「ん……」
穏やかな日射しに、ゆっくりと意識が浮上する
「朝か――っと……よく寝た」
軽く身体を伸ばし、ベッドから降りる
さすがに王城のベッドだけあって、広さも寝心地もそこいらの宿とは比べ物にならない
「さて……」
はカーテンを開けて、昨夜見た階下の街を眺めた
様々な人が行き交い、喧噪に包まれる朝の街には戦争の恐怖など見て取れない
「…………」
がしばらく朝の街を無言で眺めていると、部屋のドアが控えめにノックされた
「失礼します」
一礼して入ってきたのは城のメイドだった
「国王陛下より、後ほど謁見の間に来て頂きたいとの事です」
「?……わかりました」
メイドは再び一礼して去っていった
「何の用だか……」
足音が聞こえなくなると、は一人呟いて身支度を始めた
「元よりここに長居をする気はなかったんだが……仕方ない」
話を聞くだけ聞いて、さっさと出ていこう
はそう決め、荷物の片付けに取りかかった
「――依頼、ですか?」
「うむ。実はな……」
謁見の間に呼び出されたは、突然の申し出に思わず問い返してしまった
国王は側近の者に事の説明をさせる。
マルクトからの親書には、和平条約締結の提案と共にアクゼリュスへの救援要請があった。
キムラスカはこれを呑むことにし、親善大使としてルークを任命。
曰く、これがユリアの預言に記された『未曾有の繁栄』への第一歩らしい。
「なるほど……お話はわかりました
それで、俺への依頼とは?」
は眉一つ動かさず、淡々とした口調で訊ねる
「そなたには、ルークの護衛と救援活動の手助けをして欲しいのだ」
「支援護衛、ですか……
障気が充満している街なら、避難活動も必要でしょうね」
「その通りだ。今回の件には危険も伴う。
もちろん相応の報酬は支払おう。必要な物があればそろえさせる。
どうだ、引き受けてはくれぬか」
国王は立ち上がり、真っ直ぐにを見据える
は考えを巡らせるようにゆっくりと目を閉じた
障気に包まれた鉱山都市アクゼリュス
キムラスカ王家と姻戚関係にあり、『聖なる焔の光』の名を持つルーク
どちらも預言に当てはまっている
しかもユリアが世界の繁栄を詠んだとされる預言の一部だ
「そうか……」
ゆっくりと灰銀の瞳が開かれる
は、真っ直ぐに国王を見据えて口を開き、
「このお話――お断りさせていただきます」
迷いのない口調ではっきりと告げた
「はぁ?!何言ってんだよお前」
ルークが食って掛かる。
周囲の人間達からも同様の視線が注がれるが、は微動だにしない
「何故なのか……理由を聞いてもよいか」
「理由、ですか……色々ありますがね。」
はふ、と自嘲気味に微笑を浮かべると、どこか怒りの混じった、だが呆れたような口調で話し始めた
「まず一つは、ギルドを通さずに直接呼び出したこと。
俺のような旅の傭兵は、ギルドに所属していても、旅先で急に依頼を受けることがあります。
が、雇うときにはギルドを通すのが原則。これは国王だろうが例外はない。
否、そもそもギルドには身分なんてあってないようなもの。どの客も対等に扱うのが流儀だ
それに、傭兵の手を借りたいのならギルドに依頼すればいい。
俺よりも支援護衛や救助活動に長けた奴はごまんといるんだ
ギルドに申し出ずに直接傭兵を雇いたいというのは……
国王陛下に対して失礼かもしれませんが、俺たちからすれば非常識です」
淡々と畳みかけるには逆らいがたい覇気があり、誰も何も言い返さない
「……とまあ、これが理由の一つですよ。納得いただけませんか?」
「そなたの言い分は理解した。
……だが、非礼を承知で頼まれてはくれぬか」
そんなに甥が可愛いのか。
は長く息を吐き、剣士としての視線で国王を睨む
「はっきり言わせてもらいましょう。
俺は俺の目的のためにここまで来た。
預言による繁栄にも、国同士の和平とやらにも興味はない。
報酬だけで筋も通さない人間の頼みを聞いてやるほど、俺たちは甘くないんだ」
最終宣告のように告げ、は身を翻す
「失礼する」
コツコツとブーツの音が静かに響く
その背を追う者も、追えと命令する声もなかった
「ん?」
「あ」
城門をくぐったところで、は思わず立ち止まる
「ティア達じゃないか。どうしたんだ?こんなところで」
門のすぐ前に、ルーク、ティア、ジェイド、ガイが立っていた
「お、お前にはカンケーないだろ。
さっさと好きなとこに行っちまえっての」
「なるほど。親善大使様は偉大なる伯父上を貶されてご立腹というわけか」
「てめぇっ!」
挑発じみたの台詞にルークがつかみかかろうとし、それを横からガイが押さえた
「まあまあ、そう拗ねるなってルーク」
「そういえば、どうしてガイがルーク達と一緒に?」
「ルークの世話役で同行することになったんだ。
そうそう、ティア達から話は聞いたぜ」
「悪いな、ガイ。
ティアとジェイドも。力になれなくて」
「誰も咎めたりしませんよ。
あなたには断る権利がありますから」
「そうね。にはの事情があってこの国に来たんだもの。
