が目を覚ましてから幾日かが過ぎた。
ずっと横になっていたも格闘の訓練ができる程度には回復し、外殻大地についても情報が集まりつつあった。
「キムラスカもマルクトも完全に戦る気か……「、いるか?」
新聞などで外の情報を整理していると、ノックと聞きなれたトーンが聞こえた。
「何の用だ?飯なら食ったぞ。」
相手の顔がわかっているので、資料に目を通しながら適当に答える。
「見たらわかるって。……だいぶ調子が戻ってきたみたいだな。」
「アンタは毎日来てるだろうが。……それで?」
新聞をめくる手を止め、視線を上げる。
「何の用だって聞いてるんだ。意味もなく来たわけじゃないだろうな?」
「おっと、そうだった。――ルークが目を覚ましたみたいなんだ。」
「ルークが?」
「ああ。今はティアが様子を見てくれてる。
とりあえず身体のほうは何ともないらしい。」
「……そうか。」
は思案顔になってめくっていた資料を置いた。
「どうかしたのか?」
何やら考え始めたにガイは訊ねる。
「いや……いろいろ気になることがあってな。」
「どういうことだ?」
「いろいろ、だ……今は結論が出せん。それよりも……」
ふぅ、とは小さく息をついた。
「アイツはこれからどうするつもりだろうな」
「ルークのことか?」
頷くと、ガイも考え込むように壁にもたれた。
「確かに、ずっとこのままここにいるってワケにはいかないからな……」
「それもあるが……アイツは被験者という自分の対にある存在を知ってしまった。
外に出てどういう身の振り方をするのか……そういうことも考えなければならない。」
「そうだな……」
ガイは壁にもたれた姿勢のまま、じっと視線を下に落としている。
「……そんなに心配か?」
「ん……まあ、心配というか……」
歯切れの悪い返答に、は呆れたように肩をすくめた。
「まあ、アンタのお人好しは今に始まったことでもないか。だが……」
は手元の資料を一つにまとめ、ガイのほうに向き直る。
「身の振り方、考えなきゃならないのはアンタも私も同じだ。
アンタ、これからどうするつもりだ?」
「俺はもうしばらくルークに付いていくつもりだ。」
「へえ……」
は怪訝そうにガイを見つめる。
「……アンタは主に付いていくだけの能無しには見えないんだがな。」
「はは……ま、ついでにいろいろ確かめたいこともあるしな。
――そういう君はどうするんだ?」
「体力が戻り次第外殻(うえ)に戻る。しばらくは情報収集になるだろうけどな。」
本音を言えば、今すぐにでも戻って外の様子を確かめたいが、さすがに無茶だとわかっている。
「……はぁ、」
外殻大地の地図を手に取り、にしては珍しく、大きな溜め息をついた。
「どうしたんだ?」
「いや……面倒なことになったと思ってな。」
「それは今更じゃないか?」
「ことさら面倒なことになったってことだ。
大陸の一部が崩壊して、俺たちはそれに巻き込まれた。
こうも世界の状況もがらりと変わってしまっては身動きがとりづらい。
情報を集めるにしても今はその情報が錯綜している状態だ。」
「ああ、確かにな……」
「それに……不本意ではあるが面倒な連中を敵に回してしまった。
まったく……いい迷惑だ。」
「ヴァンと六神将か……まさかこんなことを企んでいたとはな……」
ヴァン・グランツについては顔を初めて合わせた時から直感的に警戒していた。
――だが、起こした事の規模が想定を遥かに上回っていた。
子供を助けられなかったことといい、つくづく自分の見通しの甘さを痛感する。
「敵意を持ってるのは明らかだったんだ。
六神将の動きにもっと注意を払っておくべきだった……」
「付き合いの長い俺たちも気づかなかったんだ。仕方ないさ……」
――そこに、コンコン、と軽い音が鳴った。
控えめなノック音に、二人は会話を止める。
「、その……俺、だけど……」
緊張した声にとガイは顔を見合わせる。
「ルークか……入ってきていいぞ。」
一瞬間が空いて、ゆっくりとドアが開いた。
「「――!」」
入ってきた姿を見て、二人は唖然とする。
「ガイもいたのか。……あ、悪い、話し中だったか?」
「いや、それはいいんだが……」
「ルーク、お前その髪……」
訊ねてきた青年は、王族の証とも言える赤い長髪をばっさりと切り落としていた。
「髪?あ、あー……その……」
ルークは若干言い淀んだが、
「……俺、変わらなくちゃいけないって思ったんだ。
どうする、とか上手く言えないけど……それで……」
照れたような、困ったような表情でそう言った。
そこにはまだ以前の少年の面影が少し見えたが、何かを変えたい、という決意ははっきりと感じられた。
「……そうか」
同じことを感じたのか、ガイはふ、と頬を緩めると、緊張気味のルークの髪を軽く撫でた。
「いいんじゃないか?さっぱりしてさ。」
「ガイ……」
「もそう思うだろ?」
「……まあ、変わろうという意気込みは認める。」
「ったく……素直じゃないな。」
素っ気無いの返答にガイは苦笑を漏らす。
「形だけじゃ意味がないからな。……それで?」
はルークに視線を向けて、続きを促す。
「その面を見せに来ただけじゃないだろ。用件は何だ?」
「あ、ああ。……俺、外殻大地へ戻ろうと思うんだ。」
「戻るってお前……」
「タルタロスはアッシュが持っていったんだろう。どうやって戻るつもりだ?」
「もう一つの道があるわ。」
傍らに立っていたティアが二人の前に出てきた。
「私が外殻大地に来る時に使った、『ユリアロード』という道があるの。」
「なるほどな。……俺たちも使えるのか?」
の問いにティアは頷く。
「これで戻る算段は付いたか……」
「も戻るつもりなのか?」
「ここにいても仕方ないからな。
……で、お前は戻って何をするつもりなんだ?」
「セントビナーが危ないみたいなんだ。」
「セントビナーが?」
「どういうことだ?」
「俺が……アクゼリュスのパッセージリングを壊したせいで、ルグニカ平野も崩落するかもしれない。
アッシュのやつがそう言ってた。
俺とアッシュは繋がってるから、アイツの見てるものとかわかるんだ。」
ふむ、とはしばし目を閉じて考える。
「ルグニカ平野の崩落か……
数本のセフィロトツリーが大地を支えているというなら、納得もいく。
……世界が傾くな。マルクトは領地の大部分を失うわけだ。」
「そのことについてはこれからお祖父様に聞きに行くわ。
ルークの情報はあくまでアッシュから得たものだから……」
ティアの祖父が預言を知っている『監視者』だということは聞いている。
監視者が何をするかは知らないが、この街の市長でもあるらしいので何らかの話は聞けるだろう。
「……とりあえず、お前の言いたいことはわかった。」
は小さく息を吐いて、ルークを見据える。
「だが、お前は親善大使としてアクゼリュスに向かったんだ。死んでると思われてると考えるのが普通だろう。
仮に生きているといっても、街一つを壊滅させた当人であることは事実だ。
心情一つ変えたところでお前に何ができる?
