織姫と彦星が一年に一度再会を許される日。
それが――七夕。
御伽噺よりも
移動中、進路に大きな砂嵐を見つけたヴァン達は、飛空挺シュトラールの中で一晩をすごすことになった。
「〜♪」
パーティ内の家事担当であるは、バルフレアに頼まれた食後のコーヒーを淹れていた。
ちらりと部屋へ視線を向けると、あちらではヴァンがバッシュに何か訊いており、そちらではパンネロとアーシェが楽しそうに話している。
この平和な空間が何よりも好きで、の顔は自然と綻ぶ。
暫くそんな光景を眺めていると、
ピーッ
コーヒーメーカーが電子音でコーヒーがはいったことを知らせた。
「――じゃあフラン、私バルフレアにコーヒー届けてくるから。」
後ろでで後片付けをしていたフランにそう言い残しては部屋を後にした。
「………さて、ウチの船長は今日も徹夜するつもりかしら。」
少し離れたバルフレアの部屋の前に立ち、は独りごちる。
「―――あら、」
何となく外を見ると、窓の外の景色に思わず簡単のため息が漏れた。
真っ暗な一面の闇を無数の星が埋め尽くし、強く弱く輝きを放っている。
「綺麗な星空………砂漠は星がよく見えるのね、」
暫く星空を眺めて、はふと思い出す。
「そっか……今日は『七夕』の日だったっけ……」
笹の葉さらさら 軒端に揺れる
お星様きらきら 空から見てる ――……
自然と唇が歌を紡ぎ出す。
「―――何してんだ?」
後ろから聞こえた声に、は反射的に振り向く。
「バルフレア、」
「何か聞こえると思ったら……
お前、頼まれたモンも届けずに何やってんだ?」
「……あっ!
ご、ごめんなさい。」
慌てては謝りり、代わりを淹れ直しに行こうとした。
「待ってて、すぐに……「いや、これでいい。」
そう言ってバルフレアはの持つトレイからコーヒーカップを取った。
「でも、冷めちゃってるのに……」
困ったように呟くの頭を、バルフレアはポン、と軽く叩く。
「気にすんな。……どうせ飲むときには同じだ。」
「えっ?それってどういう………」
が何か言おうとする前に、バルフレアはところで、と話を切り替える。
「お前、人の部屋の前で何突っ立ってたんだ?」
「それは………」
突然話を切り替えられは戸惑うが、これ、とでも言うように窓の外を指さした。
「星空が綺麗で……つい見入っちゃって……」
そう言っては再び窓の外に目をやる。
「砂漠でこんな綺麗な星が見られるなんて……思いもしなかった。」
そう言ってふわりと微笑むの横顔は年よりも幼く見えて、つられてバルフレアもふ、と笑みを零した。
「、」
コーヒーカップを部屋に置き、バルフレアは星空を眺めているを呼ぶ。
「そんなに星が好きなら……
もっと近くで見てみるか?」
「そんなことできるの?」
「ま、ついてくりゃわかる。」
「――ついたぞ。」
ちょっと待ってろ、とバルフレアは壁のスイッチを押す。
ピーー……ガチャ、と機械の動く音がして、頭上のハッチがゆっくりと開いた。
「上がるぞ。」
そう言ってバルフレアは先に壁の梯子を登っていった。も後から登る。
「……よっと、」
ハッチの外に手が出ると、先に登っていたバルフレアに引き上げられた。
「足場狭いからな。気を付けろよ。」
機械を片手で操作しながらバルフレアはに言葉を投げる
足元のハッチが閉じて、そこは人二人分ほどの小さなスペースになった。
「ほら、上見てみろ。」
言われるままに真上を見上げる。
「わ……!」
思わず息を呑む。
辺りを覆い尽くす夜の闇。
それを更に上から埋め尽くすかのように、無数の星達が輝きを放っている。
幾重にも折り重なり連なるそれらは、まるで河のように夜の闇をわたっている。
「このシュトラールで一番高い場所だ。
普段は滅多に使わないけどな。」
「へぇ……知らなかった……」
一瞬バルフレアに視線を移し、すぐに星空へと戻す。
「本当に素敵………」
瞬きもせずに空を見上げ、はうっとりと呟く。
「喜んで貰えて、何よりだ。」
それきり会話は途切れ、辺りの物音だけが残る。
「――ねぇ、知ってる?」
暫くして、ふいにが口を開いた。
「今日が何の日か。」
「……?いや、知らねぇな。」
「今日はね……『七夕』っていうの。」
「七夕?」
「そ。――異国のお話なんだけど、聞く?」
「あぁ」
それでは、と恭しく礼をして、はゆっくりと口を開く。
語り部であるの話は、何時聞いても良い。
御伽噺などくだらないと思っていても、が話し出すとつい聴き入ってしまう。
には人を引きつける何かがある。
今までに何人がの虜となったか。
数えだしたらきりがないだろう。
――俺も、その一人なのかもな。
自嘲気味にふ、と微笑い、の話に聴き入る。
――その昔、織姫という名の娘と、彦星という牛使いがいた。
