前に向かったときと同じルートで一行はザオ遺跡に辿り着いた。
あの時は大地が崩落するなど思いもしなかったな──などと考えながら、は先頭に立って遺跡に足を踏み入れる。
音素灯で照らしながら壁や地面などを注意深く調べて、ルークたちを振り返る。
「どうやらここはまだ無事なようだ。」
「では急ぎましょう。ここもいつ崩落が始まってもおかしくありません。」
「前にイオンが連れて行かれた場所でいいんだな?」
ええ、とジェイドが頷いたのを確認し、は馴れた砂漠の遺跡を進み始めた。


コツコツ、と無機質なブーツの音が折り重なって遺跡に響く。
天変地異を悟ってか、遺跡内に潜む魔物はほとんど姿を見せなかった。
「何だ……この違和感は……?」
先頭を進みながらぽつりとが呟く。
「どうかしたのか?」
「妙な気配を感じる。……気のせいだといいんだが。」
険しい表情のまま、達は遺跡の奥へと進んでいき──
「!」
奥へとつながる橋の途中で、突然が足を止めた。
その様子に誰かがどうした、と訊ねようとした瞬間、急に足下から振動が伝わってきた。
「はうあっ?!」
「橋が揺れてる?!」
「……違う、この遺跡全体が揺れてるんだ。」
の双眸がきり、と細められる。
しばらく立ち止まって様子を見ていると、揺れは徐々に収まっていった。
「大丈夫……なのか?」
「いや……どうやら気のせいじゃなかったようだ。」
遺跡の奥を見つめていたはルーク達の方に視線をやって続ける。
「奥に何かがいる。」
「何かって……敵か?」
はほんの少し間を置いて首を横にふった。
「……わからん。とにかく慎重に進むしかない。」


さらに奥まで進み、以前イオンがさらわれていた場所までたどり着いた。
「あの奥にパッセージリングがあり、前はその封印をイオンに解かせるために連れてきた……
なるほど、そう考えるとおかしくは──」
がその時のことを推察していると、再び地面が激しく揺れ始めた。
「なっ?!」
皆が驚く中、はいち早く察知して剣を抜く。
「魔物だ──来るぞ!!」
の声とほぼ同時に遺跡の奥からサソリのような魔物が姿を現した。
体は土色の甲殻に覆われており、獲物をしとめるはさみの付いた尾が頭上で不気味に揺れている。
「何だよコイツ?!」
「考えるのは後だ!避けろ!!」
が吠えると同時に長い尾が勢いよく振り下ろされた。
ルーク達が間一髪で避けた地点は、深く抉られ、いたる所が溶解している。
「毒……!」
「そのようだな。注意していくぞ!」
言うが早いかは魔物の背に回り込み重い一撃を喰らわせた。
だが相手の甲殻は予想以上に堅かった。剣が弾かれる感触に舌打ちしつつ、素早く距離を取る。
「下がって!譜術で攻撃するわ!」
「くらえーっ!!」
ティアとアニスの譜術が立て続けに炸裂し、歪な形をした胴体は大きくぐらつく。
さらにナタリアが放った矢の追撃を受け、甲殻の一部が砕け散った。
「なるほど。譜術への耐性は高くないのか。」
の表情に余裕が戻る。
「そのまま譜術攻撃を続けろ!ルークとガイは中程まで下がってヤツを引き付けるんだ!」
指示通り仲間たちが適度に距離を空けたのを確認すると、は素早く魔物の懐に飛び込み、
「全員息を止めろ!」
そう言うなり荒い斬撃で砂を巻き上げた。
「爆ぜろ、炎綴!」
周囲を振るわせるほどの爆音が響き、空中に舞った砂が豪快に爆発する。
砂の匂いは硝煙のそれへと変わり、魔物の周囲を灰が覆った。
視覚、聴覚、嗅覚を奪われ、異形の巨体が暴れまわる。
は頭上から振りかぶってきた前足を間一髪のところで避け、流れるような動作で回り込むと、甲殻の砕けた箇所に深く剣を突き刺した。
聞いたことのない、声とも思えぬ絶叫が響く。
「今だ、畳み掛けろ!!」
ガイが素早く先陣を切り、ルークが続く。詠唱が終わり譜術の援護攻撃も容赦なく炸裂する。
怒涛の連続攻撃を喰らい、魔物は光を放って消滅した。
「……コイツは一体なんだったんだ?」
その姿が跡形も無く消えてから、ルークが訊ねる。
「創世暦時代の魔物じゃないかしら。前にユリアシティにある本で読んだことがあるわ。」
「そういえば昔師匠にそんな話を聞いたな。確か……
『遺跡の奥にはいにしえより凶暴な魔物が眠っていて、その牙は砂漠の主すら脅かす毒を持っている。
故に遺跡に封じられたものを掘り起こしてはならない。』──だったか。
ただの御伽噺みたいなものかと思っていたが、実在するとはな……。」
話を思い出しながら、は深くため息を吐いた。
「しかし……あの人は何でこんなことを知ってたんだ。」
?」
ぶつぶつと呟くを促し、一行は遺跡のさらに奥──封印により守られていた空間へと足を踏み入れた。




