「――……」
途切れていた意識が徐々に浮上してくる。
身体を起こそうとすると、全身が鈍い痛みを訴えた。
「っ……」
怪我はしていないが、衝撃は相当だったようだ。
「……ん?」
意識がはっきりしてきて、ようやく違和感に気づく。
ゆっくりと視線を下に動かすと、金髪の青年が自分を庇うように横たわっていた。
「ガイ!?」
慌てて肩を揺すると、背に回されていた腕がぱたりと落ちた。
「おい、ガイ!しっかりしろ!」
何度か声をかけると、僅かに身動ぎし、ゆっくりと瞼が持ち上がった。
「っ……?」
「気がついたか」
……?」
意識が戻ったことにほっと安堵する。
「よかった……」
そんなの様子を見て、ガイの口から呟きが零れる。
「……無事……みたいだな」
「人を庇っておいて……つくづくお人好しだな、アンタは」
口を吐いて出た言葉に、ガイは困ったように苦笑した。
「そ、それより……あのな……」
と、不意に何故か視線を逸らしながらガイが口の中で何か呟く。
「? ……あ」
少し間が空いて、は自分が何をしていたのかに気づく
「あ――いや、その!」
彼に抱きしめられるような格好で落下し、そのまま上に乗っていたのだ。
「わ、悪い、すぐ退く」
慌てて横に退くと、ガイは苦笑しながらゆっくりと身体を起こした。
「その様子なら、怪我もなさそうだな」
無様な姿を晒してしまい、思わず頬が熱くなる。
「……そういうアンタは、」
ちらりとガイのほうを見る。
あちこち擦り傷が見えるが、目立って大きな怪我はない。
大丈夫だ、とガイはジェスチャーで示した。
「何で庇ったんだ。
女、苦手なんじゃないのか」
「あー、いや。ああやって誰かを助けたりするときは平気なんだ。
頭で考えるより先に身体が動いてるみたいでさ」
「そんなものなのか」
「まあ、な。
それに……キミに怪我させたくなかったしな」
「女、だからか」
の双眸が鋭く細まる。
「違う。そのままの意味だ。
に怪我をして欲しくなかったんだ」
ふう、と息を吐いて、ガイはのほうに向き直る。
「……今日は、いつものキミらしくなかった。
苛立ってて、どこか危なっかしくて……放っておけなかった。それだけさ」
「……」
は反論しない。否、出来なかった。
自分らしくない。苛立っていた。
ガイに言われたことは、自身も自覚していた。



あの夜――ガイに秘密を知られた時から、胸のうちによくわからない感情が渦巻いている。
戦闘など、他の事をしているときは忘れるが、ふと気がつくと脳裏を掠めていく。
もやがかかったような、正体の見えない自分の内心に戸惑い、それでまた苛立っていた。
忘れようとするために酒を飲んだりもしたが、結局それはただのごまかしにしかならなかった。



