峠を越えると、程なくして鉱山の姿が見えてきた。
山に囲まれた低い土地のせいか、暗い印象を受ける。
「こっからだとよくわかんねぇな……」
「行けばわかるだろう」
そんな街の状況は、外から見るよりもはるかに凄惨で酷いものだった。
「これは……」
「……酷いな」
街は入り口まで薄く瘴気に覆われ、至る所に人々の身体が横たわっている。
動いているのは大人の男がほとんどだった。
「想像以上だな……」
口元を手袖で塞ぎ、ゆっくりと街の中を進む。
一歩進むたびに、汚染された空気がねっとりと纏わり付くように肌を撫でる。
障気の薄い場を求めてか、入り口の付近には子供や老人がたくさん集まっていた。
「しっかりなさい!」
見かねたナタリアが横たわる女性に駆け寄る。
「今助けますわ、しっかりなさって!」
治癒術をかけると、女性の顔色はやや良くなった。
「とりあえず手分けして始めるか」
互いに頷きあい、近くにいる人から順に声をかけていく。
「大丈夫ですか?」
「もうすぐ救助隊が来ます。しっかりしてください」
治癒術を使えるティアとナタリアは応急処置に当たり、ガイやアニスたちが動けない人を運んだ。
「ティア、この人を頼む」
「ええ」
「症状の軽い人はこっちに寄越してくれ。多少は力になれる」
「わかったわ」
患者を預けて、は軽く息をつく。
第七音素、とりわけ治癒術などは扱いが難しい。
基本的に素養と独学だけのでは、軽い症状を癒すだけで精一杯だった。
「よし――ああ、ルーク。この人を向こうへ運んでくれ」
「はあ?何で俺がんなことしなきゃいけねーんだよ」
「……人手が足りてないんだ」
不満そうなルークに口を閉ざしかけるが、今は事態が事態だ。
「みんなで手分けしても足りないんだ。俺は次の人を治療しなきゃならん」
「お前がやりゃいいだろ。俺は親善大使なんだぞ」
「親善大使だからこそ、だろうが。お前の働きに期待がかかってるんじゃないのか」
「俺はもっと他にやることがあんだよ。んなチマチマとやってられるか」
動く気配のないルークに、は小さく溜め息をつく。
「……わかった。邪魔だけはしてくれるなよ」
「そっちはどうだ?」
「症状の軽い子供や大人はなんとか持ち直しているが、年寄りは相当きつい。あとは病人だな」
「どちらにせよ人手が足りません。一度先遣隊と合流しましょう」
「ですが、街の人を放っておくわけにも行きませんわ」
ここで半端に人数を裂くわけにはいかない。
「……仕方ありませんね」
ジェイドはしばし険しい表情をしていたが、やがて小さく溜め息をつくと
「ルークに行ってもらいましょう。
先遣隊はグランツ謡将が率いていますから、話が通れば人を回してもらえるでしょう」
「それなら僕も行きましょう。力になれると思います」
ジェイドの言葉にイオンが申し出る。身体への負担から、救護の手伝いはアニスが停めていた。
「……護衛が必要か?」
「いえ、大丈夫です。皆さんは救援活動のほうをお願いします」
「わかった。……気をつけろよ」
結局、救援活動に終わりはなかった。
時間を追うごとに患者の容態は悪化し、体調不良を訴える人は増えていく。
加えて第七譜石の捜索に当たっていたティアが抜けたことで、治療の速度も格段に落ちていた。
「……先遣隊はまだこないのか」
そして、いつまでたっても先遣隊がくる様子はなく、皆が不審に感じ始めたときだった。
「――大佐!」
息を切らせて、ティアが坑道に駆け込んできた。
「ティア?!」
「何があったんですか?」
「先遣隊が、殺されていました。
――タルタロスを拿捕した神託の盾が待ち伏せていたようです」
「どうりで先遣隊が来ないわけだ……よほどアクゼリュスを落としたいのか」
吐き捨てるようなの口調に、ティアは小さく首を横に振る。
「いえ、彼らは私を連れ去るよう兄に命じられて停泊しているの」
「どういうことだ?」
「さっき第七譜石――結局あれは違ったのだけれど……
その確認をしに行ったときに、神託の盾に攫われそうになったわ」
「どうしてティアが?」
「兄よ。兄が、私を巻き込まないために……!
