周囲を一通り見て戻ってくると、小さな火を残してみんな眠っていた。
「さて、と……」
起こさぬように注意を払いながら、静かに水場へ向かう。
夜の水場は静かで、空も大地も、全ての景色が闇に溶けて見える。
着けているものを外し、上はアンダーも脱いで、ゆっくりと水を手で掬う。
ぱしゃ、と音を立てて肩から水が落ちる。
冷たく濡れた感触が心地良い。
足元を水に浸し、少しずつ水を浴びて、体を清めていく。
ほ、と息をついて、真上にある月を見上げた。
大地を照らす唯一の光。
思わず見入っていると、夜の砂漠特有のひやりとした空気が流れてきて、は小さく身を震わせた。
「疲れてるのか……」
いつの間にかこんなに体が冷えている。
そろそろ戻るか、と服に手を伸ばそうとした、その時、
「――誰か、いるのか?」
背後で、そんな声がした。
「!?」
咄嗟に仕込みナイフに手をかける。
一歩、二歩、近づいてくる。
寒さなどどこかに吹き飛んだ。
「誰か……?」
もう一度、同じ声。
視界にその影を捉えた瞬間、は躊躇い無く飛び込んだ。
「誰だ!」
小さくも、鋭い声で吼える。
ゆらりと雲が動いて、月の光が差し込んだ。
「――キミはっ……」
「お前っ……」
同時に呟きが零れた。
月明かりを照らし返す金の髪。驚きに揺れる蒼の瞳。
「ガイ……?!」
「、なのか……?」
互いに名前を呼ぶ。
ピタリ、と思わずナイフを空中で止めた。
見られてしまった――
よりによって、一番知られたくない相手に
「キミ、は、いったい……」
「……見ての通りだ」
少し息を吸って、真っ直ぐにガイを見据える。
「見られた以上、生かしてはおけない」
そう言った自分の声は、驚くほど冷淡だった。
「砂漠の銀狼は“俺”なんだ。
・は女だと――知ってる奴がいちゃいけないんだよ」
「っ、……」
胸を押さえつけているせいか、ガイは苦しそうに呻く。
「……悪いな、ガイ」
ナイフを握る手に力をこめる。
「殺、す……の、か……?」
「……ああ」
そう答えた瞬間、自分の中で何かが壊れたような気がした。
「迂闊だった……俺がちゃんと周囲に気を配っていれば、こんなことにはならなかった」
どこかで、気を許しすぎていた。
このちぐはぐなメンバーに好意を抱き、仲間だと思えるようになっていた。
「……気に入ってたんだけどな」
自分でも驚くくらいに、彼らの存在は新鮮で、居心地がよかった。
ここまで追ってきたのも――きっとそうなんだろう。
私もまだまだ甘いな――
そんな風に内心で呟いて、それから静かな声でガイに話しかける。
「申し訳ないと思う。私が気を許しすぎたばかりに、こんなことになって
アンタには恩もあるが……こればかりは譲れないんだ」
自分の生きてきた意味。培ってきた思い。
こんなところで、全てを台無しにするわけにはいかない――
「――狂ってると思うだろ?」
自嘲的な笑みが零れる。
「……っ」
ガイは苦しそうに眉根を寄せたまま、じっとこちらを見ている。
「……抵抗してくれれば、それでいいんだけどな。
まあいい。何かあれば、言伝くらいは聞こう」
押さえつけていた肺を解放してやると、ガイは大きく息を吸い込んで、二、三度咳き込んだ。
「……キミは、どう、するんだ」
苦しそうに言葉を切りながら、ガイはそう訊ねる。
「さあな……それを聞いてどうする」
「もし……もしも、このまま一緒にアクゼリュスに向かうなら、」
そこでガイは一度言葉を切ると、
「アイツを……ルークを、頼む」
そう言って、穏やかに微笑んだ。
「我が儘で世間知らずなヤツだけど、でもアイツなりに頑張ろうとしてるんだ。
だから、支えてやってくれないか」
「っ……?」
予想もしなかった言葉に、は言葉を呑む。
「……キミで、よかったと思う。
キミになら、安心してルークを「――何で、」
ぎり、とは奥歯をかみ締める。
「何でそんなことが言える?
何で、自分を殺そうとしてるやつを信用できるんだ?!」
「……」
ふ、とガイの表情が穏やかなものになる。
「……わかるから、だろうな」
「?」
「前にキミが俺と似ている、と言ったとき、俺も同じことを思った。
理由はわからない。感覚的に、そう思ったんだ」
いつか交わした、他愛の無い会話。
言葉に嘘は無い
出会って、言葉を交わして、直感的に通ずるものを感じた。
だから、わかる。
似ているから――きっと、考えることも。
「……死にたくないんじゃなかったのか」
“――だから、殺したくない”
「ああ……死にたくない。
けど、悪かったのは俺だし、抵抗してもキミには敵わないさ」
元はといえば、警戒を怠った自分のせいだ――
やり場の無い苛立ちが胸の中を渦巻く。
「……馬鹿だ……」
搾り出すように、言葉が零れた。
「自覚はあるさ。驚くくらいにね」
ガイの金色の髪が、月の光を受けて柔らかな色を映し出す。
「ゴメン、な」
「馬鹿野郎……っ!」
空中で静止していたナイフが、真っ直ぐに振り下ろされた。
ぱっ、と赤い飛沫が砂の上に散る。
「――……っ」
はぁ、と息を吐き出す。
地面に刺さったナイフは、手を離すとパタリと音を立てて倒れた。
刃の先端は血に濡れており,まとわりつく砂がそれを吸って赤く染まる。
「――……」
そして、戸惑いを隠せない、ガイの呟きがの耳に届いた。
痛みに顔をしかめ、それでも真っ直ぐにを見つめている。
振り下ろされたナイフは、ガイに届く直前で軌道を変えた。
無意識のせいか、急に軌道を変えられた刃は完全に彼を避けることはできず、左の肩を薄く切り裂いていた。
「……馬鹿だ」
誰が、とは言わずは呟く。
安堵と後悔とが混じった、複雑な感情を胸のうちに感じて、馬鹿だ、ともう一度苦しげに零した。
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あとがき
とうとうバレましたね。ここまで長かった。
表現力のなさーをかばー。(謎
なんだかんだでさんお人好しなんです。
メンバーへの気配りも忘れない面倒見のいい人なので、ガイ様と
馬が合うのは当然というか……
んでまぁ、気に入ってるんですよね。ガイ様だけじゃなくてティアや
ジェイドたちのことも。
だからメッチャ複雑で悩んでるんです。
そんな感じです。自分の表現力の無さを恨みたいorz
2010 6 9 水無月