「ん……」
カーテンの隙間から差し込む光にうっすらと目を開ける。
「朝か……」
枕もとの時計を確認すると、いつもより半刻ほど遅く目覚めていた。
久しぶりに良いベッドで寝たせいか、かなり熟睡していたようだ。
「おはよう、よく眠れたみたいだな。」
マグカップを持ってガイがやってきた。
むこうも起きたばかりなのか、髪には少し寝癖がついている。
「こんな上等なホテルは久しぶりだからな。おかげでだいぶ疲れもとれた。」
軽く身体をほぐして、ガイからコーヒーを受け取る。
「のんきというか、平和な街だからな。どうも気が緩んでしまう。
やれやれ、私の性にはあわない場所だ。」
「そんなものなのか。」
「……貴族が多いからな。どうも好きにはなれん。」
「……そうか。」
頷いたガイの横顔は、どこか寂しげに見えた。




朝食を取りにレストランへ行くと、他の面子は皆集まっていた。
「俺たちが最後か。」
「へえ、ルークが寝坊しないなんて、珍しいこともあるんだな。」
ガイがからかうように言うと、ルークは眠そうに欠伸を噛み殺して、
「イオンに起こされたんだよ……ふぁ……」
気の抜けた表情で朝食を口に運んだ。
「タルタロスの方はどうなった?」
席に着きながらが訊ねる。
「一通りの点検は昨夜終わったとネフリーから連絡がありました。
ただ、修理にはまだ時間がかかるそうです。出発は明日になりそうですね。」
「それは仕方ないか……
船が直ったらこのまま真っ直ぐグランコクマに行くのか?」
がの問いに、ルークやティアは首を傾げた。
「どういうこと?何か問題があるの?」
「グランコクマは戦時中は要塞になるはずだ。港は全面封鎖されるんじゃないのか?」
「よくご存知ですねえ。その通りです。」
ジェイドはにこやかに頷く。
「でも、まだ戦争は始まってないんだろ?」
「それでもキムラスカの攻撃を警戒して海路の封鎖は早めにやってるだろう。
タルタロスで直接乗り付けるのは難しいな。」
手元の地図を確認しながらは呟く。
「……最寄の港はカイツールのキムラスカ側ぐらいだが、こっちはどうやっても通れん。
ケセドニアは橋が落ちてるから無理か……」
すると、それを聞いていたティアが地図上のローテルロー橋を指差した。
「工事中のローテルロー橋なら接岸できるんじゃないかしら?」
「確かに、ここからなら歩いて行けそうですわね。」
ローテルロー橋で降りたら、北東のテオルの森を抜ける必要がある。
「うはー……歩くんだ。」
アニスはげんなりと項垂れていた。





翌日、支度を終えてホテルの入り口に集まると、ネフリーが見送りに来ていた。
「タルタロスの点検も終わりました。いつでも出発できますわ。」
「少し急ぐか。開戦しては元も子もない。」
「ああ。それではネフリーさん、お世話になりました。」
「みなさんもお気をつけて。」


ケテルブルクを後にし、艦を南東へ進める。
やがて空を覆う鈍色の雲は切れ、青空が見え始めてきた。
「今のところは静かだな……」
「でも結構あちこちで小競り合いがあるっぽいよ。」
「急がないと本当に戦争が始まってしまいますわ。」
「ああ。何とかして止めないと……」
落ち着かない様子のルークとナタリアを見て、は軽く溜め息を吐く。
「そう浮き足立つな。事実を知っているのは俺たちだけだ。
もし俺たちに何かあったら他に誰が止めるんだ?」
「……そうですわね。」
「真剣に考えるのは良いが、あまり深く悩みすぎるな。
何をすればいいかはわかっているんだ。焦ることはない。」
「でも、今は焦るなって方が難しいぞ。」
「焦るってのは次に何ができるか見えていないから焦るんだ。
やるべきことがわかっているなら、焦る必要はない。」
の言うとおりだ。焦ったところで早く物事が動くわけでもないしな。」




しばらく艦を進めていくと、進行方向にルグニカ大陸から西へ伸びる橋が映った。
「ローテルロー橋が見えたぞ。」
窓の外を指差してがジェイドに合図を送る。
「少し揺れます。つかまっていてください。」
ゆっくりと艦の向きを整え、橋に接岸する。
「これなら安全に降りられそうですね。」
「とはいえ、いつ崩落の兆しが現れるかわからない。慎重、かつ迅速に、だな。」




タルタロスを橋に停め、ルグニカ平野を北へと進む。
「えーっと、グランコクマってどの辺にあるんだ?」
「ここから北東へ進んでください。
途中にあるテオルの森を越えればすぐです。」
「よし、わかった。急ごうぜ。」
「ルーク。気持ちが焦るのはわかるが、慎重に行動しろといっただろう。」
「そうだぜ。このことを知ってるのは俺達だけだ。
もし俺達に何かあったら誰が崩落を止めるんだ?」
「あ、悪い……そうだよな。」
ガイとの言葉に、ルークはしゅんと勢いをなくす。
「いや、そんな落ち込むなって。
セントビナーを救いたいっていうお前の気持ちは良くわかったからさ。な、?」
「え?」
傍らを歩いていたは、急に話を振られて思わず間抜けな声を出してしまった。
「え?って、今のの受け売りだぜ?」
「……俺、そんなこと言ったか?」
「言ってたさ。さっき艦の中でな。」
「いちいち自分の言った言葉なんて覚えているか。」
照れたようにそっぽを向くを見て、ガイとルークは思わず笑いそうになるのをこらえる。
「笑うな。」
「はは。でもなんつーかさ、も変わったよな。」
『は?』
ルークが不意にもらした一言に、皆がハモった。
「俺のどこが変わったんだ?」
呆れたように、やや困惑気味に、は訊ねる。
「前はこうやって笑ったりしてなかっただろ。
もっとキツくてさ、俺のことなんてどうでもいい、って感じで淡々としてた。」
「今もあまり変わってないと思うが。」
「変わったつーか……に対する見方が変わったのかな。
今もちょっとキッツいけどさ、それにはちゃんと理由があるだろ?
俺バカだったから、の言ってたことややってたことの意味、わかってなかったんだ。」
「……まあ、俺自身、ここ最近で世界に対する認識を改めざるを得なくなった。
だから、お前の言うようにどこかは変わっているのかもしれないな。」


――変わっていくのも、悪くないのかもしれない

  どこかでそう思っている自分がいた



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 あとがき
繋ぎ回ですね。ケテルブルク観光の短編を作りたいがための回です。
タルタロスの故障がどの程度かちゃんとわかりませんが、あの規模の艦を一晩で直せるとかケテルブルクの仕事人すげーなーって思ってました。
 2012 1 22   水無月