「少し、辺りを見てくる」
火を囲んで話をしていると、不意にそう言ってが立ち上がった。
付き合うか、と訊ねたが、やんわりと断られてしまった。
こういうことは時々あった。
何か理由があるのだろうと思い、深く考えることはしなかったが、遠くから見たとき微かに見えた、寂しげな表情がずっと頭の片隅から離れなかった。
「……っ」
――第六感、ってのは本当にあるんだな
事を理解してから、ガイはぼんやりとそんなことを思った。
皆が眠りについた後、ふと目が覚めたガイは、辺りを見回して――が戻っていないことに気づいた。
「……」
一瞬、嫌な予感が頭をよぎって、それを振り払うように水場へ向かった。
顔でも洗って、気を晴らしたかった。
「――誰だっ!」
小さくも鋭い声に、体が硬直する。
そして、一瞬のうちに背中から地面に叩きつけられた。
間髪入れずに相手が乗りかかってくる。
押さえつけられる衝撃が腹にまで響いて、思わず目を閉じた。
砂漠だったからまだよかったものの、これが硬い地面だったら、と思うとぞっとする。
風が吹き、雲が流れる。
雲が途切れ、差し込む月の光が相手の姿を照らす。
闇に溶ける漆黒の髪。鋭く睨む灰銀の瞳。そして、丸みを帯びたしなやかな体
面影が、などというレベルではない。
その人物は――
「ガイ……?!」
「、なのか……?」
――まぎれもなく、だった。
ピタリ、とナイフの切っ先が空中で止まる。
おそるおそる視線をずらすと、しなやかな体躯が視界に飛び込んできた。
丸みを帯びた体。膨らみのある脅威にはさらしが巻かれており、細くくびれた腰のラインが惜しげもなくさらされている。
――女だったんだな
驚きはしたが、心は意外にもあっさりとそれを受け入れた。
「見られた以上、生かしてはおけない」
淡々と紡がれる言葉は冷たく,向けられる殺気は棘のように肌を刺す。
「……死にたくないんじゃなかったのか」
静かな声でが問う。
「ああ……死にたくない。
けど、悪かったのは俺だし、抵抗してもキミには敵わないさ」
「……馬鹿だ……」
苦笑すると、は何かをこらえるように言葉を零した。
搾り出すように、言葉が零れた。
「自覚はあるさ。驚くくらいにね」
そして、驚くくらいに落ち着いていた。
怖いと思ったが、それよりも、自分が死んでしまった後が心配だった。
それに気づいて、使用人根性が染み付いてるな、と内心苦笑する。
なんだかんだでルークは一番心配だし、他の仲間達のことも気にかかる。
そして、は――今、目の前で自分を殺そうとしている彼女はどうするのだろうか
いつもだったら、いつもどおりの彼女だったら、問題ないと思えただろう。
けれど今はどこか不安定で、壊れてしまいそうに危うくて、
――泣きそうだった
「――馬鹿野郎……っ!」
ひゅ、と耳元で刃が唸る。
直後、頬に生暖かい鮮血の感触
顔の真横で、ナイフがぱたりと倒れる。
一瞬何が起きたかわからなかったが、左肩に走る痛みで我に返った。
死んでいない
肩を切られたが、喉も、胸も切られていない。
「……」
逆光で陰になってよく見えないが、彼女の表情は様々な感情が混ざり合って、どこか苦しげで、
「……馬鹿だ」
ぽつり、と漏らされた呟きは、嗚咽のようにも聞こえた。
――幾ばくか、時間が過ぎた。
「……」
無言で、が体の上から退く。
自分も上半身を起こそうとすると、肩の傷口から血が溢れ出た。
「っ……」
驚きと戸惑いとで気づかなかったが、思ったより深く切れている。
気づかれないように手当てしなければならないな、と考えていると、目の前に手が差し出された。
……の、手のひらだった。
彼女が口の中で何か呟くと、手のひらが淡く光り始める。
「あ……」
そして、見る見るうちに傷口がふさがっていった。
「……シャツは、街で弁償しよう」
「いや、これくらいなら自分で直しておくさ
あー……それより、だな」
言葉を濁して、視線をずらす。
「その……服を、着てくれないか。
目のやり場に困るというか……」
そう言うと、はそこでようやく気づいて、自分の体を見下ろした。
「っ……!」
声には出さなかったが、酷く慌てた様子で服を手に取る。
「み、見るなよ」
「わかってる」
後ろを向いて、しばし待つ。
衣擦れの音が、やけに大きく聞こえる。
女性だと知ってしまったからだろうか、妙に意識してしまう。
「――もういい」
落ち着いた声に、ゆっくりと振り向く。
「その……悪かった」
いつもの格好のが立っていた。
だが、髪の間からのぞく灰銀の瞳には、いつもの力強さが無い。
「それは、俺を殺そうとしたことか?
それとも、殺せなかったことにか?」
「……両方だな」
小さくため息をついて、は不意に訊ねてきた。
「理由を訊かないのか?」
「まあ、気にはなるけどな。
でもあそこまでして隠したいことなら、無理には訊かないさ。
……誰だって、知られたくないことはあるだろ」
「……すまない」
の切れ長の瞳が悲しげに揺れる。
「キミは……これからどうするんだ?」
「……考えていない。
バレたと思ったら口を封じて……ずっと……
こんなことになるなんて、考えもしなかった」
はあ、とため息をつき、は夜空を仰ぐ。
いつに無く弱気な表情に、胸の奥が痛んだ。
「……、」
意を決して、ガイは口を開く。
「一緒に、来てくれないか」
「……何て説明するつもりだ」
「キミのことは誰にも話さないと約束する。それじゃあダメなのか」
「……人に絶対なんて無い。
だから……すべて消してきたんだ」
「俺がさせない。もうキミに人を殺させたりはしない」
「……」
「俺を信じてくれないか、」
「私が信じたとして、アンタは私の何を信じるんだ?」
「……俺はのことを信頼している。
キミも、大切な仲間なんだ」
「っ……ただの傭兵だ」
「助けてくれたじゃないか。こんなところまで」
「……」
はしばらく黙って何かを考えていたが、
「――わかった」
そう呟いて、小さく頷いた。
「ただ、完全にアンタを信用できるわけじゃない。
監視と、万が一のことがあったときのために着いていく」
「そうか……」
”信用できるわけじゃない”
その言葉に、意外にも傷ついている自分がいた。
「……殺したくない、というのは本心だ。
誰かを殺したくない、と思ったのは初めてだったから
でも、私は……」
はそっと目を伏せる。
「わかってる。……ありがとう、」
「……殺されかけたというのに、変わった男だ」
「そうかもな」
ふ、と少し表情の明るくなったの前髪を、風が静かに揺らす。
「……そろそろ戻るか。ここらは少し冷えるしな」
「先に戻っていてくれ。
……今は、独りになりたい」
漆黒の髪がさらりと揺れた。
満月が東へと傾く
無音の砂漠を、冷たい風が包んでいた。
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あとがき
前回のガイ視点+αです。
しばらくぶりに書いたから口調がわかんない……orz
まあここで殺しちゃったりヒロイン抜けたりしたら話終わっちゃいますからね。
そして何があっても心配性なガイ様。使用人の鑑だと思う。
こっちも補足しておくと。
ガイにとってもさんは気の合ういい友人・仲間なんですよね。
類は友を呼ぶって感じで、あの個性的なパーティの中で
自分に近い目線や考え方をもつさんの存在は大きかったんです。
それがこれからどうなっていくのか。
楽しみにしていただけると嬉しいです。
2010 6 9 水無月