街道を途中で外れてしばらく進むと、峠道の入り口が見えてきた。
「……ん?案外整備されているな」
道の先を見つめ、ガイは小さく首を傾げる。
「ふむ……最近ここを通った奴がいるなんて話は聞いてないが……」
「今は詮索は止しておきましょう」
推測に入りかけたをジェイドが止める。
「どのみちここしか道はないのですから。
通りやすくなっていて好都合、くらいに留めておいてください」
「そうだな。すまない」
「ところで、アクゼリュスまではどのくらいかかるんだ?」
ルークに訊ねられ、はしばし考える。
「……この先の道の状態にもよるが、早くて一日もあれば着くだろう。
峠を越えたらアクゼリュスはすぐそこだ」
あくまで何のトラブルもないとしての計算になるが。ということは心のうちに留めておいた。
の考えに皆は納得したが、ルークだけは不満げにはあ、とため息をついた。
「やっぱ師匠に追いつくのは無理かー。
こんなことなら砂漠で寄り道なんてしなきゃよかったぜ」
ピシ、と場の空気が凍りつく。
「ちょっと!寄り道ってどういう意味……ですか……!?」
アニスが憤慨した様子で問い詰める。
「寄り道は寄り道だろ。
今はイオンがいなくても俺がいれば戦争は起きねーんだし」
「アンタ……バカ!?」
いけしゃあしゃあと言ってのけるルークに、今度は抑えが利かなかったのか、アニスが声を荒げた。
「なっ……バカだと……っ!」
「バカだろ」
ルークが激昂する前に、は冷静に言葉を遮る。
「ルーク、私も今のは思い上がった発言だと思うわ」
「そうですわ。
この平和は導師がいてこそ成り立っていますのよ。
イオンがいなくなれば調停役が存在しなくなってしまいますわ」
ティアとナタリアの厳しい口調に、ルークはう、と言葉を詰まらせる。
「記憶がなくて世間知らずとはいえ、少し考えればガキでもわかることだ」
言い訳を探すようなルークの表情を読み、呆れたようには言い捨てる。
「なんだとっ!」
「お前、どうして自分が親善大使に任命されたのかわかってないのか?
この救助活動は導師と導師のもたらした親書によって成り立っている。
その導師の身に何かあれば、こんな茶番、続けられるわけがない」
「茶番だと……!バカにしてんのか!?」
「茶番だろ。敵対する国の重役と、世界を動かす教団のトップが揃って救援活動なんて、普通に成立するわけがない」
「このっ……!」
「!今のは言い過ぎだ。
ルークも少しは落ち着け!ここで言い争っても仕方ないだろう!」
ガイが割り込んだことで二人は言い争いを止める。
ルークは納得がいかない、といった表情をしていたが、はさして気にしてないようだった。
「……それに、」
困ったようにやりとりを見守っていたイオンが、寂しげに微笑んで口を開く。
「両国が敬意を払っているのは僕ではありません。『ユリアの残した預言』なんです。
本当に必要とされているのは、僕自身ではないんですよ」
「イオンまでそういう考え方をするなって。
たとえ預言のおかげだとしても、イオンに抑止力があることには違いないだろ?」
「ええ。イオン様はなくてはならない人です」
「……ありがとうございます」
ガイとティアの言葉に、イオンは小さくはにかんで見せた。
「いやあ、皆さんお若いですねえ。
では話もまとまったようですし、そろそろ行きましょうか」
ぱん、と手を叩き、ジェイドはすたすたと先へ進んでいく。
「……ったく、食えないおっさんだ。
この状況でよくああいう台詞が出てくるな」
「それも今更だろ。
……さすがに呆れてるとは思うがな」
そういう自身も呆れたように肩を竦め、も峠道を進み始めた。
ある程度整備されているとはいえ、不慣れな峠道を歩くのは体力を消耗する。
鍛錬を積んでいるたちと違って、それが顕著に現れたのはイオンだった。
「はあ……はあ、はあ」
ルーク達に迷惑をかけまいと頑張ってついてきていたが、とうとうがくりと膝を着いてしまった。
「イオン様!」
「大丈夫か?」
前後に控えていたアニスとが駆け寄る。
