「もう追手はなさそうだぜ」
「こっちもだ」
見回りに行っていたガイとがそう告げると、皆ほっと安堵の息をついた
「恐らく次の場所に狙いを移したんだろう」
言いながらは適当な場所に腰を下ろす
「問題はその場所ですね」
ジェイドは神妙な面持ちで額に手をやる
「向こうはこちらの行く先を読んでいるでしょう」
次の進路は……とは地図を広げる
「セントビナーでアニスと合流、さらに南下してカイツールを目指す、だったな?」
指でなぞりながら問いかけると、ジェイドは頷いて話を続けた
「ええ。タルタロスの進行方向から目的地の推測くらいはしてくるはずです」
「ふむ……厄介な展開だな」
冷静な表情でが呟く
「ガイの来た陸路は橋が落ちたからもう使えないし、ルークをつれてマルクトに戻るわけにも行かない。
カイツール方面に向かうしか道はないわけだ」
「そうでしょうね」
「だが、ここからカイツールまでは結構な距離があるぞ。フーブラス川を渡らなきゃいけないしな。
川が増水してなきゃ良いが……」
「この時期なら辛うじて渡れるはずだ。
ただ、それなりに時間は食ってしまう。」
「その間に追手がこないとも考えられないわ……」
「向こうには六神将がいた。タルタロスでの足止めなんてさして役に立たない。
さっきみたいに不意打ちで喰らう可能性も大いに考えられる
……まぁ、タルタロスで大分始末したはずだが」
最後にぽつりと漏らしたの呟きは、誰にも聞かれることはなかった
「まぁ……ここまできたらどっちに転んでも変わりないか。
進路は大佐とイオンに任せる」
が視線をよこすと、イオンはすぐに言葉を返した
「アニスのことが気になります。まずはセントビナーへ行ってくれませんか?」
「そうですね。神託の盾の動きは気になりますが……
どちらにせよ、親書はアニスが持っているんです。合流できるならそれに越したことはない」
「休みも必要だし、ゆっくり話し合うなら安全な街中だな」
「そうか……」
進路は決まったが、イオンの表情に影が落ちる
「……すみません。僕にもっと力があれば……
今の僕には彼らを止める力がありません……
頼りきりになりますが、どうかよろしくおねがいします」
「――そんな顔をするな、イオン」
ぽす、とはイオンの頭に手を乗せる
「イオンが誰よりも平和を願っていることは皆わかっている。
だから無理せずにもっと俺たちを頼ってくれていいんだ」
「はい。……ありがとうございます。








ゆらりと炎の向こうで景色が揺らめく
夜の闇の中で燃え上がる炎を見つめて、は小さく溜息をついた
「どうしたんだ?溜息なんかついて」
ガイに訊ねられ、は横に振る
「人生何が起きるかわからないとはよく言ったものだと思ってな」
の台詞に、ガイはふと疑問に思う
は、預言を詠んでもらっていないのか?」
その問いに、の表情が少しだけ暗くなる
「……預言には、頼らないようにしている」
「へぇ珍しいな。
今の御時世、預言は生活の基盤とも言われているのに」
「まぁ、俺はこの通り根無し草だからな」
「けど、旅をするなら尚更詠んでもらった方が安全だとは考えないのか?」
「ガイは、預言を信じているのか」
「まぁ、ある程度はな。
盲信しているわけではないが、その日を過ごす参考程度に。って感じだ」
ほら、天気とかわかると便利だろ?とガイは付け足す。
「そうか……」
は信じていないのか?」
「そういうわけじゃないさ。ただ、俺は預言を必要としていない。それだけだ。」
淡々と話すの表情からは、感情が読みとれない
と、不意に顔を上げたと目があった
「……俺の顔に何か着いているか?」
「あぁ、いや、何でもない。
それにしても、って大分若いよな?いくつなんだ?」
誤魔化すように訊ねると、は一瞬よそに視線をやり、
「……22。ルナデーカンの生まれだ」
淡々とした口調で答えた。
「そうなのか?俺と半年しか違わないんだな」
「老け込んでるとでも言いたいのか?」
「いや……
もちろん驚いたが、それ以上に感心してる」
言葉通りの眼差しでガイは話す
「砂漠の銀狼の噂は俺も少し耳にしていてな。」
「……そうなのか?」
「ま、ちらっとだけどな。何か変か?ジェイドも知ってたんだろ?」
「いや……ガイはキムラスカ人だろ?
俺はここ十年近くバチカルには行ってないんだ
よく知ってると思ってな」
「あくまでも噂だけさ。
噂に大陸も国境もないだろ?」
「……そうだな。すまない、変なことを訊いて」
「いや、俺も本人の前で噂話なんてして悪かった」
「それは……慣れてるから気にしてない」
「そうか。……でも、驚いたよ」
「何でだ?」
「あの戦いっぷりで本物だと納得したけど、想像していたより若いからさ」
まさか同い年か、とガイは苦笑する
「想像より若いとはよく言われる。
それに……「――ガイ?」


