ダアトから進むこと一日あまり。遠くにバチカルの街の最上層にある城の影が見えてきた。
「空からはさすがに目立つな……
ノエル、海に下りて街から離れたところにつけてくれ。」
「わかりました。」
アルビオールはゆっくりと着水し、大陸に向かって静かに進んでいく。
はコートを脱いで軽装になり、腰や腿に着けた装備を確認した。
「それじゃあ、作戦通り俺は城の方へ。」
さん、お気をつけて。」
ああ、とノエルに頷いて、街の入り口へと向かう。



「こっちは静かだな……」
大陸崩落や戦争の影響でどことなく張りつめた空気を感じる。
必要以上に警戒はせず、何事もないかのような足取りでは上層を目指した。
「……まったく、やりづらいな。」
作戦を話したときのアッシュの表情を思い出して小さくため息を吐く。
アッシュの作戦は、一歩間違えれば自分たちの首を絞めかねない話だった。
それを躊躇い無く選べる。自信を持てるだけの何かが彼らの過去にはあったのだろう。
詮索する気はないが、割り切れない自分がもどかしい。
なにげなく腰に着けたナイフにふれる。──少し、気分が落ち着いた。
「よし……」
軽く息を吸って吐き出す。
最上層の城を目指しては走り出した。



さまざまな事情が重なったためか、城の付近の警備はいつもより手薄だった。
門番の目を盗んで城内に潜入すると、はまず兵士達の詰め所を目指した。
「罪人を探すならまず牢屋から、だな。」
記憶を辿って鍵のある部屋に忍び込む。
鈍色の鍵束を手に取って踵を返した直後、ガチャリ、とドアノブの回る音。
「ちっ!」
舌打ちと同時に、二人の兵士が入ってくる。隠れる場所もなく、の姿ははっきりと捉えられた。
「し、侵入者だ!」
叫ぼうとした片方を一撃で昏倒させ、その場から離れようとしたもう一人も素早く打ち倒した。
しばしその場にとどまり、増援がこないことを確認する。
は鍵束をしっかりと握りしめ、その場を後にした。



「ぐぁっ?!」
牢屋の見張りの兵士を先程と同じように一撃で倒し、地下に降りていく。
もう一度増援がこないことを確認して、は一番奥の牢を目指した。
静かな牢獄の中で一カ所だけ声の集まっている場所。
「無事か?!」
が駆け寄ると、中にいた人物が振り向いた。
!」
「とりあえず間に合ったみたいだな……待ってろ、すぐ開ける。」
手早く鍵を開け、仲間達を解放する。捕らえられていたのはルークとナタリア以外の四人だった。
「助かったよ。。」
「ルークとナタリアは?」
「城に着いたところで離されてしまったわ。上の階へ連れて行かれたようだったけど……」
そうか、と頷いては牢屋に背を向ける。
「ルーク達はこっちで何とかする。アンタたちは先に街の外へ。」
「待て、一人じゃ危険だ。」
「丸腰で何ができる?時間がない。いいから行け!」
戸惑う仲間達にそう言い残し、は振り返ることなく上の階へ戻っていった。





エントランスに戻り、最短距離で謁見の間を目指す。
「侵入者だ!」「捕らえろ!」
堂々と通路の真ん中を走るの姿はすぐに衛兵に見つかり、あっという間に取り囲まれた。
ふ、と軽く息を吐いて、片足を半歩ずらす。
──相手の人数は十人強。
「やるとするか。」
呟くと同時に、兵士達が襲いかかってきた。
唸りをあげて振り下ろされる戦斧を身を捻って避け、長柄を握る手元を思い切り蹴り上げる。そのまま踵を落とし、最初の一人が倒れ込む。
直後、横薙ぎに迫ってきた刃を屈んでかわし、がら空きになった脇腹に強烈な回し蹴りを喰らわせた。
蹴り飛ばされた兵士は傍にいたもう一人も巻き込み、一瞬にして三人が無力化される。
「っと……こんなものか?」
「ひ、怯むな!かかれ!!」
今度は数人が一斉に戦斧を振り下ろしてきた。
それを後ろに跳んでかわしつつ、腿のベルトから引き抜いたナイフを投げつける。
切り裂かれた手足から血が流れ、絨毯張りの床に染みを作った。
今度は間髪入れずに他の兵士達も続いて迫ってきた。
はすかさず足下で伸びている兵士から戦斧を奪い取り、応戦する。
ガキィン!と音を立てて戦斧がぶつかりあう。
「はあっ!」
目の前に立ちはだかる数人をまとめて薙ぎ払う。乱雑な扱いに長柄が軋んだ。

