「バレンタイン?」
きっかけは、アニスの一言。
「三人とも準備してないの?」
「そういえば……今日はバレンタインでしたわね」
「そうね……すっかり忘れていたわ」
船の一室で紅茶を飲みつつそんな言葉を交わす。
「そんな話を持ち出すってことは、アニスは何か用意してるのか?」
「ま、状況が状況だから簡単なものしか作れないけどね」
どうやらヤル気たっぷりのようだ。
元来料理は好きな性質なのだろう。そうでなければ玉の輿のためだけにあそこまで上手くなれるはずがない。
「律儀というか、若いというか……男四人分作るのか?」
「もっちろん!
だってよくよく考えたらこのパーティ玉の輿ぞろいじゃん!
公爵子息にマルクト軍大佐、伯爵様だよ♪」
「導師は?」
「イオン様はいいの!」
「まったく……相変わらず、か
二人はどうするんだ?」
「わ、私は……料理なんてできませんし……」
「今まではどうしていたんだ?」
「その……城のシェフに、内緒で作ってもらっていましたの」
「なるほど。ティアは?」
「私は簡単なお菓子を兄さんに……
あまり甘いものが好きじゃなかったから、毎年同じものを作っていたわ」
「ふーん。ま、そんなものか」
大方予想通りだ。
「今年はどうするんだ?面子も特殊だしな」
「そうね……どこか町にでも立ち寄れたらちゃんとしたものが用意できるけど……」
「望み薄だな。とはいえ先日食料は買い込んだばかりだし、そう困らないだろ」
「ええ。出来る範囲で作ってみることにするわ」
「私は……料理は出来ませんし……」
「なら、形に残るものにすればいいんじゃないか?
縫い物とか……それならいくらか修正も出来るしな」
「まあ!それはいい考えですわね。
その方向で考えて見ますわ」
と、若い三人娘はおのおの熱意を燃やしている。
「で、は?」
その様子を眺めていると、不意に話を振られた。
「あ?」
「はどうすんの?」
「別に……ずっと旅してたから渡す相手なんていなかったしな」
「じゃあ、ガイにはあげないの?」
「っ!?」
「どーすんのー?」
頬杖をつき、にやにやとアニスが迫ってくる。
「そんなイベントに付き合ってる暇はないんだ。
んじゃ、ちょっと素振りでもしてくるか」
ぐい、と紅茶を一気に飲み干し、は部屋を後にした。
「……はぁ、」
甲板に出て剣を片手にため息をつく。
「バレンタイン、……ねぇ」
生まれてこの方二十余年。
ずっと旅をしながら傭兵家業を続けてきたにとって、それはただ通り過ぎるだけの普通の日だった。
普通に忘れていて、いつの間にか過ぎ去っていくものと思っていた。
でも、気づいてしまったら意識せずにはいられない。
何をあげればいいのだろう
彼は何がほしいのだろう
プレゼントしたら、喜んでくれるのだろうか
気がついたら、頭の片隅そんなことを考えてしまっている。
「私らしくない……」
そう、全然自分らしくない。
いくら恋人のためとはいえ、こんな風に他人のために悩むなんて。
第一、彼がそういうことを望んでいるのかどうかもわからないのに
「……あ、」
そんなことを考えていると、ふとガイのことが気になった。
今、何をしているのだろう
何を考えているのだろう
そんなことが気になって、
なんだか、無性に彼に会いたくなった。
「……」
コンコン、と無言でドアをノックする。
多分部屋にいるだろう、とほんの思いつきでやってきた。
「――――はいはい、どちらさんで?」
「――っ」
いた。
どんな顔で開ければ良いのか。
戸惑っていると、向こうから扉が開いた。
「……?」
「や、その……何してるのかと思って」
「ああ、本を読んでいたんだ。とりあえず中にどうぞ」
促されるままに部屋に入る。
「何か飲むかい?」
「いや、それより……その……」
部屋の真ん中まで来て立ち止まるに、ガイは首をかしげる。
どことなく様子がおかしい。なんというか落ち着きがない。
「なにかあったのか?」
尋ねてみると、は小さく首を横に振った。
それから、おずおずと口を開く。
「……ほしいもの、ないか?」
「え?」
「ガイは、何がほしいのかと思って……」
「? どういう……」
訊ね返そうとして、今日が何の日か思い出す。
「そうか、今日はバレンタイン……だったな」
「ああ、それでガイにも何かあげるべきなのかと思ったんだが……」
慣れない習慣に思考が追いつかなくて
どうすればいいのかわからなくなって
「気づいたら……ここにいたんだ」
一気に胸のうちを吐露すると、ガイは驚いたような表情から、擽ったそうに眼を細めて笑った。
「そっか。なるほどな」
「それで、ガイは何かほしいものはないのか?」
「そうだな……」
ガイはしばし思考をめぐらせるように口元に手をやって瞳を閉じる。
「――ああ、それなら」
そして小さくつぶやいて、に向き直ると、
「おいで」
子供を呼び寄せるように、ベッドに腰掛けてその横を軽くたたいた。
はようやく動き出して、ガイの隣に腰掛ける。
そしてが腰掛けたのを見計らって、ガイはその細い肩をそっと抱き寄せた。
すっぽりとの細い体躯が腕の中に納まる。
「俺は……特に何もいらないよ。
君がこうして傍にいてくれるだけでいい」
「ガイ……」
「これじゃ答えにならないか?」
はゆっくりと首を横に振る。
「ガイがそれでいいのなら、私は何も言わないさ」
「らしいな。
でも、さっきのも、珍しくて可愛かった」
からかうような口調にの頬に赤みが差す。
「……らな」
「ん?」
「今日だけだからな、こんな恥ずかしい真似は」
「わかってるって」
そんな言葉がますます可愛らしくて、ガイはの体をぎゅっと抱きしめた。
――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
バレンタイン。ベタ甘なガイ様。
男勝り気味なヒロインが書きたかった。
きっとガイ様はファブレ公爵低でのバレンタインはメイドに追い掛け回されて大変だったと思う
あと個人的なバレンタインの贈り物予想。
アニス→手堅くクッキーやチョコブラウニーで超絶営業スマイルでみんなに配る。
当然三倍返しが基本です。
ティア→トリュフあたりをちょっと形は悪いけど頑張って手作りしてみる。
ルークに渡して何故か二人とも照れていそう。
ナタリア→助言どおり縫い物編み物の類で頑張るか、チョコらしき物体を開発してルークにあげる。
アッシュにも用意して何とか渡そうとずっと大事に持っている。
まあ、楽しければ何でもいいということで。
2010 2 15 水無月