洞窟を抜けると、ザレッホ火山の影響による蒸し暑さが肌にまとわりついた。
「えっと……とりあえずどこへ行けばいいんだ?」
「この大陸にある街は、ローレライ教団の総本山ダアトだ。」
む、と他の三人の表情が険しくなる。
 戦争を起こそうとするモース
 導師を狙う六神将
 その裏で何かを企てているヴァン・グランツ
それらの誰がいてもおかしくない、敵の本拠地だ。
「情報収集をするには少しリスクが高いな。」
「でも、ダアトには神託の盾の本部もあるんだろ?何か聞けるかもしれないし……」
誰から、とはルークは言わなかった。
「貴重な情報は手に入るかもしれんが、下手に動いて追い回されると面倒だ。
それに、お前の目的はセントビナーの崩落を止めることだろう。違うか?」
「あ、ああ……」
「ダアトには確かに人が集まるが、セントビナーがどうなっているかは他でも聞けるだろう。
崩落の危険を知っているのは俺たちだけだ。捕まるわけにはいかない。いいな?」
「……わかった。」
「ルーク、気持ちはわかるが、慎重に行こうぜ。」
ぽん、とガイがルークの肩に手を乗せる。
こういうときの気遣いは『お人好し』に任せるに限る。
「それじゃあどこへ向かうの?」
「まずは港だ。船が出ているか確認したいし、あそこなら人の出入りも多い。
案外新しい情報が手に入るかもしれないからな。」





ダアトの港はアラミス湧水洞のほぼ南にある。
あまり神託の盾の兵が目立っている様子もなく、連絡船の乗り場は外から来た商人や巡礼者でいっぱいだった。
「へえー人が多いんだな。」
ルークが辺りをきょろきょろと見回す。
「いや、普段はもっとまばらなんだが……何かあったのか?」
は手近にいた商人を捕まえて話を聞いた。
「――カイツール、ケセドニア方面に出る船は運行を見合わせているそうだ。」
「崩落の影響かしら……」
おそらくな、とは頷く。
「どこか出ている船はあるのか?」
「ケテルブルクへの船は一応出ているらしい。」
先ほどから乗り場で連絡船の係りらしき男が繰り返しその旨を知らせている。
「ケテルブルクって?」
「北の大陸にある街だ。ほぼ年中雪が降り、リゾート地としての色合いが強い。」
「へえ……」
「貴族がのんびりバカンスとしゃれ込むような街だ。あまり有用な情報は期待できないか……」
ふう、とは小さく溜め息を吐く。
「みんな崩落の影響で足止めを食らってるみたいだな。」
適当に聞き込みをしていたガイも軽く肩をすくめる。
「ああ。参ったな……」
アクゼリュスの話はかなり届いているようだが、セントビナーや他の街に関してはあやふやなものばかりだった。
「なあ、ケテルブルクに行ってみないか?」
そう切り出したのはルークだった。
「ここにいても埒があかねーし、何か他の手がかりが見つかるかもしれないだろ?」
「そうね……ここも神託の盾の兵士が出入りするから、いつ六神将に見つかっておかしくないわ。」
港がダアトからやや遠く、現状見つかっていないのが救いだ。
「……そうだな。行くか。」



「マントとグローブと……ああ、それもまとめて入れてくれ。四人分頼む。」
雪国であるケテルブルクに向かうため、たちは足止めを食らった商人から防寒具を買い取っていた。
「手持ちから出せるのはこれだけなんだが……」
「かまわんよ。こうなったら買ってくれるだけでもありがたいもんさ。」
「すまないな。もし足りないようなら、ケセドニアの傭兵ギルドに請求してくれ。」
走り書きのメモを渡して、商人の元を去る。
「とりあえずこれで街までは凌げるか……」
「おや、もう冬支度ですか?」
「?!」
突然背後から声をかけられ、思わず身構えたは、
「――アンタ、か。」
声の主を見て、はあ、と深く溜め息を吐いた。





ルークたちとは連絡船の待合所で合流することになっている。
、おかえり……――って、え?」
「悪い、少し遅くなった。」
「いえ、それはいいんだけど……」
「……なんで、ジェイドがいるんだ?」
そう訊ねたガイの後ろで、ルークとティアも驚き固まっている。
「まあ、いろいろと事情がありまして。」
ジェイドは以前となんら変わりない表情でそう言った
「アッシュたちとは一緒じゃないのか?」
「アッシュとは少し前に別れました。
アニスたちは港から少し離れたところにタルタロスを停めて待機してもらっています。」
「タルタロスは生きてるのか。」
「辛うじて、ですけどね。
立ち話もなんですし、艦に行きましょう。」






