――最低限寝泊りするだけの場所だ。文句言うなよ。
そう言い置いて、は家の中へ皆を案内した。
「ここがの……」
「少し狭いが、我慢してくれ。
ああ、何も面白いものは無いからな。無闇に物に触ったりするなよ」
さりげなく釘を刺しつつ、剥き身のままのマットにシーツをかけて寝床を整える。
「こんなもんでいいだろ――……ルークを寄越してくれ」
仲間達もベッドの周りに集まり、ルークの方を不安げに見つめる。
「……ルークのヤツ、どうなっちまったんだ?」
「見たところ、体のほうに異常はなさそうだが……」
とはいえ、突然意識を失うという時点で、どこかが異常なことには違い無い。
「大佐は、ルークのこと……何か思い当たる節があるんじゃないですか?」
ティアの問いに、ジェイドはルークの方をじっと見つめたまま答えない。
「……俺の推測だが、」
軽く息を吐いて、はジェイドに視線をやった。
「鮮血のアッシュ――アイツが関係しているんじゃないのか?」
その言葉に、真紅の瞳が視線だけを寄越してくる。
「六神将の中で、アイツはことあるごとにルークに絡んできた。
それに……」
言いかけて、は一度言葉を切る。
自分が感じた妙な感覚。
それは、ほぼ確信に近いほどの違和感
「……いや、いいか。
とにかく、あの男は何か知っている。違うか?」
「――今は、言及を避けましょう」
ジェイドはこちらに向き直って、静かな声でそう答えた。
「ジェイド!もったいぶるな!」
ダン、とガイの拳がテーブルを揺らす。
「もったいぶっているわけではありませんよ」
対するジェイドの口調は、あくまで冷静だ。
「これはルークの問題です。ならばルーク自身が一番に知るべきだと思っているだけです」
「……なるほど。正論だな」
「今はこの話は避けましょう。彼には……「っ……ぅ…」
背後からの呻き声に、ジェイドの話が遮られる。
「「ルーク!」」
それにいち早く気づいて、ティアとガイが声をかけた。
「よかった。気がついたのね」
「大丈夫か、ルーク?」
「ん……ああ……」
「ルーク、気分はどうですか?まだ誰かに操られているような感覚はありますか?」
「いや、別に……」
ふむ、とジェイドは逡巡した後、小さくため息をついてルークに向き直った。
「おそらくコーラル城でディストが何かしたのでしょう。
あの馬鹿を捕まえたら術を解かせますので、もう少し辛抱してください」
「頼むぜ。まったく……」
ルークは疲れたようにため息をついた。
その仕草はいつものルークそのもので、皆はほっと安堵の表情になった。
「さて……どの道この時間では船も出せないだろう。
今日はこのまま休んでいけ」
日の沈みかけた空を見て、が提言する。
数分もすれば最終の便が出る時間になっていた。
「そうだな……っていいのか、?」
「今から宿を取りに行くのも手間だろ。
少し物どかせば全員寝れるくらいの広さはあるぞ」
「ありがとうございます。」
「男達で片付けておくから、アニスたちは道具や食材を補給してきてくれ」
「はーい」
「わかりましたわ」
女性組が出て行くと、後に残ったイオンとミュウが声をかけてきた。
「僕にも何かお手伝いさせてください」
「ミュウもですの!」
「……そうだな。じゃあ、ルークを見ていてくれ」
「わかりました」
「ですの」
それぞれが分担した仕事を終える頃には、すっかり日が暮れていた。
夕食の片づけをした後、若い面子が寝静まった頃を見計らっては家を出る。
「――?」
「!」
こっそり出てきたつもりだったが、背後から声をかけられては思わず立ち止まった。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「……アンタか」
落ち着いて振り向くと、後ろにいたのはガイだった。
「よくよくツイてないな。アンタも……いや、俺のほうが、か」
「悪い……わざとじゃないんだが」
「ま、今日は別に何か隠し事ってワケじゃないしな」
「どこ行くんだ?」
踵を返すにガイが問いかけると、はくい、とグラスを傾ける仕草をする。
「行きつけの酒場がある。付き合うか?」
ガイは呆気に取られたように瞬きを繰り返して、
「そうだな。たまには飲むか」
苦笑しながら頷いた。
夜のケセドニアは昼とはまた違った賑わいを見せる。
最終の定期船で戻ってきた船乗りや、バザー出稼ぎに来た商人、仕事を終えた傭兵達が共に飲み、語り合うのだ。
「よう、。戻ってたのか」
「今日は寄っただけだ。明日には出て行く」
「相変わらず忙しいやつだ。またどこぞで仕事拾ってきたのか?」
「まったくだ。お前なら黙ってても仕事は転がり込んでくるだろうに」
「こればかりはな。性ってやつだ」
傭兵らしき男達から声をかけられ、はそれに答えながらカウンターのほうへ進んでいく。
「さん。この間はありがとうございました。
おかげでいい商売させてもらってます」
「ああ。アンタのとこは計画がきちんとされてるからな。こっちも仕事がしやすかった。
次も使ってくれ。と主に言っておいてくれ」
「ええ。こっちもさんなら安心してお任せできます。またよろしく頼みますよ」
商人や船乗り達も気軽に声をかけてきた。はひらりと手をふって答える。
