ケセドニアから船に乗ること一日半。
ディストの来襲以降目立った騒ぎもなく、船は無事バチカルに着いた



「ここがバチカルか……」
「ひっろ〜い!それにすごく高いんだねえ」
「ここは空の譜石が落下して出来た窪みに造られた街なんだ。
だから縦長の階層状になってるんだ」
「自然の城壁なのね。合理的だわ」
皆が感心して市内を見回す中、は過去に思いを馳せていた



もう戻らない日々
何年も前の過ぎ去った時間


。私たちはこの国の影となるべき存在だ』
『はい。父さん』
『影となり、この国の足下を支える……
そのためには、どんなことがあっても揺らいではならない。
よいな?』
『わかっております。
私も、いつか父さんのように――』




「――?」
「!」
声をかけられ、ははっと我に返る
「どうかしたのか?」
「それはこっちの台詞だ。どうしたんだ?ぼーっとして」
「いや、何でもない。城に行くんだったな」
先に行ったルークを追いながら、は蘇る過去を振り払った

この街が、自分の故郷ではないどこか別世界のように感じた――







「お待ち下さい!陛下はただいま別の方と謁見中でして――」
「うるせー!邪魔すんならお前をクビにさせるぞ!」
城に着き、いざ国王に謁見することになったのだが、取り込み中とのことで中には入れないと言う
だが、自分の国だけあって融通も利く。
ルークはカイツールの時と同じ言い分で無理矢理通してしまった



「伯父上!」
謁見の間に入り、ルークは玉座に座る男性――国王の元へ駆け寄る
「そなた……ルーク!無事であったか」
「伯父上、そいつの言ってることはデタラメだ!」
そして国王の傍らにいる男を指すと、迷いのない言葉で言いきった
「な、なにを……」
「どういうことだね?」
国王に訊ねられ、ルークは一度呼吸を整えると、
「俺は、この目でマルクトの街を見てきた――」
はっきりとした口調で、自分の見たままの世界を話して聞かせた
平和な町並みと、優しい人々。穏やかな世界の話を
「マルクトに戦争を起こす気はない。
それはこいつらが証明してくれる」
一通り話し終えると、ルークは一歩下がってイオンとジェイドを前に出した
「こ、これは……導師イオン。お探ししておりましたぞ……」
「モース、あなたのことについて今は問いません」
モースと呼ばれた男はイオンの毅然とした態度に口をつぐみ、忌々し気にルークらを睨んだ
だがそのような視線に怯むことなく、イオンは国王に正面から向き直る
「ご無沙汰しております、陛下」
「おお……よくいらしてくださった
ルークが世話になったようですな」
「僕の方が助けられてばかりです。ルークには感謝していますよ。」
イオンは優しく微笑んで、後ろのジェイドとアニスを振り返る
「こちらは、マルクト帝国ピオニー陛下の名代、ジェイド・カーティス大佐です」
イオンの紹介にあわせて、ジェイドは膝を折る
「我が君主より、偉大なるインゴベルト陛下に親書を預かって参りました」
「こちらです」
アニスの差し出した親書を側近の将軍が受け取る
「――確かに、受け取りましたぞ」
王の言葉に、皆ほっと胸をなで下ろした
当初の目的は、無事果たせたのだ



「くっ……不愉快だ!私は出直させていただく」
モースはそういい残し身を翻すと、ルークの傍らに立つを目にとめ、
「貴様……傭兵風情がこんなところにまで首を突っ込んでいるとはな」
煩わしげな態度で吐き捨てるように言った
「今は彼らの依頼を受けている。アンタには関係のないことだ」
だがは意に介することなく、平然と言い返す
「黙れ、貴様こそ戦争を望んでいるはずだ。
戦うことしか脳のない血に飢えた狼めが!」
「……」
モースの暴言に皆の視線が集中するが、は軽く聞き流してると言った体で、
「……それで、他に何か言い残したことでもあるのか?」
いつものすました表情でそう言った
「くっ……」
モースは言い返す言葉を失ったのか、の傍らに立つティアを睨め付け、
「ティア、後で任務の報告に来なさい!」
そういい残すと足早に謁見の間を後にした




「…………」
シン、と空気が静まりかえる
「……そういえば、見ない顔が増えておるな」
先ほどの会話でに気づいたのか、国王がに視線を向ける
「どうやら、マルクトの者ではないようだな……名を申してみよ」
「傭兵組織ソルジャーズギルド所属、と申します」
は前に出ると、胸に手を当て静かに頭を下げる
すると、側近の一人が思い出したように口を開いた
と言えば、“砂漠の銀狼”と名高い凄腕の剣士ではないか」
「ふむ……そなたのような者が何故ルークと共に?」
正面からを見据える国王の表情は険しい
「仕事で先日エンゲーブに立ち寄る際、彼らと出会い、護衛として雇われました」
「そうか……ルークが世話になったな」
「礼には及びません。仕事ですので」
が淡々とした口調で言葉を返していると、イオンが隣から言葉を繋いだ
は、とても優しい方なんですよ。
彼のおかげで僕らは無事にここまでこれました。」
「イオン……」
「僕も、ルークも、には助けられています」
そうですよね、とイオンはルークに振る
「言い方がむかつくけど……モースの言うようなヤツじゃないのは確かだぜ」
二人の言葉で、国王は表情を和らげた
そして、思い出したようにルークに向き直る
「そうだ、ルーク、これから急いで屋敷に戻りなさい」
「どういうことだよ伯父上?」
「実はシュザンヌが倒れたのだ。」
「母上が?!」
「今は私の名代としてナタリアをやっている。そなたも早く戻って顔を見せてあげなさい」
「わ、わかった!」
国王の言葉を聞くやいなや、ルークは急いで身を翻す
仲間達も慌ててそれを追っていった






