訪ねるのですが、戦時下ということもあり、急な来訪になってしまったことをまずはお詫びします。」
はそう言って頭を下げると、カバンの中から小さな包みを取り出した。
「今日はこれを届けに来ました。」
布の包みから出てきたのはくすんだ銀のペンダントと一本の投げナイフだった。
「これは……!」
「ギルドの身分証と、装備品の中に残っていたものです。
彼には肉親がいなかったようなので、一番近しい存在であるあなたへ届けるべきだと判断しました。」
「そう……ですか……」
ぽたりと雫が綺麗な手の甲に落ち、薬指にはめられた指輪まで流れ落ちた。
──ただの恋人じゃなくて、婚約までしていたのか。
「……すまない。私の責任だ。」
女性は顔を上げて意味を訊ねるようにを見つめる。
「彼らに護衛を頼んだのは私だ。」
「…………」
数秒か、それとも数分はあったか。
潤んだ瞳でしばらくを見つめて、女性は小さく首を横に振った。
「わざわざ届けて下さって、ありがとうございます。」
その言葉には、どんな感情がこめられていたのか。
は返す言葉が見つからず、静かに一礼して席を立った。
「……遺体はケセドニアの共同墓地に埋葬しました。それでは。」
民家を後にし、簡略な地図を譜術で燃やす。灰になった紙片は風に乗って舞いあがっていく。
「ふ……」
知らずため息が零れた。
きっとあの女性の感情は自分には理解できないものなのだろう。
少女が抱く夢も、女性が望む憧れも、全てを捨てて今ここにいる。
余分な感傷は要らない。そのために姿を偽っているのだから。
──やらなければならないことがある。
ぱんぱんと手を叩いて残った灰をはたき落とす。
「……さて、行くか。」
感情を切り替えるように呟いて、は町の外へと向かった。
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あとがき
はっちゃけたりセンチになったり感情の起伏が激しい人ですね。
にとっては普通の傭兵としての暮らしすらも手が届かないものと思っているのです。
2013 10 3 水無月