そのまま残りの人数を確認しようと向けた視線の先に、異彩が入り込む。
「お前っ……!」
赤い髪が揺れ、残っていた数人を斬り伏せた。
「何をちんたらやってやがる!」
「そっちこそ何やってたんだ。」
駆けつけたアッシュは言葉を返すことなく謁見の間の扉に手をかける。
蝶番の軋む重苦しい音を立てながら、大扉がゆっくりと開いていく。
扉の向こうに見えたのはぐるりと取り囲む上位の兵士たち。
そしてその中心に、背中合わせに立ち尽くす仲間の姿。
「ルーク!」「ナタリア!」
二人の姿を見つけると同時に、たちは突っ込んでいった。
周囲の兵士たちを容赦なく薙ぎ払い、二人のそばに駆け寄る。
?!」「アッシュ……?!」
玉座の傍らにはモースとディスト、ラルゴが立っていた。
「アッシュ!ちょうどいい、そいつらをやってしまいなさい!」
駆けつけたアッシュの姿に好機を見たのか、ディストが指示を出す。
アッシュはそれを無視し、すかさずナタリアを庇うように間に割り込むと、ディストたちは露骨に表情を歪めた。
「ル……アッシュ……」
ナタリアは戸惑ったようにその背中を見つめている。
「ここは俺たちが引き受ける。お前たちは早く逃げろ。」
はルークにそう告げてラルゴの前に立ちはだかった。
「ティアたちは先に逃がしてある。とにかく街の外まで逃げるんだ。──俺もすぐに追いつく。」
ちらりと背後を振り返り、ルークに視線を送る。
ルークはの視線を受け止めて、しっかりと頷いた。
「走れ!」
アッシュが剣を抜き、は足元に転がっていた兵士の剣を蹴り上げて手に取る。
同時に、ルークはナタリアの手を引いて出口へ走り出した。
「追え!逃がすな!」
モースの指示で残っていた兵士が二人を追いかけようとする。
「行かせるか!」
は扉の前に立ちはだかって兵士たちの足止めにかかった。




キィン!と何人目かの剣を弾き、ハイキックで叩き伏せる。
まともに動ける兵士の数が減ってきた頃合を見計らって、は手にしていた剣を投げ捨てた。
「アッシュ!」
振り向いたアッシュに視線で合図し、素早く謁見の間を後にする。
長い階段を駆け下りたところで、アッシュも追いついてきた。
言葉を交わすことなく城のエントランスを抜け、市民層へと降りていく。
街の広場の人だかりを目にとめて、は足を止めた。
「いたぞ、ルーク達だ!」
行く手を遮る兵士達とにらみ合っている。
その周囲にはホウキやフライパンを握った市民達が、ナタリアを守るように集まっていた。
「本当に……」
驚いたが呆然と呟いていると、ナタリアを庇った市民達に兵団を率いる将軍が剣を抜いて向けた。
吊られるように兵士達の雰囲気が攻撃的になっていく。
「おい、アッシュ!」
「言われるまでもねえ!」
我に返ったが声をかけると同時にアッシュは駆けだしていた。
も最短距離で広場へと下りていく。
同時に、将軍の剣が一人の女性に振り下ろされようとするのが視界に入った。
「させるか……!」
考えるより先に、はそこから跳んでいた。
『?!』
将軍と市民の間に着地したは一瞬の隙を突いて剣を握る手元を蹴り上げる。
直後、別方向から突き飛ばされて将軍は地面に尻餅をついた。
「ぐっ……貴様ら?!」
立ち上がろうとする眼前に、剣と短剣が突きつけられる。
「アッシュ……?!」「?!」
思いも寄らぬ乱入に兵士達の動きが止まる。
「……屑が。キムラスカの市民を守るのが、お前ら軍人の仕事だろうが!!」
将軍に剣を突きつけながら、その場にいる兵士全員に聞こえるようにアッシュは怒鳴った。
「暑苦しい……と言いたいところだが、今回ばかりは同感だ。
これだから貴族あがりの軍人って奴は……どいつもこいつもくだらないことしか頭にないのか?」
吐き捨てるように言って、は剣を突きつけられて腰を抜かしてしまった女性に歩み寄る。
兵士達は、の冷たい殺気に動くことができないでいた。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
手を取って立ち上がらせると、そのままルークに呼びかけた。
「何してる、早く行け!ここは俺たちが押さえる!」
「アッシュ…………」
戸惑うルーク達の──ナタリアの背中を押すようにアッシュが口を開く。
「早く行け!……そんな顔した奴とじゃ、一緒に国を変えられないだろうが!!」
「アッシュ……『ルーク』!憶えているのね、私たちの約束を!」
ナタリアの表情に輝きが戻る。そして、街の外へ向けて駆けだした。
「……お前は約束を果たしたんだな。」
ぽつりと呟き、アッシュは剣を構え直す。
もその隣に並んだ。そして市民達がその周囲に集まる。
「ぎ、逆賊を捕らえろ!刃向かう者には容赦するな!」
将軍の指示で兵士達がじりじりと詰め寄ってくる。
「さて……たまには派手に暴れさせてもらうか。」
はナイフを握り直し、軽く息を整える。
灰銀の瞳に映るのは深紅の“群れ”。
「悪いが、もうしばらくつきあってもらうぞ。」


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 あとがき
ガイ様張りの跳躍力。アニメで見てこれは楽しいぞ!wwとか思ってました。
格闘術でのバトルも書けてすごく楽しかったです。
腕力やパンチでは男性や鎧相手には不利なので基本的には蹴り技中心です。
落ちてた剣を蹴り上げてキャッチは人気投票1位の主人公見て思いつきました。

 2013 10 3  水無月