ばたばたと忙しない足取りでルークは公爵邸――自分の屋敷に駆け込む
「ルーク坊ちゃま!」
その姿を目にとめ、執事を始めメイド達が玄関に集まってきた
「おかえりなさいませ坊ちゃま!ご無事で何よりです……!!」
「お、おう」
すごい剣幕に圧倒されつつも、ルークは片手をあげてそれに答える
「それより、母上が倒れたって――「ルーク!!」
執事に尋ねようとしたルークの言葉を、別の声が遮った
「げ、」
その声を聞き、ルークの表情が一変する
「ルーク、心配しておりましたのよ!」
そういってメイド達の奥から一人の少女が歩いてきた
ブロンドの髪に気の強そうな整った顔立ち。華やかなドレスを華麗に着こなしており、育ちの良さが伺える
「超美人!誰あれ?!」
アニスが興奮した様子で訊ねると、ガイが答えた
「ナタリア姫だよ。この国の王女様でルークの婚約者さ」
「こ、婚約者ーっ?!」
「おやおや、またライバルが増えてしまいましたねーアニス。」
おもしろがっているジェイドや驚くみなをよそに、ルークは渋い表情で話しかける
「ナ、ナタリア」
「お変わりありませんのね。ご無事で何よりですわ」
「あー、お前、まだいたのかよ」
ルークは視線を逸らしながら言葉をかける
どうやら彼女が些か苦手なようだ
すると、ナタリアと呼ばれた少女は華のような笑顔を一瞬にして鬼の形相に変え
「ルーク!何ですのその態度は!
私や皆がどれだけ心配していたか……!」
先ほどとはうってかわって激しい口調で捲し立てた
「あーもーうるせーなー」
「それに何ですの?!女性ばかり連れて……
まさか!使用人に手を着けたのではありませんよね?!」
「んなことしねーよ!
こいつは師匠の妹だ。」
「ティア・グランツです。お初にお目にかかります」
「ヴァン謡将の妹……すると、あなたが今回の騒動の張本人」
ナタリアは一瞬何か考えるようにティアをじっと見て、
「そうだわ、こんなことをしている場合では……」
弾かれたようにルークの腕を引いて歩き出した
「お、おいナタリア?!」
「ルーク、早くシュザンヌ様の所へ!」
「! そうだ、母上!」
ルークは国王の言葉を思い出し、ナタリアの手をふりほどいて奥の部屋へと駆けていく
「……」
その背中を、ティアが困ったような表情で見つめていた
「気になるんなら、ティアも奥様に会っていけよ。
奥様が倒れたのは多分ルークがいなくなったせいだろうからさ」
「……ええ」
ガイの言葉に背中を押され、ティアもルークの後を追っていった


「あの様子なら、大丈夫そうだな」
「ああ、そうだな」
皆が二人の背中を見送っていると、先ほど出迎えた執事が部屋に入ってきた
「使者の皆様、お部屋の用意が整ったとのご連絡です」
「では、僕たちはここで失礼することにしましょう」
「俺も今回のことを騎士団に報告に行くか」

「……じゃあ、俺もここで失礼するよ」
くるりと踵を返し、は一人屋敷を去ろうとする
?」
「俺みたいな傭兵風情には王室級のもてなしなんて不釣り合いだからな。遠慮させてもらうぜ」
……」
は自嘲気味にふ、と微笑み扉に手をかけようとしたが
「いえ、坊ちゃまの恩人には変わりません。ご遠慮なさらずに」
「いや……」
「坊ちゃまの命に比べれば身分など」
「だが……」
「恩義のある方を持成せないとあれば、ファブレ家執事筆頭の名が廃ります」
「しかし俺は……」
「どうかもてなしを受けていって下さいませ」
「……わかった」
強く勧める執事の剣幕にとうとう折れ、再び身を翻した
「お、さすがのもこの押しには負けるか
「……まあな」
は少し疲れたような笑みを浮かべる

バチカルについて以来、初めての笑顔だった




   は「血に飢えた狼」の称号を手に入れた!※



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 あとがき
バチカルに着きましたー。そしてなっちゃん登場!
イオン様が何か強いのは趣味です。
あと、ヒロインの本名ちらっと出ましたね。
そして問題発生。
実はヒロインのデフォルトネームが用語やなんやにかぶって、ツールで変換すると一緒に変換されてしまうんですよ。
一応html形式で最終チェックする際になおしてはおりますが、もし誤変換があれば知らせてくださると幸いですm(_ _)m
 2008 12 15  水無月