ガイはの後ろについていきながら、その様子に感心していた。
「相変わらず、人気だな」
席について一段落したところで、ガイはようやくに声をかける。
「前にバザー歩いてたときも街の人に色々してもらってたし……
この街にいると、改めて驚かされるよ」
「……煽てても何も出ないぞ。それより、何飲むんだ」
何だかガイに面と向かって言われるのがむず痒くて、は無理やり話を切り替えた。
「あー、俺普段飲まないからな。酒の種類とかよくわからないんだ」
「弱いのか?」
「そうじゃないんだが、ほら、ルークもいるしな。
使用人って手前、しょっちゅうは飲めないんだ」
「そういうことか。……マスター、いつもの二つ」
「はいよ。
珍しいな。連れかい?」
「まあ、そんなところだ。
ああ、それと少し聞きたいことがあるんだが」
の目つきが一瞬にしてギルドの傭兵のものになる。
「アクゼリュスのことは聞いてるか」
「障気で酷いことになってるらしい、とは聞いてるが、それ以上は憶測ばかりだ。
昨日か今朝辺り調査の依頼が入ってたぞ」
「わかった」
は小さく頷くと、懐から紙幣を何枚か取り出して、最後に重石代わりに硬貨を一枚乗せた。
「その依頼俺が引き受ける。情報と合わせて、これで足りるだろう」
「……確かに。
だが、そっちの連れはいいのか?」
「こっちは依頼じゃない。本当にただの連れだ。成り行き上ってヤツさ」
「ならかまわんが。……あいよ、おまちどおさん」
と、やりとりの合間に用意されていたグラスが差し出される。
同時に、の表情が素に戻った。
「とりあえず、」
グラスを差し出すと、ガイもぎこちない動作でグラスをぶつける。
「いつもここで飲んでるのか?」
「いつも、とはいかないが、戻ってきたときは大概ここだな」
夜中までやっている酒場は少なく、も以前からちょくちょく来ている。
「ここの酒は質がいい。しかも世界中のものが入ってくる」
の言うとおり、薄暗い棚の中には、色も形も様々な瓶が所狭しと並んでいる。
ガイもグラスの中の酒を一口飲んでみた。
「ん……確かに美味いな」
度数はたまにガイが飲むものよりも高めだが、まろやかで不思議と飲みやすい。
「あんまり飲みすぎるなよ。船で吐くぞ」
そう言いながらも、は二杯目を半分ほど空けている。
「さすがに自分の限界はわかるさ」
場の雰囲気に慣れてきたのか、ガイも自分のペースで酒を頼み始めた。
互いの日常の他愛も無い話を肴に、グラスを傾ける。
しばらく飲んでいると、一人の男が歩み寄ってきた。
「――戻っていたのか」
聞こえてきた声に視線をやると、いかにも戦士らしい体格の、初老の男が立っていた。
「……アンタか」
の表情が消え、声が低くなる。
「野暮用とやらはもういいのか」
「関係ない。これは……俺の、問題だ」
「そうだな」
男は呟くと、席にも座らず踵を返した。
「……そろそろ、あの日だろう。
手前のことに集中するのはいいが、たまには養母孝行してやれ」
「……」
は何も答えず、男はそのまま去っていった。
「……わかってるっての」
男の気配が遠ざかってから、がポツリと漏らす。
「今の人は……」
はしばし何か考え込むように額に手をやっていたが、やがてゆっくりと顔を上げると、
「出るぞ」
そう言うなり、グラスの酒を一気に飲み干して立ち上がった。
「マスター、これで足りるな。釣りはいらん」
そして代金を叩きつけるように置き、くるりと踵を返す。
「え?……っておい、!」
すたすたと早足で出口に向かうを、ガイは慌てて追っていった。
「――!」
その背中に追いつき、声をかけて隣に並ぶ。
「どうしたんだ、突然」
訊ねてきたガイの心配そうな表情に、はばつの悪そうな顔をした。
「……悪い」
「俺のことはいいんだが……」
しばし考えを巡らせ、は小さくため息をついた。
「あの男は……ダンカといってな。師匠の古い知り合いなんだ
私のことも昔から良く知ってる。今も現役のギルドの傭兵だ」
「の師匠って……」
「私を育ててくれた人でもある。血は繋がってないが、親だと思ってるよ」
はふ、と自嘲気味に笑みを漏らした。
「養母孝行か……今更だな」
「?」
「いや、ちょっとな。
あの男……ダンカは、今でも何かと声をかけてくるんだ。
ったく。折角いい気分で飲んでたのに、湿っぽい話されちゃ酒が不味くなる」
「それであの勢いか。らしいな」
「悪いな。付き合わせて。家に何本かあるし、飲みなおすか?」
「いや、もう十分だ。
……というか、はあれで飲み足りないのか?」
「そういうわけでは…………まあ、少し足りないな」
酒のせいか、素直なの返答にガイはははっ、と屈託なく笑う。
「なら、俺は肴代わりの話し相手になるとするか」
「やれやれ……アンタも人がいいな」
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あとがき
お家編です。ケセドニアの設定資料なかったから完全妄想で書きました。
あとは酒場のシーンですね。一応はお酒に強いという設定です。
でもアルコールはいるとちょっと人変わる……というか変わってますねw
んでさっそくでてきたサブキャラダンカさん。心の片隅の隅っこくらいにとどめておいてくれると嬉しいです。