戦場を横切る避難行路も四日目に入った。
ひとまずローテルロー橋を越えれば危険は減るという判断になり、目的の橋は目と鼻の先まで来ていた。
「あと少しだな。何とかここまで来たか……」
ぐい、と額の汗を拭う。砂漠地帯が近くなってきたためか気温も高くなってきた。
近くなってきたという安心感からふう、と息を吐く。
「、前だ!」
緩みかけた思考を一瞬で切り替え、敵を確認する。
「神託の盾騎士団か!」
盾に刻まれた紋章を見て、は舌打ちし、相手を迎え撃つ。
「ここまで来て……っ!」
の一閃で最後の兵士が倒れる。
一部の小隊だけだったようで撃退に時間はかからなかった。
「ったく……皆、無事か。」
民達の安全を確認していると、後方でざわめく声があがった。
「おい、何か──」
の言葉が消える。
人に囲まれて横たわる男の姿。二日前に話をした、顔馴染みの傭兵が腹部から大量の血を流して倒れていた。
不意討ちから民間人を庇って──傭兵の一人が簡単に事情を説明する。
「……すまない。」
咄嗟に言葉が見つからず、はなんとかそれだけ口にして、ジェイドに先を促す。
「もう油断はしない。……行こう。」
予測通り、ローテルロー橋をわたってからは比較的安全にケセドニアまでたどり着くことができた。
「やっと着いたな。」
「……民間人に犠牲が出なかったとはいえ、不覚でした。」
「責を受けるべきは俺だろう。……とにかく街に入るぞ。ギルドへの報告もあるしな。」
住民達に続いて街の中に入る。まずはアスターの屋敷を目指そうとして、は思わぬ姿を目にした。
「おい、あれ……」
が指さすと同時に相手も振り向く。
「えっ??!ジェイド?!」
「ルークにナタリア?!」
街の中にはカイツールへ停戦を呼びかけに行ったはずのナタリア達が来ていた。彼女らも驚いた様子でこちらへ駆け寄ってくる。
「どうしてここへ?」
「総大将のアルマンダイン伯爵がここで大詠師モースと会談すると聞いて……」
どうやら自分たちと同じく戦場を抜けてきたらしい。
やれやれ、とため息を吐いていると、イオンが先を促した。
「今この街には停戦の重要人物がそろっています。まずは話をしに行きましょう。」
バチカル側の総大将とモースの姿は国境にあたる街の酒場付近で見つけることができた。
「アルマンダイン伯爵!これはどういうことです!」
前に歩み出てナタリアが呼び止めると、二人は驚いて足を止めた。
「ナタリア殿下!?それに……貴殿は……」
総大将の伯爵は続いて顔を見せたルークの姿にさらに驚愕した様子を見せた。
畳みかけるようにナタリアとルークは戦争を止めるよう事情を説明する。
「さあ、戦いをやめて、今すぐ国境を開けなさい!」
国境を塞いでいる兵士達もざわめき出す。
──その真ん中で、不適な笑みを浮かべる者が一人。
「待たれよ、ご一同。偽の姫に臣下の礼を取る必要はありませんぞ。」
モースの言葉に兵士達はまたざわめき、ナタリアの眉がつり上がる。
「無礼者!いかなローレライ教団の大詠師と言えども、私への侮辱は、キムラスカ・ランバルディア王国への侮辱となろうぞ!」
怒りを露わにするナタリアを嘲笑うかのように、モースは語り出した。
「私はかねてより敬虔な信者から悲痛な懺悔を受けておりましてな……」
曰く、その信者は亡き王妃の側仕えと自分の間に生まれた子供を王妃の子供──すなわち王女とすり替えたということだった。
いにしえよりランバルディア王家に連なる者は赤い髪と緑の瞳を持つ。
ナタリアがその特徴を持たないのはすり替えられた子供だからだ、と。
「この話はインゴベルト国王陛下にもお伝えした。しっかとした証拠の品も添えてな。
バチカルに行けば、陛下はそなたを国を謀る大罪人としてお裁きになられましょう!」
高らかに語りを終えたモースは伯爵と共にその場を去ろうと──凛とした表情を崩さないイオンを見つけて、仰々しく話しかけた。
「それより導師イオン、この期に及んでまだ停戦を訴えるおつもりですか。」
