いくらか大陸から離れたところで、ルークが訊ねた。
「なあ、戦争を止めるって話だけど……
開戦の準備をしてるのはキムラスカなんだろ?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「それだったら、バチカルに行ったほうがいいんじゃないのか?
ナタリアから話せば叔父上だって……」
ルークの言葉にナタリアは悲しげに首を横に振った。
「私は死んだと思われていますわ……預言で知っていたモースが言えばお父様は信じるでしょうから……」
「おそらくモースはそれを口実に開戦を進めたのでしょう。
バチカルもダアトと同じように手が回されている可能性があります。」
「そんな……」
ルークが項垂れていると、突然タルタロスががたん、と大きな音を立てて揺れた。
「きゃあっ?!」
ナタリアが高い悲鳴を上げる。
同時に、異常を知らせるサイレンが鳴り響いた。
「沈んじゃうの?!」
「見てきます。」
「俺も行こう。音機関の修理なら多少は手伝える。」
ジェイドとガイがブリッジを出て行った。
「ねえ、大丈夫なのかな?」
「この規格の艦ならそうそう沈まないさ。」
『、聞こえますか?』
伝声管からジェイドの声が響いてきた。
「ああ、聞こえている。どうだ?」
『機関部をやられています。ガイの応急処置で何とか動きそうですが、進路は大丈夫ですか?』
指示に従ってモニターを確認する。
「進路は問題ない。」
『だがこのまま動かせばもっと酷くなる。一度どこかの港できちんと修理したほうがいいな。』
伝声管の声がガイのものに変わった。
『、現在地から一番近い港を探してくれないか。』
地図を開き、現在地と照らし合わせてみる。
「……ここからだとケテルブルクが最寄だ。進路をとってかまわないな?」
少し間が空いて、ジェイドの返事が返ってきた。
『……まあ、いいでしょう。』
北に進路を切り替えてしばらく進むと、空は鈍色に変わっていき、白い結晶がちらつき始めた。
「これが雪か……」
「見るのは初めてか?」
ぼんやりと窓の外を眺めていたルークは軽く頷いた。
「バチカルでは雪は降らないからな……
艦の中はいいが、外に出る前に外套を着ていけよ。」
は港で買い込んだ防寒具を渡す。
「結局寄ることになっちまったな。」
「仕方ないさ。あの様子じゃケテルブルクでも足止めを食らったかもしれんからな。」
そうこうしているうちに港の桟橋が見えてきた。
徐々に速度を落とし、ゆっくりと接岸する。
「失礼、旅券と船籍を確認したい。」
艦から降りてくると、マルクトの兵士に呼び止められた。
ジェイドが対応し、たちは艦の入り口で待つ。
「……わかりました。それでは失礼します。」
兵士が道を空けたので、ジェイドに続いてたちも艦を降りる。
「カーティス大佐、よろしければご案内しましょうか?」
兵士の一人がそう申し出ると、ジェイドは首を横に振った。
「いや、結構だ。私はここの出身なのでな。地理はわかっている。」
「そうでしたか。それでは。」
兵士が去っていくと、はふっと愉しげに微笑んだ。
「……軍人らしい喋り方できるんだな。忘れかけてた。」
「失礼ですねえ。」
「というか、ジェイドってここの出身なんだ。」
「……ええ、まあ。」
「修理を頼めるアテはあるのか?」
「ここの知事に報告して頼むつもりです。行きましょう。」
港を出て北西に進んだところに、華やかに輝く街が見えてきた。
「わー綺麗な街ー。」
「貴族の別荘地や観光の街としての特色が強いからな。」
街の明かりがきらきらと雪に反射し、街全体が銀色に輝いている。
「銀世界の街とも呼ばれているんだ。」
楽しそうに街を眺めるアニスたちにそういうと、女の子らしく憧れの話に花を咲かせていた。
「修理に一日はかかるでしょう。まずは知事邸へ向かいますよ。」
ジェイドの案内で知事の邸宅に向かう。
秘書の女性に案内されて知事のところへ通されると――
「お兄さん?!」
眼鏡をかけた妙齢の女性が、驚いた表情でそう呼んだ。
「やあ、久しぶりですね。ネフリー。」
それにさらりと挨拶を返したのはジェイドだった。
「え?」
「は?」
「お兄さん?!マジ?!」
も含め、皆が衝撃を受けていた。