織姫はとても美しい娘で名高く、彦星もまた、働き者で評判の若者だった。
あることをきっかけに出会った2人は、やがて互いを愛し合うようになる。
ところが、織姫の父親は辺りの星達を統べる神――天帝だった。
星に太い河が渡り、2人は引き裂かれることになる。
悲しみに暮れた2人は、互いを強く思いながら幾千年もの時を過ごす。
何千年もの時が流れた。
なおも変わらぬ二人の思いの強さに、織姫の父親がとうとう折れた。
それほどに互いを思っているのなら、許してやろう、と。
そうして、一年に一日だけ再会を許された。
「その日を、七夕って言うんだって。まぁ、多少私のアレンジは加えてあるけどね。」
「へぇー……」
それでね、とは空を見上げる。
「……あ、見えた見えた。」
の指さした方を見上げると、それは一つの河だった。
「天の河って言うの。
その昔、織姫と彦星が引き裂かれたときにできたんだって。」
「縁起悪ぃじゃねぇか。」
「でも、綺麗じゃない。」
「ふっ……そうだな。」
無邪気な笑顔に、縁起の悪さなどどうでもいいように思える。
空を指さす手を下ろして、はふと地上へ視線を落とす。
「………?」
何処か哀しげな視線。
そっと名前を呼んでみる。
「………2人は、」
唐突にが切り出した。
「織姫と彦星は、凄いね。」
「?」
「何千年もたった一人を思っていられるなんて……
御伽噺でも、凄いと思うよ。
……私だったら、どうなんだろ、」
目の前の恋人とは、もう付きあい始めて一年近くになる。
それでも時々不安に思う。
彼は、ちゃんと帰ってきてくれるのだろうか。
突然いなくなったりしないだろうか。
自分のことを……見ていてくれてるのか。
彼なら……バルフレアなら、きっと私がいなくなってもやっていけるだろう。
有名な空賊だし、女慣れしてるし、頼れる相棒もいる。
何一つ不自由はしないだろう。
それに比べて自分は……
特技といえば歌うことや語ることだけ。
元々独り者だし、異性慣れもしていない。
今此処を離れたら………どうなるか解らないけど、ロクな事にはならないだろう。
まるで織姫と彦星だ。
バルフレアは有名で力もある。
私はただの語り部。
今は一緒にいられても、いずれ別れるときが来るのだろうか。
別れたとしても、互いを想い続けていられるのだろうか。
胸が……苦しい。
「……ねぇ、
もし、織姫と彦星のように別れてしまうときが来たら、どうする?」
唐突すぎる質問に、バルフレアは一瞬戸惑った。
「……さぁな。
もしそうしようとする奴が現れたら、叩きのめすだけだ。
俺はお前を手放すつもりなんてないからな。」
トクン、と胸が高鳴るのを感じた。
バルフレアは何気なく言っているのだろうけど、それが凄く嬉しかった。
「……じゃあ、それでも別れてしまったら?
逢える逢えないは別としても、バルフレアは………」
私を想っていてくれる?
出かけた言葉は、喉の奥に引っ込んだ。
一瞬目の前が真っ暗になって、何が起きたのか解らなかったから。
「…バルフレア……?」
腰と背中に回された腕、包み込む暖かい感触。
抱きしめられて、身体が熱を帯びる。
「――大丈夫だ。」
耳元で低く囁かれる。
「俺はお前を忘れたりしない。
何があっても、だ。」
お前は?とヘーゼルグリーンの視線をぶつけられ、一瞬戸惑う。
「………わ…たしも、
何があっても、バルフレアだけを想ってる。」
そう、きっと何千年も、何億年も経っても、
この想いは変わらないから―――
「、」
名前を呼ばれ、胸に埋めていた顔を上げる。
再びバルフレアと視線が重なって――
「ん…っ……」
反応する間もなく、唇が塞がれた。
舌先を絡め取り、頬に手を添えて、バルフレアは深く口付ける。
不安も、哀しみも、全て拭い去れるように。
びくり、と肩を震わせるを強く抱きしめ、そっと唇を離した。
熱く甘いの吐息が掠める。
「……不安にさせて悪かった。
もう二度とお前にこんな思いはさせない。
これは……その印だ。」
「バルフレア……」
熱を持った紅い唇に人差し指を当てて、バルフレアはくい、と口角をあげる。
「そのかわり………
覚悟しとけよ?俺にここまで言わせたのは、お前が初めてだからな。
たっぷり可愛がってやるさ。」
「ちょっ……//////」
寄添う2人の上で、一筋の星が流れた。
変わらぬ想いを、遙か彼方へと運ぶかのように。
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あとがき
初書きバルフレアさんです。ヒロインは語り部と言う設定です。
七夕をテーマに、というつもりでしたが、事情が重なってしまったためにずいぶん遅れてしまいました;
遅ればせながらもここにUPさせていただきます。
2006 7 11up
2006 7 26修正 水無月