自分のやりたい事を優先するべきだわ」
「ありがとう、二人とも。
しかしちょうど良かった。みんなが発つ前に挨拶だけでもしておきたくてな」
はティアとジェイドに握手を求め、最後にガイに手を差し出した
「またな、」
至極簡素な別れの言葉。
は一瞬戸惑い、言葉を返す
「……また、な。ガイ」
慣れない言葉が少しくすぐったくて、心地よかった
「さて、と……」
城を後にしたは、バチカルの上層部に位置する貴族街にやってきた。
十年以上来ていないはずなのに、足は自然と道をたどっていく。
独特の風の流れと、階下から聞こえる人々の声
記憶の中に置き去りにした過去が時折脳裏を掠めていく。
やがて、ある場所の前で足が止まった。
「……ない、か」
ぽつんと佇むの目の前には、貴族街に似つかわしくない無骨な建物が建っている。
扉の横にかかっているプレートには『貴族街兵士詰所』と刻まれていた。
「――どうかなさいましたか?」
ぼんやりと立っていると、背後から誰かに声をかけられた。
「あなたは……」
後ろに立っていたのは見覚えのある若い女性だった。
「ジョゼット・セシル少将です。ルーク様とご一緒におられた方ですね?」
「・です。たしか、港でお会いしましたね」
港へ着いた時、ルークたちの出迎えに来ていたのを覚えている。
「どうしてこちらに?なにか困ったことでもおありでしょうか?」
「いえ……そういうわけじゃないんです」
は小さく首を振り、視線を建物に戻す。
「ここは、軍用に使われているんですか?」
「兵士たちの詰所兼隊の会議などに使われております」
「そうですか……」
「ここが、なにか?」
はしばし建物を見つめ、それからゆっくりと口を開いた。
「セシル少将、一つお訊ねしても良いですか?」
「なんでしょう?」
「知人の家を探しているのです。
昔、ここに住んでいると聞いて……」
「なんというお方ですか?」
「――、という貴族の家を探しています。
このあたりだと聞いていたのですが」
セシルは記憶を探るように目を伏せ、それからゆっくりと首を横に振った。
「申し訳ありません。貴族でそのような家名は聞いたことが……」
「そうですか。
それと、この建物はずっと軍用に使われていたのですか?」
「いえ……10年ほど前からと聞いています。
詳しいことはあまり知りませんが……以前は兵士団を預かる伯爵家の屋敷があったそうです」
「……ありがとうございます。
すみません。余計なお時間を割かせてしまって」
「いえ。お構いなく」
互いに一礼して、その場を後にする。
セシルの背中が見えなくなってから、はもう一度その建物を振り返った。
「すべては過去の記憶、か……」
「――ん?」
貴族街から出ようとしていたは、ふと視界の端を横切った影に目を留めた。
「あれは……」
人混み中、先ほどの影を目で追う。
人々の流れに逆らう様子はいたくわかりやすく、一瞬人がはけた瞬間はその姿をはっきりと目にした。
「……ナタリア姫、か?」
くせっけのあるブロンドの髪に、上流階級特有の雰囲気
加えて、ファブレ公爵邸での出来事は忘れようもない。
それとなく下の街に降りるふりをしながらこっそりと後をつける。
しばらく後をつけていると、ナタリアはある天空客車の前で止まった。
「どうしてこんなところに……?」
そういえば聞いた話では、ナタリアは今回の件へ同行することを許されていないらしい
「まさか……ルーク達を追ってきたのか……?」
あり得ない話ではないが……
「だが、あそこは……」
明らかに人気のない天空客車。
何年も使われていないであろう事は容易に見て取れる。
僅かな記憶をひっくり返して思い出す前に、心に潜む何かが警告してきた
――あの先は危険だ、と
何故危険なんだ?
――確か、昔母さんの大切な髪留めを落として……
「……取りに行って、大怪我をした……」
魔物の住み着いた、廃工場――
「!」
はっと我に返ると、ナタリアの姿は視線の先にはなかった
代わりに、無人の天空客車が、先ほどまで動いていたことを示すように静かに揺れている
「……っ!」
慌てて後を追おうとして、ぐっと踏みとどまる
自分には関係ないハズだ
ここで追ってどうする?
向こうにはジェイド達がついてる。そうそう無茶はさせないだろう
何のためにルークを護ってバチカルまで来たんだ?
渦巻く思いが足を止める
――国同士の和平にも、預言による繁栄にも興味はない
確かに自分はそう言った。何も間違っていない
だが、それでも私は――
「くそっ……!」
は人混みをかき分け、静かに揺れる天空客車に飛び乗った
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あとがき
なっちゃん加入……ならずorz
一応してる。と言えばしてる。
というかヒロインお人好しだなー
最初のクールビューティ(笑)が影も形も無いという。
次で合流します。
2008 1 18 水無月
2010 3 3 修正