大佐、兄はどこですか?!兄は恐ろしいことをしようとしています!」
「おい、そんなところで喋ってる場合か!」
ジェイドが答える前に、聞き覚えのある声が叱咤した。
「鮮血のアッシュ?!」
「お前ら、とっととあの屑をどうにかしろ!死ぬぞ!」
坑道の魔物を追い払いながら、アッシュは奥へと走っていった。
「彼が、アッシュが教えてくれました!」
ティアもアッシュに続いて坑道の奥へと走っていく。
「ど、どういうこと?!」
「事は想像以上にヤバいってことだ。俺たちも行くぞ!」
「ティア、詳しい事情を聞かせてください。
グランツ謡将は何をしようとしているのですか?」
坑道を奥へと進みながら、ジェイドが訊ねる。
「兄さんは……アクゼリュスを消滅させようとしています」
「なんだと……?!」
「街を消滅って……どうやって?!」
「アッシュから聞くことが出来たのはそのことだけで……
でも、おそらく兄さんは……!」
ティアが続きを言いかけた瞬間、奥から強い力の衝撃が伝わってきた。
「っ何事だ?!」
「あの奥からです!」
力の源がある、一番奥の空間へ駆け込む。
――そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
「な、んだ……これは……」
坑道とは明らかに違う異質な”部屋”には、感じたことのない雰囲気が漂っていた。
その源は部屋の中心であり、その傍らにはヴァンと、へたり込むルークの姿があった。
「アッシュ、これはいったい……」
「見ての通りだ。――間に合わなかったんだよ、くそっ!」
一足先に着いていたアッシュは、忌々しげに部屋の中心――ルークと、ヴァンを見下ろす。
「兄さん!」
部屋の中心に兄の姿を見たティアが、叫ぶように詰め寄る。
「やっぱり裏切ったのね!この外殻大地を存続させるって言っていたじゃない!
これじゃあアクゼリュスの人もタルタロスの神託の盾も、皆死んでしまうわ!」
「……メシュティアリカ、お前にもいずれわかる筈だ。この世の仕組みの愚かさと醜さが。
それを見届けるためにも……お前には生きていて欲しい」
ティアとは対照的に冷淡な口調でヴァンは語る。
そして慣れた動作で指笛を吹き、二匹の魔物を呼び寄せた。
「なっ!」
魔物はヴァンとアッシュをくわえ、高く舞い上がる。
「アッシュ、今お前を失うわけにはいかぬ」
「放せ!俺もここで朽ちる!」
「……ティア、お前には譜歌がある。それで――」
そう言い残して、ヴァンはアッシュを連れて去っていった。
「なんだってんだ……」
「――おい、マズイぞ!」
ガイの声で、呆然としていたは我にかえる。
「坑道が潰れます!」
ヴァンが去ったところを見計らったように、坑道はすさまじい音を立てて崩壊を始めていた。
「みんな、私の近くに!早く!」
ジェイドがイオンを、ガイがルークを担いで、ティアの周りに集まる。
ティアの紡ぐ譜歌の旋律が光の結界を作り、崩れゆく街の中を、ゆっくりと降下していった。
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あとがき
アクゼリュスがまさかの1話終了!/(^0^)\ナンテコッタイ
ちょっと長めですが、変なところで区切るのもアレなんで一つにまとめました。
ひとまず最初の外郭大地編は終了です。
次回からは崩落編になりますね。
2011 7 18 水無月