挑発じみたモースの言葉に、イオンは前に進み出て、はっきりと首を横に振った。
「いえ、私は一度ダアトへ戻ろうと思います。」
「イオン様!?」
皆が驚きを露わにし、特にアニスの声が大きく響いた。
「マ、マジですか!?帰国したら総長がツリー消すために連れ回されちゃいますよう!」
イオンはふわり、と穏和な笑みをこぼし、
「もし何かあったら、アニスが助けに来てくれますよね。」
ふへ?と呆気に取られるアニスに向かって、小さく息を吸い込んだ。
「唱師アニス・タトリン。ただいまを以て、あなたを導師守護役から解任します。」
「えっ?えっ!?」
突然の宣言に戸惑うアニスに、イオンは穏やかな表情でそっと近づき、何かを囁く。
それからルーク達へと向き直り、軽く頭を下げた。
「皆さんもアニスをお願いします。……さあ、ダアトへ参りましょう。」
「御意のままに。」
国境を越え、イオンはモースとともに去っていった。
道をふさいでいた二国の兵士達は、戸惑った挙げ句再び国境を塞いでしまった。
「……さて、やっかいなことになったな。これからどうするつもりだ?」
嘆息混じりに、誰にともなくが訊ねる。
「とにかく戦争を止めないと……」
呟くように答えながらルークはナタリアの方を見つめる。
ナタリアはしばらく呆然としていたが、やがて視線に気づいてか、小さく首を振った。
「……私なら、大丈夫です。それよりもバチカルへ参りましょう。
もはやキムラスカ軍を止められるのは……国王陛下だけですわ。」
かすかに震える声で、ナタリアは『国王陛下』と呼んだ。
はそうか、と呟いて踵を返す。
「バチカルを目指すなら国境を越える必要があるだろう。」
「知ってるのか、?」
言葉には出さず、は酒場の脇の道へと歩みを進めていった。
店や家屋の並ぶ裏の道を抜けるとキムラスカ側にある広場に出た。
戦争の影響か、普段は大勢の人が行き交う広場も閑散としている。
「こっちはもうキムラスカ側だ。向こうまで抜ければバチカルの方に出られる。」
街の出口を指さして、は足を止めた。
「俺はアスターのところへ寄っていく。いろいろと報告しなきゃならんからな。」
「……その後は、どうするつもりなんだ?」
やや戸惑いがちに訊ねてきたルークに、は嘆息混じりに答える。
「国王を説得させて戦争を止めるには多少なり時間がかかるだろう。
俺の方はさして時間はかからん。そっちがバチカルにいる間には追いつくさ。」
「わかった。待ってるからな、!」
の答えに表情を輝かせて、ルークは街の出口へと向かっていった。
「……まったく。わかりやすいヤツだな。」
仲間達の背中を見送って、は街一番の豪邸へと足を向けた。
「ソルジャーズ・ギルドのだ。アスター氏に至急面会を願いたい。」
屋敷に駆け込むなり、は手近にいた部下らしき男を捕まえて用件を伝える。
申し出は一分とかからず受理され、は馴染みのある応接室へ通された。
「これは殿!ご無事でしたか。」
「ああ。非常時に長く街を空けてすまない。」
「いえいえ。最後に受けられたのがアクゼリュスでの仕事と聞いて、みなさん心配していらっしゃいましたよ。
とにかくこうして無事に帰ってこられたのが何よりです。」
「感謝する。……まず帰って早々ですまないが、頼みたいことがある。」
が切り出すと、それを察していたかのようにアスターは頷いた。
「エンゲーブの住民のことでしたら先程イオン様より依頼されましたので、その様に手配させていただいております。」
「助かる。もし人でや物資が足りないようなら俺の名前でギルドにも要請を出しておいてくれ。」
「かしこまりました。」
「あとは……これをギルドの方へ。」
最後にやや声を潜めて、は一通の書をそっと差し出す。
それを確認し、アスターも神妙な面持ちで小さく頷いた。
「時に殿、今後はどのようになさるおつもりですか?」
「またしばらく街を空ける。少々面倒なことに首を突っ込んでしまってな。」
「それはもしや、アクゼリュスの崩落以降たびたび起こっている地震にも関係していることでは?」
