ケセドニアを目指して、戦場と化したルグニカ平野を横断する。
お世辞にも上策とは言えない、一か八かの住民避難作戦が始まった。
ジェイドの先導で戦場を突き進む。
は常に腰の剣に手を添えたまま住民たちに並んで歩いた。
ケセドニアへは約四日程かけてたどり着く予定であり、一日目の行程は怪我人も無く無事に終了した。
「何とか無事にここまで来られたな。」
野営の準備を済ませて、ガイはふう、と一息つく。
「まだこのあたりは戦場の端だからな。明日からはさらに危険が増すだろう。」
は地図を開いてルートを再確認していた。
「二人とも、少しよろしいですか。」
声をかけられ振り向くと、ジェイドとティアが立っていた。
「……浮かない顔だな、大佐。」
焚き火に照らされる表情を見て、は訊ねる。
その背中越しに民間人の男性が戻っていく様子が見えた。
「何か言われたのか?」
「大したことではありませんよ。」
眼鏡を押し上げ、ジェイドは小さく息をつく。
「夜の見張りについてですが、少し配置を変えました。見ておいてください。」
略図を確認し、は配置を頭に叩き込んだ。
「人数が増えてるな……」
「戦況はさらに激しくなると見ていいでしょう。備えておくに越したことはありません。」
「同意見だ。……ちょうどいい。進行ルートを見直していたところだ。」
地図上を指でなぞりながらジェイドと話し込む。
その様子にやれやれ、と肩をすくめ、ガイとティアはローテーション通りに休息と見張りについた。
「あと二日か……」
ジェイドと話し終えたは、自分の配置場所へ戻って小さく呟いた。
「お……か。」
人の気配に顔を上げると、エンゲーブで加わった傭兵だった。
「見張りか?」
「そんなところだ。少し配置が変わってな。」
「……しかし、珍しいこともあるもんだ。」
の言葉に、傭兵の男はそう言って顎をさすった。
「軍人嫌いのアンタがマルクトのお偉いさんと一緒で、しかも戦争を止めようとしてるなんてな。」
「……そうだな。」
言われて、ふと気づく。
一緒に旅をしている仲間の大半はずっと自分が嫌って関わろうとしなかった者達だ。
王族貴族に地位の高い軍人。教団の最高権力者。マルクトの皇帝に会った時も、嫌悪感を抱くことはなかった。
状況が状況だったため深く考える暇もなかったが……
「一体どんな条件で契約したんだ?」
「正式な契約はしていない。」
「?!……ますます驚きだ。アンタ……変わったな。」
「まあ……こんな状況だ。何かと忙しなかったからな。報酬は落ち着いてから改めて請求するさ。それに……」
は小さな焚き火を見つめて呟く。
「俺もまだまだ視野が狭かったという話だ。今更だな。師匠に聞かれたら笑われてしまうが……
──この目はずっと曇っていたんだ。何も、見えてなかった。」
は天を仰いで、目元を手のひらで覆った。
──まるで、控えめに瞬く星々でさえも眩しいというかのように。
避難作戦は三日目に入った。
この日は戦場の真ん中を横断する上に戦況が激化していたため、厳しい行路となった。
「なんとか犠牲者を出さずにすんだな。」
ジェイドの提案により、この日は予定していた地点のやや手前で野営の準備が始まる。
「さすが皇帝の懐刀と名高い大佐殿だ。」
「あなたの洞察、判断力もなかなかのものですよ。」
などと二人は軽口を叩き合うが、その表情には疲労の色が見え隠れしていた。
「だいぶ進んだな。距離的にはあと半日もないが……」
野営地の端でジェイドとは地図を広げる。
「戦場もこれ以上急激に広がることはないと思います。
村民の疲労度も考えると、半日でたどり着くのが理想でしょう。」
「……だな。まだ前線の兵士には迷いが見える。今のうちに突破するしかないな。」
地図を閉じては長く息を吐いた。肺に空気を取り込むとわずかに硝煙の匂いが混じっている。
「まだ調子は戻りませんか。」
「そうだな……アンタたちに関わってから空回りばかりだ。
こんなに自分の弱さを思い知ったのは久しぶりだな。最強が聞いて呆れる。」
細い髪をかき上げて、は小さくため息を吐く。
「後悔していると思うのならそのままケセドニアに戻っていただいてもかまいませんよ。」
「自分で選んだことだ。途中で投げ出すつもりはない。それに……」
言いかけては言葉を止める。ジェイドの背中越しに駆け寄ってくる姿が見えた。
「こんなところにいたのか。向こうの準備、終わったぞ。」
声をかけてきたのはガイだった。何か作業でもしていたのか、ベストは脱いでシャツの袖を捲っている。
「二人とも先導役で疲れてるだろ。先に休んでてくれ。」
了解の意味を込めて頷く。ガイは二人の持つ地図に目をとめて、どちらにともなく訊ねた。
「あとどれくらいかかりそうだ?」
「距離的にはもうすぐそこだ。」
「今日の行程から見て、半日ほどで到着の予定です。」
「そうか。わかった。」
誰かに訊かれたのだろう。ガイはジェイドの答えを聞くと踵を返した。
「──それにな、大佐。」
先ほどの言葉に続けながらは立ち上がる。
「後悔なんてもう何度繰り返したか憶えてないさ。」
そう言い残して、はガイの隣に並んで休憩場所へ戻っていった。
「何の話をしてたんだ?」
隣に並んできたをチラリと見て、ガイは訊ねる。
「ただの世間話だよ。お互い、それなりの修羅場をくぐってるからな。」
はガイの方を見ずに答え、そのまま何もなかったように村民の様子を聞き始めた。
いつもどおりの冷静な表情。そのうちに渦巻く感情は複雑すぎて読みとれない。
「……無理、するなよ。」
知らず、そんな言葉がこぼれていた。
「何か言ったか?」
はちゃんと聞き取れなかったようで、ガイの方を向いて問い返す。
何でもない。と首を横に振って、話題を戻す。
どうしてこんなにも彼女のことが気にかかるのか。
きちんと考えるのはこの件に片が付いてからだな──
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あとがき
前回のあとがきどおり戦場横断はさらっと流しました。
ガイ様のやってた作業はテント張ったりとか?なんか得意そうだと思います。
さんのことが気になりすぎて夜も眠れない。思春期か!
2013 5 23 水無月