港から少し外れた入り江にタルタロスは停めてあった。
「大佐ー、遅いですよぅ。」
「何かあったんですか?」
入るなり声をかけてきたのは、年少の二人だった。
「すみません、思わぬ収穫がありまして。」
「俺たちはそこらの木の実か……」
呆れたようにが呟く。
ジェイドに続いて入ってきたたちを見て、アニスたちは目を丸くした。
「えぇー?!」「みなさん!」
アニス、イオン、ナタリア、そしてジェイド。
アクゼリュスへ向かった面子が、再びそろったことになる。
「ティアだけかと思ってたけど、みんなこっちに戻ってきたんだ。」
アニスの言葉には軽く肩を竦める。
「俺は仕事もあるしな。他にも片付けなきゃならんことができた。」
「身体はもう大丈夫なんですか?」
「問題ない。」
いつもと変わらないの表情に、イオンはほっと胸をなでおろした。
「それならいいんだけどー。ていうか、そっちのおぼっちゃんは何でいるの?」
「お、俺は……」
「ずっと寝てたんでしょ?無理しないでいいのにー。」
辛辣なアニスの態度にルークは小さく俯く。
「ルーク、本当に身体は大丈夫ですの?」
しばらく心配そうに見守っていたナタリアが訊ねると、ルークは軽く頷いた。
「あ、ああ。もう大丈夫だ。」
「よかった……安心しましたわ。」
微笑んで見せるが、ナタリアの表情はどこか浮かない。
「……とりあえず、互いの状況を確認するか。」
はセントビナーに向かっているという経緯をかいつまんで説明した。
「――なるほど。そういうことでしたか。」
「アンタ達は何か聞いてないか?」
ジェイドは首を横に振った。
「いえ、私たちもアッシュから多少聞いた程度です。」
「そういや、そのアッシュはどうしたんだ?」
「僕とアニスは一度ダアトの教団本部に戻ろうとしたのですが、大詠師派の兵士がいて……」
「何とかアッシュが時間を稼いでくれて、ここまで逃げてきたんだけどね。
そのままはぐれちゃったんだ。」
「やはり手を回していたか……」
は何やら考え込むように呟く。
「何か思い当たることでも?」
「いや、アイツは俺たちの知らないことを知っているようだったからな。
できればもう少し情報を仕入れておきたかったんだが……」
正確に現状をつかめれば、これからの有効な指針になる。
「なら、アッシュを探したほうがいいんじゃないか?
ダアトで別れたなら、この近くにいるかもしれない。」
ルークの提案に、とジェイドは一度顔を見合わせる。
「……危険は本部の中だけとは限りません。この港にも神託の盾の兵士が出入りし始めています。
その中を闇雲に探しても、危険が伴うだけです。」
「アイツのことだ。そう簡単にはくたばらないだろ。船か何かでさっさと脱出しているさ。
それより、こんなところで時間を食っている間にまたどこかが崩落するかもしれない。」
ルークの心情は察するが、はあくまで冷静でいなければならないのだ。
「とりあえずセントビナーに行くことを考えようぜ、ルーク。」
「あ、ああ……」
ところで、とはジェイドに訊ねる。
「アンタ達はこれからどうするんだ?ダアトの本部にはしばらく戻れないだろう。」
「私たちはグランコクマへ向かいます。」
「セントビナーの件も気にはなりますが、ここは戦争を停めるためにもう一度ピオニー陛下にお会いして、お力を貸していただこうと思っています。」
イオンの言葉にルークたちは驚く。
「おい、戦争って……」
「まだ正式に開戦したわけではありませんが……
キムラスカが戦争の準備をしているという噂が広がっています。おおむね間違いではないでしょう。」
ふと、ユリアシティでテオドーロに聞いた預言の話が蘇った。
「ルグニカが戦場になるとか言ってたな……となるとまずいぞ。」
が苦々しげに呟く。
「セントビナーはルグニカ平野の真ん中だ。本当に戦争が始まったら救出どころじゃない。」
「そんな……」
はしばし考え込み、あることを決めた。
「……大佐、こいつに乗せてもらえるか。次の船を待ってられる余裕はない。」
するとジェイドはその言葉を待っていたと言わんばかりに、眼鏡をくい、と押し上げた。
「かまいませんよ。もとよりそのつもりで声をかけたのですから。」
「やはりそうか。」
「えっ?」
話についていけないルークが間抜けな声を出す。
「こちらもアッシュが抜けたため、艦を動かす人手が足りていないのですよ。
あなたたちが異変を察知して戻ってくるなら、足を必要とするでしょうしね。」
「……本当に食えないおっさんだな。」
は呆れたように呟く。
「グランコクマならセントビナーの件に関しても軍が情報を集めているはずです。
同じルグニカ大陸ですから、進路も問題ないでしょう。」
「……願ったり叶ったりだな。ルーク達もいいか?」
特に反対の声は上がらない。
「では、さっそく移動しましょうか。いつ神託の盾の兵士に見つかるかわかりません。」
ジェイドの指示でとガイが空きの操縦席に着く。
海面を滑るように、タルタロスはパダミヤ大陸から離れていった。





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 あとがき
というわけで合流編です。
何気にジェイドとの絡みは書いてて楽しいです。
 2012 1 22   水無月