奥に封じられていたのは、の知る遺跡とはまったく異なる空間だった。
「──!」
「すごいな……」
驚き息を呑むの隣でガイも感嘆の声を漏らす。
「……ここに、パッセージリングが?」
「そのようですね。前のシュレ―の丘の時と同じような構造をしています。」
目の前に延びているのは真っ直ぐな一本の道のみ。
それがいくつも折り重なるような構造で、空間は地下深くまで続いている。
「とにかく下りて行こうぜ。」

ひたすらに道を下り続けると、巨大な音機関の前にたどりついた。
「これがパッセージリング……」
茫然とそれを見上げていると、ティアが静かに歩み寄った。
音機関の前に設置された譜石が彼女に反応し、形を変える。
「よかった……ここでも反応してくれて……」
ほう、とティアが安堵の息を吐くと、パッセージリングの上部で操作盤が起動した。
「確か、あの赤いところを削り取るんだよな?」
ティアと立ち位置を交代し、ルークは頭上に手をかざす。
ジェイドは頷いて返し、どこか険しい表情で操作盤を見つめている。
「何かあったのか?」
が訊ねると、ジェイドは頭上の光を見つめたまま小さく首を振った。
「……今は止めておきましょう。後で確認してお話します。」
この男のこういう言い回しは大体が良くない事の前触れである。
「──これで、いいのか?」
ジェイドの指示でルークが命令を書き込んでいくと、セフィロトから記憶粒子が発生し始めた。
「成功したのか?」
「ええ。大陸の降下が始まったようです。念の為終了するまでここで待機していましょう。」
は通路の縁に腰を下ろして待つことにした。
「すごいな、創世歴時代の音機関ってのは。」
一人分程の距離を空けてガイも腰を下ろす。
「ああ……セフィロトツリーもそうだが、この空間を作っている内部の構造も今の技術じゃ到底図り切れない。」
「そうだな。俺たちなんてアルビオールだけでも手一杯だ。どんな時代だったんだろうな……。」


しばらくして、不意にジェイドが険しい表情で顔を上げた。
「これは……!」
「どうした?まさか……」
皆の脳裏に同様の不安がよぎる。
「いえ……降下作業は成功しました。」
ジェイドはですが、と眼鏡を押し上げながら続ける。
セフィロトが暴走している、と。
「パッセージリングの操作盤に警告が出ていました。
おそらく何らかの影響でセフィロトが暴走し、ツリーが機能不全に陥っているのでしょう。」
「おい、もしツリーが機能しなくなったら外殻は……!」
「……パッセージリングが耐用限界に到達と出ていました。セフィロトが暴走したためでしょう。」
そしてこのままではそう遠くない未来にツリーは消え、外殻大地は落ちる。
予想もしなかった状況に、皆は一様に押し黙ってしまう。
そんな中、地中から噴き出す記憶粒子を眺めながら、はゆっくりと腰を上げた。
「ひとまず外に出よう。これ以上いても意味はないし、他にやることもあるだろう。」
「……の言うとおりだな。とりあえず対策は外に出てから考えないか?」
さあ、とガイがルークたちを促し、パッセージリングを後にする。
「…………」
ふとガイは、戻ることを切り出したがその場から動いていないことに気づく。
?」
はパッセージリングの方をじっと見つめたまま動かない。
「何かあるのか?」
「……いや。」
は小さく呟いて、何事もなかったかのように出口のほうへと歩いていった。


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 あとがき
楽しいです!!
無駄に日が空きすぎて何か変な感じがします。
 2013 10 3  水無月