「!……ああ。さすが、耳が早いな。こっちの方は異常はないか?」
「それが……」
アスターが珍しくしかつめらしい表情で切り出そうとして、失礼します、と事務的な声がそれを遮った。
「どうした。」
一礼して入ってきたアスターの部下が二、三言耳打ちすると、アスターは小さく頷く。
返事を受けた部下が部屋を出て程なくして、いくつかの足音が近づいてきた。
「アスターさん!」
バタン、とドアを開けて入ってきたのはルークたちだった。
「お前達?!」
「これはこれはルーク様!ナタリア様も!またこうしてお会いできて何よりです。」
恭しく礼をするアスターの隣では誰にとも無く訊ねる。
「どうしたんだ。バチカルへ行くんじゃなかったのか?」
「そのつもりでしたが、砂漠で何やら異常があったようです。そのためにバチカル側の出入り口は封鎖されてしまいまして。」
アスターに通行許可がもらえないか訊ねに来た、ということらしい。
「……何があったんだ?」
が再度アスターに訊ねる。
「殿には先ほどの続きになりますが……実はここ最近の地震のせいか、ザオ砂漠とイスパニア半島に亀裂が入って、この辺りが地盤沈下しているのです。」
「何だって?!」
「……ケセドニアが崩落しているんだわ。」
「崩落……?このケセドニアが、ですか?」
ティアの呟きにアスターは再び表情をしかめる。それに対してはああ、と難しい面持ちで頷いた。
「アクゼリュスやセントビナーと同じことが起き始めているということだ。
……しかもここは両国の国民が住んでいる街だ。今の状況じゃ逃げ込む先もない。」
くそ、とは悪態を吐く。
今まで何とか事態を飲み込んできたが、起こっていることは自分の経験をはるかに上回っている。
「この辺りにもパッセージリングがあって、総長がそれを停止させたってこと?」
「そう考えるのが妥当でしょう。となると崩落を止めるには……」
ジェイドは途中で言葉を止めて思案顔になる。
「何か方法は無いのか?」
「街の消滅を防ぐことなら、或いは……」
一泊置いて、ジェイドは皆にその方法を説明した。
「……とりあえず現状その方法なら可能性は高いんだな?」
「なんとも。やってみなければわかりませんが。」
「行くだけ行ってみよう。このままだと崩落を待つだけだろ!」
ルークの言葉に頷き、は疑問符を浮かべるアスターへかいつまんで事を説明する。
「何とかケセドニアの崩落は防げるかもしれない。」
アスターは一通り話を聞くと、神妙な面持ちで頷いた。
「……お話はわかりました。にわかには信じがたいですが、どのみち私達にはあなた方を信じるより他はありません。
ケセドニアを頼みます。」
部屋の入り口へと歩きながら、もルークらをまっすぐ見つめる。
「俺からも頼む。街への通達とギルドへの要請が終わったらすぐに追うが、そっちも急いでくれ。」
「お待ちください。」
そう言うが早いが身を翻したの背中を、アスターの声が呼び止めた。
「殿はルーク様と共に行ってください。住民への通達は私どもが引き受けましょう。」
「!」
その代わり、と権力者の顔に笑みが浮かぶ。
「アナタが戻ってきていると、街の者に伝えておきます。
砂漠の銀狼が戦っていると聞けば、住民達にも活気が戻りましょう。」
「それは……」
一瞬、の瞳が揺らぐ。それを押しとどめるようにアスターは言葉を重ねた。
「どうか、ケセドニアを頼みましたよ。」
「……わかった。」
一度瞳を閉じて、は小さく頷くと、仲間達と共に屋敷を後にした。
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あとがき
何だかさんの言葉遣いが汚くなっていく。あと舌打ちし過ぎかも。
なっちゃん好きです。「無礼者!」っていうところがりりしくて素敵。テイルズフェス参戦はよ。
国境越えはちょっと書いたのですが無いほうがすっきりだったのでカットしました。SSSぐらいで上げたい(願望
次はまたザオ遺跡ですよ!戦闘シーンかけるよ!やったねt(ry
2013 5 23 水無月