カリカリカリ……とペンの音だけが狭い部屋で鳴り続ける。
無機質な白いテーブルに教科書とノートを広げ、二人の学生は無言で手を動かしていた。
「……」
ふと、日向順平は一瞬手を止め、向かい側の彼女に目をやる。
彼女ことは黙々と一定のペースを保って問題を解き続けている。
すげえなあ、と日向は内心で呟く。
来週末に控えたテストの勉強を始めて一時間半はとうに越えているが、彼女のペースが落ちる気配はない。
「……どうかした?」
思わずじっと見つめてしまっていたのか、不意にが顔を上げた。
「わからないところでもあったの?」
「いや、ちょっと考え事……。コーヒー、お代わりいるか?」
「うん。」
空のコップを二つ持って、日向はキッチンに向かう。
ホットコーヒーを淹れ直しつつ、小さなため息が零れた。
高校生カップルが同じ部屋でテスト勉強。
そんなベタな状況とは裏腹に、彼女の性格故か、会話はおろか私語すらもほとんど無い。
「ま、予想はできてたけどな……。少しは休憩でも入れるか。」
よし、と湯気の立つコップを手に、日向は部屋へと戻った。
「ほら、お代わり。」
「ありがとう。」
コップを受け取ると、はすぐに口を付けてほう、と息を吐いた。
「美味しい……」
「そうか?」
「うん。」
頷いたと目を合わせて、日向は「ん?」と数回瞬きを繰り返す。
「……?」
小さく首を傾げる彼女の髪に、きらりと光る銀の飾りが着いている。
「どうしたの?」
「前髪、留めてるんだな。
珍しい……っつーか、初めて見た。」
普段は眉のあたりまで前髪を下ろしてきちんと整えているので、額が見えるような今の髪型は新鮮だった。
は「そうだっけ?」などとクールな表情のまま答える。
「勉強するときは邪魔になるから。」
「ああ、そうか。……でも学校じゃ着けてないよな?」
「ほとんど復習みたいなものだし、参考書めくるわけでもないから、別に。」
「お、おう……さすがだな。」
全国模試トップの彼女ならではの発言だ。いつの間にか手元の教科書は分厚い参考書に変わっている。
「変、かな?こういうの、あんまりやらないから。」
「そんなことねえよ。普段見れないし、新鮮だ。」
日向はそう言ってから、あ、と何か思いついたようにを手招きした。
「?」
「いいからこっち座れ。」
言われるがままに、は参考書を閉じて傍にちょこん、と座り直す。
「一回これ外すぞ。」
「? うん。」
銀の小さなバレッタを外し、日向は解けた前髪を軽く手櫛で空いていく。
はぎゅ、と目を閉じるが、それでも嫌がるような反応は見せない。
日向は無言で手を動かし、ミニピンで手際よく髪をまとめると、最後にバレッタを差し込んでパチン、と留めた。
「……こんなもんか。」
その言葉ではゆっくりと瞼を持ち上げると、手鏡で自分の姿を確かめた。
「いい感じに出来たな。」
ピンを使って動きを着けた前髪とアクセントのバレッタでアレンジされた姿は、見たことのない自分だった。
「……」
「ん、嫌だったか?」
「ううん……ありがとう。日向くん、上手いね。」
「見様見真似だよ。」
髪を梳くように頭を撫でていると、はくすぐったそうに目を細めて、少し寄り添ってきた。
「こっちの髪型の方がいいな。」
「そう?」
「俺の好みだけどな。それに、」
アレンジで露わになった色白の額に軽く口づけを落とす。
「こういうこと出来るってのもいい。」
「? え、あ、……」
は一瞬きょとんとしていたが、すぐに気づいて、赤くなったかを隠すように俯いた。
そんな仕草が普段とのギャップでいっそう可愛らしく見えて、日向は思わず笑みをこぼす。
「……何?」
「いや、俺の彼女は可愛いなと思ってさ。」
そう言うと、俯いていたは少し驚いたように顔を上げた。
「……意外と、そう言うこと言うんだ。」
キザな台詞だったかと、思い返して今度は日向が頬を染める。
「あー……まあ、たまには、な。」
言葉を濁すと、はおかしそうにふふ、と笑った、
「……ま、たまにはいいか。」
恐らく一生言わないだろうな、などと思いつつ、日向は少し冷めたコーヒーに口を付けた。
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あとがき
キスのお題2つ目は日向ですん。誰にしようか一番迷ったお題でした。
本誌読んで髪いじる話を思いついたので彼になりました。
リコとのフラグとかはスルーでお願いします。
2013 10 30 水無月