「さて、と……」
部屋に戻ったは、ぐっと全身を伸ばして、ベッドに寝転んだ。
ただでさえ面倒な仕事を控えているのに、予期せぬ再会のせいで懸案事項が増えてしまった。
「はー……とりあえず今日は休むかな……」
呟いて、シャワーを浴びてないことに気づき、衣服を脱いで浴室に向かう。





「ブラスカとジェクト……それにアーロンも、か……」
思いがけず、十年前の光景が蘇る。
二人は子供だが、確実に父親の血を受け継いでいるのがよくわかった。
叶わなかった願いが、苦い記憶が、頭の中を駆け巡る。
「因縁……いや、運命の巡り合わせ、というヤツかしらね……」
複雑な思いもあるが、不思議とこれに関してはあっさりと結論が出た。
「問題は……あっちの方か……」
近く控えている面倒な”仕事”のことを考えて、は深くため息をついた。
仕事の内容に文句は言わないが、出来れば関わりたくなかったというのが本音だ。
傭兵をしている時点で言えたことではないが、静かな余生を過ごすのはどうやら無理らしい。
「はあ……」
もう一度ため息をついて、は浴槽に深く体を沈めた。










アーロンが部屋に戻ってきたのはが浴室に向かった少し後のことだった。
聞きたいことはいくつかあったが、シャワーの音が聞こえたので無言でベッドに腰を下ろす。


十年会っていなかったのに、一目で彼女だとわかった。
だが纏う雰囲気や藍色の眼差しは記憶の中の彼女と違う、別人のようだった。
「十年、か……」
人を変えるには、十分すぎる時間だ。
あのような出来事をその身で体験してしまったのだから、尚のことだろう。
それにしても何故傭兵などやっているのか――



考えを巡らせていると、ガチャ、と扉の開く音がした。
反射的にそちらへ目をやる。




「え?」
「……」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。




「あ……あ……アーロンっ……?!」
浴室から出てきたのは間違いなくだったのだが、
その身に纏っているのはバスタオル一枚という状態だった。
「…………」
小さなため息と共に眉間の皺が深くなる。
はあ……、と気まずそうに一歩後ずさった。
「ついいつもの癖で……着替え、そっちに置いたままで、」
「いつもこんなことをしているのか。」
惜しげもなく晒されたしなやかな手足は、大抵の人間にとって目の毒だ。
「普段は一人だから……別にいいじゃない。」
ぎゅ、とタオルを胸で強く押さえて、は口を尖らせる。
「いるならそう言ってちょうだい。もう……」
「……気づいてなかったのか?」
そう訊ねると、は微妙に間を置いて、
「少し、考え事をしていたのよ……っくしゅん!」
答えながら小さくくしゃみをした。
細い身体が震えて、髪から雫が落ちる。
アーロンは呆れたようにもう一度ため息をついた。
「さっさと着替えろ。」
「わかってるわよ。」
言われると同時に背を向けると、はすぐに衣服を身に着けた。





「さて……何から話す?」
タオルを上から羽織って、はベッドに腰を下ろす。
「十年……あれから、何をしていた。」
「まあ、色々とね。」
曖昧に答えると、不満そうな視線で睨まれた。
「色々、としか言いようがないのよ。……本当に、色々あったから。」
はふう、とため息を吐く。
「最初はグアドサラムに戻ったの。ジスカル様が老師に就任されるってこともあったから。
けれどまあ……あんなもの見せられた所為かしらね。上手くいかなくって飛び出した、ってわけ。」
そう言っては自嘲気味に笑う。
「それからは……あちこちを転々としてた。
傭兵になったのは、旅しながらお金稼ぐには都合がよかったから。」
こんなところでいい?と視線を向ける。
アーロンはああ、とだけ答えて、それ以上何も言わなかった。
そしてその夜はそれ以上言葉を交わすことも無かった。


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  あとがき
 夜の二人。短くなってしまいました;;
 あれですね、二人きりでヒロインが湯上りバスタオルで出てきたら普通は襲いますよね。
 据え膳食わぬは何とやら。
 さすがはアーロンさんです。

 2013 1 8   水無月