街に入ると、一個小隊程の兵士がすでに待ち構えていた。
「ご苦労だった。彼らの身柄はこちらで引き取るが問題ないな?」
指揮官らしき青年がこちらに歩み寄ってくる。
「ルーク殿ですね。」
「え?どうして俺のことを……?」
「カーティス大佐より皆さんを森の外へ迎えに行ってほしいと頼まれました。
その前に森へ入られたようですが……」
「すみません、マルクトの方が倒れていたものですから……」
人柄のよさそうな青年は小さく首を振って微笑んだ。
「いえ、お礼を言うのはこちらのほうです。
ただ、騒ぎになってしまいましたので、ひとまずは捕虜扱いとさせて頂きます。」
はガイを担ぎなおして口を挟んだ。
「そんなのはどうでもいい。それより、ガイを何とかしないと……」
ガイは未だ気を失っている。目を覚ます気配はない。
「彼はカースロットにかけられています。
……しかも、抵抗できないほど深く冒されたようです。
どこか安静に出来る場所を貸してくだされば、僕が解呪します。」
そう申し出たイオンに、は少し驚いたように訊ねた。
「イオン、治せるのか?」
「ええ……むしろ、僕にしか解けないでしょう。
これは本来導師にしか伝えられていないダアト式譜術ですから。」
そういうことか、とは納得し、青年に向き直る。
「……どこか部屋を借りられないか、アンタ……」
「申し送れました。私はアスラン・フリングス少将です。」
銀髪の青年は名乗ると、部下に部屋を用意させると言った。
「では、こちらへ。」
ガイを兵士に預け、イオンとアニスが宿へ向かう。
「待てよ!俺も一緒に……「ルーク、」
あとに続こうとしたルークを静かな声で止めたのはイオンだった。
「……いずれわかることですから、今お話しておきます。
カースロットというのは、けして意のままに相手を操れる術ではないんです。」
「どういうことだ?」
「カースロットは記憶を揺り起こし、理性を麻痺させる術。
つまり、元々ガイにあなたへの強い殺意がなければ、真っ先にあなたを攻撃をするような真似は出来ないんです。」
「……そ、そんな……」
ルークの顔に、衝撃と困惑の入り混じった表情が浮かぶ。
「解呪がすむまで、ガイに近寄ってはいけません。」
気まずい雰囲気の中、がそっとルークの肩を叩く。
「それなら、俺が行こう。」
「しかし、陛下への謁見が……」
「俺みたいな傭兵風情がそんな大それた話を聞きにいっても仕方ないだろう。
それにガイには借り……いや、恩もあるしな。」
ユリアシティで障気にあてられた時、傍についていてくれた。
恩返しなどという柄ではないが、心配でたまらなかった。
「皆は皇帝陛下に会って話を聞いてきてくれ。……頼む。」





ルークたちを残し、たちは街の宿屋に入る。
「こちらの部屋をお使いください。
外に待機していますので、何かあれば声をかけてください。」
ガイをベッドに横たえ、兵士が出て行く。
「それでは、始めますね。」
イオンが神妙な面持ちで作業を始める。
だが、体格差のあるガイの体を動かすのは苦労するようで、はそっと手を貸した。
「……何をすればいい?」
「まずは何処が術の中心か調べる必要があります。
ガイが傷を受けた場所を覚えていますか?」
「ああ。確か……右腕、上腕の辺りだ。」
「わかりました。
すみませんが、彼の服を脱がせていただけませんか?」
「……あ、ああ。」
訊ねられてから一泊間をおいて返事をする。
「…………」
ベストをはずし、そっとシャツのボタンに手をかける。
抱えたときはあまり感じなかったが、彼の体は思っていたよりもずっと、がっしりしていて、逞しい。
「…………」
シャツを脱がせようと体を起こすと、自然と彼の体が覆いかぶさるような姿勢になる。
時折触れる肌は、温かい。優しい人の温もりを持っていて、妙に彼を意識してしまう。
正体を知られているからか、それとも――
もどかしいような思いを噛み殺し、は言われたとおりの作業をこなした。