図星をつかれて、いくらか冷静になった。
自己暗示をかけるように長く息を吐き出す。
「……悪かった」
前髪に手を突っ込んで、ぽつり、ともらす。
「庇ってもらったのに、礼も言ってなかったな」
そう言って、ふとガイの様子がおかしいことに気づく。
先ほどからずっと右の肩を押さえている。表情も若干苦しげだ。
「――痛めたのか」
「ん?ああ、いや。少し打ち付けただけさ」
「見せてみろ」
「えっ?あ、おい!」
慌てて抵抗しようとするガイの手を払い、右の肩を軽くつかむ。
「っ!」
途端にガイが顔を歪めた。
「その様子じゃ腕もやられてそうだな」
はそっと手を放すと、手持ちのアイテムを確認した。
「……応急処置する。それ脱げ」
「い、いや……しかし、……」
「腕はともかく、肩は脱がないと手当てできない。恥ずかしがってる場合か」
言っているこっちが恥ずかしくなってくる。
「こっからアイツらに合流して、峠を越えなきゃならないんだ。ほら、早くしろ」
「わ、わかったから。手を、離してくれないか」
言われたとおり手を離すと、ガイは背を向けて上に着ていたものを脱いだ。
右肩の部分が赤く腫れているが、思ったほど重症ではない。
「とりあえず……ファーストエイド」
口の中で詠唱し、患部にそっと手を宛がう。
腫れは引いたが、の治癒術ではこれが限界だ。
「あとは応急処置だな」
湿布を作り、張った上から包帯を巻いていく。
「……手際いいんだな」
「慣れているだけだ。医者が嫌いなんでな」
きゅ、と包帯を締め、手元からナイフを取り出して余りを切る。
「ひとまずこれで痛みは抑えられるはずだ。
合流したらティアかナタリアに診てもらえ」
「ああ。……悪いな」
「何がだ?」
「取り乱したりして……キミが女性だからどうというわけじゃないんだが……」
「……気にしてない。一応、理解はしているつもりだ」
ふと思いついて、はガイに訊ねる。
「それ、家族はどうしてたんだ?」
「え?」
「いや……家族にはどう接していたのかと思ってな
兄弟は知らんが、母親はいただろ?」
「ああ……」
ガイの表情に陰が差す。
「家族は大丈夫だった……いや、家族がいた頃は大丈夫だった、というべきかな」
「?」
「昔は大丈夫だったんだ。
いつからこうなったのか。どうしてこうなったのかは、俺にもわからない」
「……そうか」
これ以上は薮蛇か、と思い、は言葉を止める。
すると今度はガイが口を開いた。
は、どうして男装してるんだ?」
「……それ、聞いていいと思ってるのか」
「いや、なんとなく聞きたくなってな。俺だけじゃ不公平だろ」
「……まあ、いろいろだな」
ふう、と息を吐いては続きを口にする。
「私がギルドに入った頃は、まだ女の傭兵は少なくてな。
基本は実力主義だが、女というだけで軽んじられることは多かった。
当時は若かったしな。師匠と私をギルドに推薦してくれた人が、男で通したほうがいい、と言ってくれたんだ」
「そうだったのか……」
「……ま、それだけってわけでもないが。きっかけはそんなところだ」
話し終えると、複雑そうな表情をしているガイに、はふ、と微笑を零した。
「それに、存外こういう生き方も悪くないと思ってる。
元来、こういう性分なのかもな」
「それは……確かにキミらしいな」
つられたようにガイも笑う。
「……さて、ともかくアイツらに合流しないとな」
「ああ……しかし、ここから戻るのはちょっと無理じゃないか?」
崩れ落ちた崖を見上げて、ガイは首を捻る。
「こういうときは向こうに見つけてもらうほうがいい」
そう言っては手のひらを頭上に掲げる。
「……東へ軌道を固定。発射」
口の中で呟くと、指先から音素の光が空へ向かって打ち上げられた。
「よし……これでいいだろう。
あっちには切れ者の大佐もいるしな」
がそう言うと、ガイはへえ、と感心したように零した。
「何だかんだ言って、信頼してるんだな」
「信頼……というのは少し違うな」
「?」
「確かに大佐の能力……こと知識の面に関してはすごいものだと思う。
ただ、そう理解しているだけだ。
あとは、そこからの行動の予測だ」
それに、とは笑って付け加える。
「大佐はあれでそこそこお人好しだと思うぞ?」
「おいおい、さすがにそれは……」
「お人好しだが、自分側に利益のないことは切り捨てる……と、そう割り切った考え方が出来るってことだ」




「ほう。面白い分析ですねえ。もっと詳しく聞かせていただけますか?」
背後から、含みのある声が訊ねてきた。
「ジェイド!」
「うわ……聞いてたのか、アンタ」
ガイは明るく、は青く、一瞬にして表情が変わる。
「ガイ!!」
「二人とも大丈夫ですか?」
あとから他の面子も集まってくる
「いやあ、ずいぶん楽しそうでしたねえ。どうぞ続きを」
「知るか。……それより、ガイを診てやってくれ。肩を痛めてる」
無理やり話を切って、ははあ、と息を吐いた
「ま、さすがってところだな。あの信号ひとつでこの対応だ」
「まったく……アレは本来軍属の人間しか知り得ないコードなんですがねえ」
やれやれ、とジェイドは肩を竦める。
「状況が状況ですし、今は追求しないことにしましょう」
「そうしてくれ。悪いな、皆。ずいぶん時間をとらせてしまった」
ルークは不満そうな顔をしていたが、さすがに親友であるガイが心配だったのか、
「行けるんならとっとと行くぞ」
と、それだけ言ってくるりと踵を返した。




   BACK      NEXT

――――――――――――――――――――――――――
 あとがき
ゲームとかアニメ見てて絶対足場悪そうだなーと思ってました。
あと自分で書いててガイ様との絡み成分少なすぎて爆発しました。

  2011 7 18   水無月