「少し休むか?」
「いえ……大丈夫です」
そう言ってはいるが、顔色は今にも倒れそうなほどに青白い。
「いや、休んだほうがいい。
さすがにこの道を人を抱えて降りるのは無理だしな」
「休みましょう、イオン様。
みんなーちょっと休憩―!」
前方を歩くルークらに、アニスが大声で呼びかける。
ルーク以外は、すぐに引き返してイオンの傍に集まった。
「おい、何勝手に決めてんだ!師匠が先行ってんだぞ!」
「ルーク!よろしいではありませんか!」
「俺が行くって言えば行くんだよ!こんな山道に時間かけてられるか!」
「なら勝手にしろ」
またもがぴしゃりと言い放つ。
「峠を越えるだけなら一日もかからないぞ。
俺は休憩を挟んで、自然に進んで一日、という意味で言ったんだ」
切れ長の瞳が静かにルークを射抜く。
「俺たちは所詮お供にすぎないからな。
親善大使様だけ先に行ってもらっても何ら困ることはない」
「ぐ……」
ルークが閉口すると、見計らったようにジェイドが口を開いた。
「では少し休みましょうか。イオン様、よろしいですね?」
「ええ……すみません、ルーク。僕のせいで……」
「……少しだけだからな」
イオンはありがとうございます、と小さく微笑んだ。
「――こんなところにいたのか、」
皆の死角になっている場所で剣の手入れをしていると、背後から声をかけられた。
「何の用だ」
「キミの様子が気になっただけさ」
いいか?と近くを指し、ガイは腰を下ろす。
「……アクゼリュスはどうなってるんだろうな」
「さあな。いってみるまではわからん。
最近はこの辺まで来ていなかったからな」
剣の手入れをしながら、ただ、とは続ける。
「先遣隊がどれ程の人数かは知らんが、この人手では介護や避難もあまり効果はないだろうな」
「とはいえ両国に連絡は行ってるはずだ。何日か持ち堪えられれば国からの救助もくるだろう」
そのための先遣隊と親善大使なのだから。
「……ああ、そうだな」
は小さく頷くと、剣をしまって立ち上がった。
「?」
「そろそろ戻るぞ」
「あ、ああ……
――あのな、」
ガイは腰を上げると、神妙な面持ちでを見た。
「何だ?」
「……いや、何でもない」
「なら行くぞ。
また親善大使様に騒がれてはかなわんしな」
そう言って歩き出したの背中を見つめ、ガイもその後を追った。
再び出発してまもなく、峠は折り返し下りに入った。
上りよりはやや楽なため、一向は順調に足を進める。
「――魔物だ!」
が一足早く気づいて呼びかけた。
下りからはが先頭に立っており、魔物との先頭はずいぶんと楽になっている。
「はっ!」
紅と蒼の刃が閃き、瞬く間に魔物を殲滅する。
足場の悪い場所での戦いこそ、にとっては十八番だ。
「とどめだ!」
最後の一匹を追い詰め、一気に胴を切り裂く。
断末魔をあげ、魔物が消滅した――その直後だった。
「……ん?」
剣をしまったの足元に、ピシリ、と亀裂が走る。
そしてそれは瞬く間に広がり――
「なっ――」
ガラガラガラ、と音を立てて、一気に崩れ落ち始めた。
「!」
ガイが咄嗟に手を伸ばし、の腕をつかむ。
「くっ……」
だが、不安定な地形のせいもあってか、その表情はすぐに苦しげなものに変わっていく。
「何のつもりだ!離せ!」
「駄目だ!」
「っの……馬鹿が……!」
ピシ、とまた亀裂が広がる。
――それは、ガイの足元まで迫っていた。
「離せ、ガイ!」
「放っておけるか!」
ガイが声を上げた直後、その足元の地面が音を立てて崩壊した。
「っ――!?」
「ガイ!」「!」
ルークとアニスの呼ぶ声が遠くなる。
「――!」
意識が飛ぶ直前、何か温かいものに包まれた気がした。
BACK NEXT
――――――――――――――――――――――――――
あとがき
デオ峠に入りました。あと1、2話続きます。
正体知られてからのガイへの態度を少し変えてみてます。
ちょっと冷たい当たり方になってる……と、思ってください;
あとは全体的に笑顔が減ってます。
2011 7 18 水無月