「――――これで、解呪は完了です。」
ふぅ、とイオンが長く息を吐く。
「大丈夫か。」
どちらが、とは言わずが問う。
「ええ、少し疲れただけです。
ガイも直に目を覚ますと思います。」
「そうか……」
ほ、と胸に安堵が広がる。
「後遺症とかも無いんだな?」
「体の方は大丈夫です。あとは……」
精神的な面が、どうなるか。
ガイは真っ先にルークを狙ってきた。
庇ったにも容赦なく攻撃を浴びせてきたが、間違いなくルークが殺意の対象だった。
しかしルークはレプリカであり、過去に何かあるとしたらそれはアッシュの可能性もある。
二人の過去に、一体何があったのか――
「……本人達の問題か。」
ぽつりとが呟くと、傍らでガイが小さく呻くのが聞こえた。
「気がついたんですね。」
「……ここは……?」
「グランコクマの街だ。何があったか覚えてるか?」
ガイは何か考え込むように俯いて、記憶をたどるように呟く。
「テオルの森でジェイドを待っていて、悲鳴が聞こえたから奥まで進んできたんだよな。
それで、確か、六神将が襲ってきて――」
そこまで言いかけて、ピタリと言葉が止まった。
「そっから先は覚えてないの?」
「……ルークに剣を向けていた、と思う。」
「意識はあったんだな」
「ああ。急に頭の中が真っ白になって……そしたら――」
「過去の記憶が急に呼び起こされたんですね。」
口を紡ぐガイに代わって、イオンが話を続ける。
「カースロットは過去の記憶を揺り起こし、理性を麻痺させる術なんです。
ルークたちにも、そう説明しました。」
「……そっか。」
ガイはどこか悲しげな微笑を見せた。
「……そういや、ルークたちは?」
「先に皇帝陛下のところへ謁見に行ってる。」
「それじゃ、戻ってきたらいろいろ話さなきゃいけないな。」
ぱさり、とシャツを羽織り、それからふと思い出したようにの方を見る。
「なあ、……」
言いかけて、傍らにいるイオンとアニスのことを思い出したのか、ガイはいつもの人懐っこい表情で
「悪い、と二人で話がしたいんだ。ちょっと席外してもらえるか?」
そう言うと、二人に向かって小さく合掌してみせた。
「でも、大丈夫なの?」
「大丈夫だと思いますよ。行きましょう、アニス。」

二人が部屋を出て行ってから、ガイがを手招きする。
「で、話って?」
ベッドの端に腰を下ろし、が切り出す。
「俺がルークを殺そうとした時、が止めてくれたんだよな。」
「あ、ああ……覚えてるのか。」
「……声が聞こえた気がしてさ。」
声?とは問い返す。
が俺を呼んでたような気がしたんだが……」
勘違いか?と訊ねられ、自分の記憶を辿ってみる。
「そういえば……」
何とか戦闘を止めようと必死で、無意識のうちに声を出していた。
「……思い返すと馬鹿らしいというか、青臭いな。」
「はは……でも、助かったよ。」
「?」
のおかげで、ルークを殺さずにすんだ。」
「殺させたくなかったからそうしただけだ。
……アンタとはあんな形で戦いたくなかったな。」
「それは……本当に悪かったと思ってる。すまない。」
しん、と一瞬部屋の中が静まり返る。


「……ガイは、」
途切れた会話を再開したのはの方だった。
「どうしてルークを殺そうと思った?」
静かな口調でが訊ねる。
「イオンの話じゃ、元々相手に強い殺意がないと殺すような真似は出来ないらしい。
……それほどまでにルークを憎んでいたのか?」
剣を交えたときに感じた殺意は、今でもはっきりと思い出せる。
「……いいや」
しばし間をおいて、ガイは首を横に振った。
「俺が憎んでいたのは、アイツじゃないよ。」
「え……?」
「俺がアイツを殺したかったのは、アイツ自身のせいじゃない。」
「それは……アッシュでもなくて?」
「……」
返ってきたのは沈黙だけで、それきりまた会話が途切れる。
だがその沈黙で、の推測が確かなものへと変わった。
「ガイ。私は人に気を遣ってやれるような優しい人間じゃない。
――だから、言わせてもらっていいか。」
そして、その推測は確かな事実へと変えねばならない。

