「――何だ、これは……」
そのあまりに凄惨な光景に、は思わず寒気を感じた。




崩れ落ちた大地の下に存在する地下の空間。
空は薄暗く澱み、辺りには一面泥の海が広がっていた。





「何が、起きたんだ……」
「地下に落ちたのか……?
けど、みんな崩落に巻き込まれて……」
辺りに人の――生物の気配はない。
それが意味することを悟って、ガイがきつく拳を握りしめる。
「ここは一体……?」
半ば呆然としながら、が誰にともなく訊ねる。
「……魔界(クリフォト)よ」
それに、静かな声でティアが答えた。
「ここが、魔界……?」
小さくイオンが呟く。
「知っているのか」
「……いずれご説明します。
今は、生き残っている人がいないか探しましょう」
可能性は限りなく低いが、は街の残骸へ足を向けた。






「……どうだ?」
先に生き残りを探していたナタリアに声をかける。
「……」
ナタリアは、小さく首を横に振った。
「生き残りは我々だけと見て、間違いないでしょう」
険しい表情で、ジェイドがやってくる。
「ティアの譜歌がなければ俺たちも死んでいたな」
「ええ。あれがユリアの残した譜歌の威力、ということでしょう」
その後も手当たり次第に探してみるが、人の姿ですら、ほとんど見つけられなかった。







「これからどうするか――……」
残った大地の端から、ぼんやりと泥の海を眺める。
「――……ん?」
何気なく眺めていると、視界の端に何かが映った。
瓦礫かと思ったが、よく見るとその上に子供らしき影が見える。
「……う………ぅ」
その子供は、小さく呻き声を上げていた。
――生きている
そう確信した瞬間、身体に力が入るのを感じた。
「誰か来てくれ!」
声を上げると、ガイとティアがすぐに走ってきた。
後ろからジェイドたちもやってくる。
「どうしたんだ、
「子供が流されてる。まだ生きてるみたいだ」
振り返らずに答え、はコートの裾をきつく縛る。
「今なら間に合うかもしれない。助けるぞ」
「待って、
この海は障気を含んだ底なしの海よ。迂闊に飛び込めばあなたも沈むわ」
「見捨てるわけにもいかないだろ」
は懐からワイヤーを取り出し、コートの上から腕に巻きつけた。
「ガイ、これ頼んだ。
ティアとナタリアは譜歌と治癒術で援護してくれ」
そう言うが早いが、は躊躇うことなく泥の海に飛び込んだ。
!」
すぐにティアが譜歌を歌う。ナタリアは子供に治癒術をかけた。
「っく……」
障気はなんとか耐えられるが、泥の海は重く、絡みつくように行く手を阻む。
そして譜歌の届く範囲から抜けると、いよいよ苦しくなってきた。
「このっ……」
泥を掻き分けるように進み、子供のいる瓦礫に手をかける。
「もう大丈夫だ。すぐに助けるからな」
子供は僅かにだが頷き、のコートにそっとつかまった。
それを確認し、は巻きつけたワイヤーをしっかりと握る。
「引いてくれ!」
引っ張られるワイヤーを辿りながら、なんとか岸までたどり着く。
!」
「子供を早くこちらへ!」
ナタリアに子供を預け、自分も上に這い上がる。
「っはぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」
「ああ……」
身体に付いた泥を払い落とし、ナタリアたちのほうに向き直る。
「ナタリア、子供は……」
言いかけた言葉は、消えたように出てこなかった。
「私の力では……ごめんなさい」
「……いや、俺の見通しが甘かった。ナタリアの所為じゃない」
何とか冷静に答えたが、の拳は小さく震えていた。




「また……助けられなかった……
子供一人、助けることが出来ないのか……!!」



どれだけ修練を積んでも、世界には叶わないことばかりで


いつも後悔ばかりが積み重なっていく




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 あとがき
崩落編スタートです。まずは崩落アクゼリュスから。
相変わらず無茶とかトンデモに定評のあるさん。
でも海だし、命綱あれば何とかなるんじゃね?という安直な考えから生まれた話です
  2011 7 18   水無月