「ガイ、ごめん!」
部屋に入ってくるなり、ルークは思いきり頭を下げた。
「おいおい、何だよ藪から棒に。」
ガイはいつもと変わらない調子で答える。
「その……イオンにカースロットのこと聞いて……
俺、ガイにすごく嫌な思いさせてたんじゃないかって……」
「ははは、何だそりゃ。」
ガイは小さく笑みをこぼして、
「別に、お前のせいじゃないさ。」
そう、自分にも言い聞かせるように呟いた。
「俺が、お前のことを殺したいほど憎んでいたのは、お前のせいじゃない。」
「え?それって……」
ガイの言葉にルークが驚いていると、静かな面持ちで立っていたジェイドが口を開いた。
「では、あなたが憎んでいたのは、ファブレ公爵ですか?
――ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン。」
「え……」
皆の瞳が大きく見開かれる。
「ガルディオス……?」
「伯爵ぅ?!」
ガイも一瞬驚いたように目を見開いたが、やれやれ、と呆れたように肩を竦めて笑った。
「なんだ、ご存知だったってワケか。」
ガイにあまり驚いた様子が見られないので、ジェイドもふ、と微笑む。
「あなたの剣術はホド独特のアルバート流。それに、マルクトの事情についても詳しかったので。」
少し調べさせていただきました、とジェイドは眼鏡を押し上げた。
「なるほどな。」
ガイは苦笑して、それからゆっくりと語り始めた。
「ホドを治めるマルクトの貴族……ガルディオス伯爵家が俺の生家だった。」
「ホド……」
ティアが呟く。
彼女――そして兄のヴァンもホドの生まれだと聞いている。
「……俺が、五歳になる誕生日の日だった。
屋敷に親戚が集まって、パーティが開かれたんだ。
そこで預言師が誕生日の預言を詠もうとした時……戦争が始まった。」
「ホド戦争……」
ナタリアが思い出したように口を開いた。
「ホドを攻めたのは……ファブレ公爵ですわ。」
「な、んだって……?!」
衝撃を受けるルークに、ガイは静かに頷く。
「……俺の家族も、親戚も、屋敷のメイドたちも、みんなアイツに殺された。
アイツは、俺の大事なものを笑いながら踏みにじったんだ。」
ガイは小さく息を吐いた。


「――っ」
傍らで話を聞いていたはぎり、と強く歯を噛む。
――どうして、こんな
「……どうしました、?」
様子がおかしいことに気づいたイオンが、小さく声をかける。
は小さく首を振って、ドアノブに手をかけた。
「……なんでもない。
少し、疲れただけだ。外の風でも浴びてくる。」





――海上の都市であるグランコクマは、街全体に潮の香りが漂っている。
宿から少し離れたアーチの上で、はぼんやりと景色を眺めていた。
頬に細くかかる黒い髪が、風に靡いて揺れる。
「ガイラルディア・ガラン・ガルディオス……」
告げられた真実は、重く、残酷だった。



――『どこか似ている気がするんだ。』
その在り方が、少し嬉しかった。
なのに、それは誰よりも近く――そして、遙かに遠くなってしまった。
「……これは、一生消せない罪の印、なのかもな。」
懐から柄の黒く塗られたナイフを取り出す。
普段は仕込みナイフとして使っているもので、刃の部分には独特の彫り込みがあった。

――砂漠での夜、この刃で彼を殺そうとした。
何人もの血を吸って、その度に何度も砥いで、なかったことにしてきた。
だが、もしあの時手を下していたら――今頃どうしていただろう。
もはや身体の一部と言っていい慣れた感触なのに、今はやけに重く感じた。





「――こんなところにいたのか、。探したぞ。」
背中から声をかけられ、は振り返らず答える。
「話はもういいのか。」
「ああ。……その、心配かけたな。」
「謝るな。アンタのせいじゃない。」
感情を押し殺した声で答える。
――この胸の内を知られてはいけない。
自分の抱える罪は、きっとこの優しい男を傷つけてしまうから。


「――そういえば大佐がいたな。謁見の許可は取れたのか?」
「明日の朝に会ってもらえるみたいだ。」
わかった、と頷き、は踵を返す。
「何処に行くんだ?」
「少し一人になりたい。……夜には戻るから。」
……」
「心配するな。……大丈夫だ。」
そう言い残して足早に去る。

ガイの傍にいると胸が酷く軋む。
――これ以上、耐えられそうになかった。





「……大丈夫、じゃないだろ。」
一人取り残されたガイは、の去ったほうを見つめ、呟く。

二人で話をしていた時から、の様子は少しおかしかった。
無理矢理感情を押さえつけたような声と、俯いて前髪に隠れた苦しげな表情。
――彼女は何かを知っているのかもしれない。自分の知らない、何かを。
そこに考えが至るのは簡単なことだった。
「信じてもいいんだな……。」
ポーカーフェイスに隠されていた内面が見えるたび、彼女の存在が自分の中で強くなっていく。
そしてどこか似ているからわかるのが、彼女も自分に劣らずお人好しだということ。
突き放すような言い方でも決して相手を傷つけない。
そして、自分が傷つくことを厭わない人なのだ。
「……っ」
ぐ、と拳を強く握り、ガイは宿へと戻る。
――は、翌朝まで帰ってこなかった。




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 あとがき
そろそろ伏線とか考えなきゃなーとか思ってまして。
一応最初から考えてはいたんですが……
この辺からヒロインが女の子してきます。多分。
ジェイドにバレないのが不思議なくらいです。
 2012 1 22    水無月