「ガイが本当に憎んでいるのは――ファブレ公爵、か?」


きっと、正しいであろう答え。


――同時に、間違いであってほしいと願う自分がいた。


「……まあ、そんなところかな。」
ガイは小さく俯く。
「そうか……そう、なのか。」
返ってきた答えに、の表情は自然と暗くなる。
?」
「……だから……ガイは、」
ぽつりと、無意識のうちに言葉がこぼれる。
「どうかしたのか?」
とん、と肩を叩かれ、我に返る。
「いや……なんでもない。」
「それならいいんだが……」
手を離して、ガイはふとに訊ねる。
「詳しい事情、聞かないのか?」
「どうせ後で話すだろ、アイツらに。」
「そっか……ルークたちも知ってるんだったな。」
ガイの表情に影が落ちる。

「……なあ、。」
「ん?」
「少し、頼んでいいか。」
「ああ、構わないが。」
飲み物の調達かなにかだと思っていたは、いつもの調子でそう答えた。
「悪い――」
ガイは小さく息を吐いてそっと、

――の手に、自分の手を重ねた。

「っ?!」
予想外の事態には柄にも無く慌ててしまう。
「しばらく、このままでいてくれないか」
「いや、でも、ガイ、お前……」
女性には触れないんじゃないのか、とまでは言えなかった。
「俺もよくわからない。
ただなんていうか……キミの手に触れていると安心する、ような気がするんだ。」
「何だそりゃ……」
「少なくとも、今は気分が落ち着くんだ。──あ、いや、キミが嫌なら離すが。」
「嫌というわけではないんだが……」
こういうことは所謂恋人にやってもらうべきでは?と考えるが、多分ガイにはそういった相手はいないだろう。
それならどういった基準で自分が選ばれたのか、というか自分は女扱いされていないのか?
「……怖い、のかもな。」
思考が追いつかなくて黙り込んでしまったの背中にガイが話しかける。
「?」
「ルークのヤツさ、ユリアシティに残されて、みんなに愛想尽かされたんじゃないかって思ってただろ?」
「ああ……」
「似たようなもんさ。
俺はルークを殺したいほど憎んでいた。
その理由とか、俺の過去を話したらルークたちとの関係が壊れちまうかもしれないってな……」
「ガイ……」
ふ、とガイは自嘲的な笑みを浮かべた。
「情けないだろ?ルークにあんな偉そうなこと言っときながらな……」
それに、と振り向いて、の顔を見つめる。
「理性が麻痺していたとはいえ、仲間の……女性の顔に傷つけるなんてな。」
ああ、とは自分の頬に手をやる。
ガイの鋭い一閃を裁ききれず、剣が掠めたのだ。
治癒術で出血は止まっているが、薄く傷痕が残っている。
「その上心配までかけて……ホント、には悪いことしたな。」
「気にするな。ユリアシティで面倒かけた借りもあるし……
第一、あの時私が油断しなければそうなることもなかったんだ。」
「そんなの、お互い様だろ?
あのときはただの怪我だと思ってたんだし、俺だってキミに何度も助けられてる。」
「……ああ、そうだな。……ありがとう。」
彼の言葉は心を軽くしてくれる。
その理由が、少しわかったような気がした。



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 あとがき
これがやりたかった!(2回目)
ようやくここまできましたよー。長かった。
地味にいちゃいちゃって構想は最初からあったのでがっつり書いたさ!
女性恐怖症ナニソレ?
 2012 1 22   水無月