背後から聞こえてきた声に、二人は同時に振り向く
「ルーク?どうした」
「……ちょっと寝付けなくてさ」
疲れたような表情に、二人は軽く目配せして、ルークに腰掛けるよう勧めた。
「無理もない。今日一日でいろんな事がありすぎたんだ。俺だって混乱してる」
「俺、本当に何も知らなかったんだな……
街の……屋敷の外がこんなにヤバいなんて……」
ぽつりと漏らすルークの声は、かすかに震えていた
「……ルークは、ずっとバチカルの屋敷に?」
「ああ。七年前に誘拐されて以来、な……」
「それで、屋敷の外には一度も……
いや、バチカルの街にも……?」
どこか寂しげな表情でガイは頷く

公爵子息として身を案じられ、屋敷に軟禁された状態での生活
欲しいものは言えば何でも手に入った、剣の稽古も庭で出来た
何一つ不自由のない、けれど決して幸福とはいえない暮らし
「魔物とか……人と、戦うなんて考えたこともなかった……」
ぱちりと碧の瞳に映る炎が爆ぜる
「なぁ、ガイやは……人と戦うことが怖くないのか」
「…………」



ルークの問いに、は軽く目を伏せる


 自分では答えを導くことは出来ないのだから
 ルークの求める答えは、自分ではどうあがいても出せない


わかっている。自分の本質くらいわきまえているつもりだった




「――俺は、怖いと感じる」
先に答えたのはガイだった
「今でも、人を殺すことには抵抗がある。そのことを怖いと感じるときがある」
「じゃあ、どうして戦えるんだ?」
「怖いからさ」
ガイは躊躇いなく言い切った
「死を怖いと感じるのは死にたくないって何よりの証拠だ。
俺はまだ死にたくねえからな……俺には、やるべきことがある」
言葉に宿る強い意志
真っ直ぐな青い瞳を眩しいと感じた
そして、強い意志の宿る瞳に昔の面影を重ねて――



「――は、どうなんだ?」
話を振られて、ははっと我に返る
「どうかしたか、?」
「いや、何でもない。
そうだな、俺は……」
考え込むようには夜空を仰ぐ
「俺は……何せ、今のギルドに入ったのが十年近く前だ。
それに、その前から俺は人を殺している。
怖いなんて感情は、もう忘れてしまっているのかもしれない」
ぽつり、とは語る
「十年……それって、まだ全然子供じゃないか」
「そうだな」
驚くガイには淡々と言葉を返す
「そもそも両親は十にもならないうちに死んでいるし、俺が教わったのは人を殺す術だけだった……
その時の俺に選べる余地なんてなかったんだ」
「……人を殺めることでしか、生きられなかった。ってか?」
ガイの問いかけに、ああ、と頷く
「だから人を殺せる、というわけでもないが……
そうだな、あえて言うなら護るため、か」
「護る?」
「ああ。お前みたいに雇われて護る人間や、自分にとって大切な人や物
そして――自分という一人の人間を護るためだ」
ゆらりと、風で炎が揺らめく
「夢とか理想とか、そんな大層な物はない
ただ、今ここにいるということ、自分が覚えていること、生きてきたことを……
人を殺めてきたことも、重ねた罪も全てひっくるめた自分という存在を、他の人間に奪われたくない。
――だから、俺は戦うんだ」
の瞳に映った炎が、ぱちりともう一度爆ぜた
……」
ガイとルークは、訥々と語るに複雑な思いを抱く
「――っと、話が長くなってしまったな。すまない」
かと思うと、はいつものすました表情に戻り、
「明日も歩く。今日はもう寝ろ」
そういって二人を促した
「あ、ああ……」
「君はどうするんだ?」
「俺は寝ずの番をしてるさ」
「君も疲れてるだろう?」
「慣れてるからな。
それより、ガイの方こそバチカルから来て疲れてるだろう?
俺に任せてゆっくり休んでくれ」
「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うか。
代わって欲しかったらいつでも言ってくれ」
「ああ。――おやすみ、ガイ。ルーク。」
「……おう」
「おやすみ、
二人が眠りにつくのを確認し、はふ、と軽く息をつく






「人と戦うのが怖い、か……」
視線の先の焔の少年は、話で緊張が解けたのかぐっすりと眠っている
「私は哀れな人間だ……ガイの言うとおり、人を殺めることでしか生きていけない
……わかっているさ。殺すことに意味なんてないということも」
ただ、との瞳に哀しい色が宿る
「お前とは……こんな形で出会いたくなかったよ。ルーク」
少年に代わり答えるように、炎が切なげに揺らめいた



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 あとがき
祝・アビスアニメ放送開始!!
野営でのワンシーンは好きです。
でもあえて「……復讐」のせりふは除きました
そこで絡ませるのはまだまだ先、ということで。
ヒロインの信念みたいなのがここでは表れています
ガイ様のはあくまで自分の解釈ですが;;
ちなみに、サブタイはそのばの思いつきですwww
 2008 10 5  水無月