「お兄さん……どうなっているの?アクゼリュスで亡くなったって……」
困惑するネフリー・オズボーン子爵に、ジェイドは簡潔に事のいきさつを説明した。
「……なんだか、途方もない話ね。けれどお兄さんが無事でよかったわ。
すぐに修理に取り掛からせるから、一刻も早くピオニー陛下にお会いしてね。」
どうやら話のわかる人物らしく、最後にジェイドを心配する言葉を貰って知事邸を後にした。
「……しかし世の中わからないものだな。」
ネフリーがホテルを取っておいてくれるというので、街を観光しながら戻ることになった。
知事邸を出たところで、が口を開く。
「まさか大佐にあんな妹がいたなんてな。」
「ああ、まったくだ。」
苦笑しながらガイも頷く。
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だろ。ぜんぜん似てないじゃないか。」
「こっちは陰険で嫌味ったらしいのに、あちらは美人で愛想良し。」
「似てるのは眼鏡だけだよねー。」
「まったく……」
そんな他愛のない会話をしながら、ホテルへ向かった。
食事を済ませてから、それぞれ割り振られた部屋で休むことになった。
「……はあ、」
ベッドの脇に荷物を下ろし、は重く溜め息を吐く。
「この程度で疲れるなんてな……障気ってのは厄介だ……」
薬を飲み、コートなど上に着込んでいるものを脱いで身軽になる。
ガイはアイテムの買出しに出ているので遠慮なく振舞えた。
「さて、と……」
疲れているし、さっさとシャワーを浴びて寝よう。
軽く全身を伸ばし、は浴室へ向かった。
――コンコン、
ドアをノックするが、返事がない。
買出しから戻ったガイは、二、三度ノックしてから、ゆっくりとドアを開けた。
「おい、……」
ベッドの様子を見て、ガイは続きの言葉を飲み込んだ。
「……すー……」
そこには、薄いアンダーウェアで眠るの姿があった。
外は寒いが、部屋の中は暖房もつきっぱなしでかなり暖かい。
すらりと伸びた手足は無造作に投げ出され、毛布は足元だけに申し訳程度にかかっていた。
「…………」
とりあえず気持ちを落ち着け、買ってきた荷物をそっと机の上に置く。
「……はあ、」
戻ってきたばかりの時のと同じように、ガイは深く溜め息を吐いた。
傍に寄って見ると、シーツの上に散らばる髪はまだ濡れている。
「ったく……風邪ひくぞ。」
部屋の中が暖かいとはいえ、掛け物をしなければ身体は冷える。
そっと足元の毛布を取り、肩まで掛けてやると、が僅かに身じろぎした。
「……っ」
思わず一瞬手が止まる。
どうやらは熟睡しているようで、目を覚ます気配はなかった。
「はー……」
自分のベッドに腰を下ろし、ガイは長く息を吐く。
こんな表情をされたら
こんな格好をされたら
「意識するなってほうが無理だろ……」
あの時以来、は殊更男のように振舞ったし、仲間たちは気づかず接するのでそれとなく意識は薄らいでいたつもりだった。
だが隣で眠るの姿は完全に女性のもので、薄らいだ意識をあっという間に引き戻してしまった。
――なのに、女性だと意識しているのに、怖いとは感じなかった。
それどころか、自分の手は無意識に彼女の頬に伸びていて、濡れて張り付いた髪を払っていた。
「どうかしてるぞ……」
自嘲気味に呟きながら、白い頬にそっと指先で触れる。
柔らかくて、温かな人の温もりが伝わってくる。
「……無防備すぎだ。」
己に向けてか、彼女に向けてか、ポツリと呟く。
人の気配に敏感なが目を覚ます気配がないということは、それだけ信頼されていると自惚れていいのか。
それなら嬉しいはずなのに、どうも感情が落ち着かない。
頭の中では整理できているのに、何故こうも胸がざわつくのか――
どうして、彼女に触れられたのか――
複雑な感情を落ち着けるには今日は少し疲れてしまった。
今夜はさっさと休むに限るとし、ガイは浴室に向かった。
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あとがき
ケテルブルクにきたら妹ネタでいじるのは定番ですよね!
なんか定期的にいちゃいちゃ(?)させたくなってます。
もう女性恐怖症とかナニソレ
2012 1 22 水無月