――誰がお前を必要とする?」
「それは……」
「自分の行動も管理できないようじゃ戻っても同じ事を繰り返すだけだ。
それならここに残っていたほうがマシだろうな。」
「……でも、セントビナーが危ないってのに、じっとしていられるか!!」
「何もできないなら行っても意味がない。」
足りない言葉で訴えるルークをは冷静に切り捨てる。
非情なことを言っているのはわかっている。だが、それが現実なのだ。
それを彼に伝えるのは、ここに残っている自分たちの役目なのだろう。
ルークはぐ、と拳を強く握って、真正面からを見つめる。
「……の言うことは正しいと思う。俺にできることなんてないのかもしれない。
でも、俺のやったことが原因でもっと人が死ぬかもしれないんだ!
何でもいい。一人でも助けたいんだ!!」
「…………」
必死に訴えるルークをは冷静に見つめる。
「俺、何も見えてなかった。何も考えてなかった。
そのせいで迷惑かけて……呆れられるのも当たり前だよな。
だから、今すぐ信じてもらえるなんて思ってないけど……」
――『目を養いなさい、。先に起こることを正確に見通せる目を。』
不意に、師の言葉がよみがえった。
――『聞いて、触れて、見通すことができたら――あとは、あなたが出来ること見つけなさい。
あなた自身が生きて、先に進むために。』
「――変わっていきたいんだ。みんなにちゃんと信じてもらえるように。
そのために、俺にできることを見つけていくんだ。」
「…………」
「?」
じっと固まって動かなくなったにガイが声をかける。
「どうかしたのか?」
「ん?……ああ、大したことじゃない。気にするな。」
ふう、と一息ついて、はルークに向き直る。
「……お前の意思はわかった。ひとまずは手を貸す。
あとは外殻大地に戻ってからだ。」
表情を変えないまま言われた言葉に、ルークはぽかんと口をあけて固まった。
「まったく、キミも人がいいな。」
その隣で、一連のやり取りを見守っていたガイがふ、と笑う。
「アンタにだけは言われたくないな。
最初から付き合いを決め込んでたアンタのほうがよほどお人好しだ。」
そう言われてやや照れたように、は視線を逸らした。
「――え?それって……」
「俺はどの道外殻大地に戻るつもりだったからな。
ことのついでだ。問題でもあるのか?」
「あ、いや……その……」
ルークは一瞬言いよどんだが、
「……一人で戻るつもりだったんだ。
ガイにもにも迷惑かけちまったし……
俺は……『ルーク』じゃないからさ、そんな資格ないと思って……」
やや自嘲気味にそう答えた。
しばし間が空いて、
「……ていっ」
ばちん、と乾いた音を立てて、ガイの指がルークの額を弾いた。
「おわっ?!な、何すんだよガイ!」
「ったく……延々と寝続けて人を心配させやがって、起きたらえらく卑屈になりやがって。
付き合ってやるって言ってんだ。もうちょっと嬉しそうな顔しろよ。」
「で、でも……俺レプリカだし、もうお前の主人でも親善大使でもないし――」
「アッシュの方だってルークって呼ばれるの嫌がってたみたいだし、いいじゃないか、お前が『ルーク』で。」
それに、とガイはもう一度ルークの額を軽く小突く。
「俺はお前がご主人様だからとか、そんな理由で残ったわけじゃないぜ。」
「え?」
「アッシュはアッシュ、お前はお前。俺にとっての本物はお前だけってことだ。」
「……あ、」
ルークは少し俯いて、
「ありがとう……ガイ。
それにとティアも……」
照れくさそうに、呟いた。
BACK NEXT
――――――――――――――――――――――――――
あとがき
久々の更新で申し訳ないでござる(´・ω・`)三話一気に更新です。
ガイが残るというシナリオは漫画から頂戴しました。
この辺のルークとの友情的な話は好きです。普通に感動しますよね。
うちのヒロインはツンデレ方向でいきそうな感じです。
2011 11 3 水無月