「吠えろ、蛇尾丸!!」
       「闇に溶けろ、月刻!」
       深い森の中、鳴りやまない金属音が瞬間消えた。





           言葉より大切なモノ







       「恋次、片付きそう?」
       「さぁな、――そっちはどうだ?」

        闇にとけ込む森の中、恋次とは背中合わせになって解放した斬魄刀を構える。
       まわりには十体近い虚の群。
       ただそれだけなら、何の心配もいらなかった。
       恋次は六番隊の副隊長。 は九番隊の次期隊長候補。
       虚の十体や二十体ぐらいわけないはずだった。
        だが、相手の虚は通常の4、5倍はあり、能力も今までに戦った虚より高かったのだ。
       今は何処も忙しく、応援を要請しているヒマもない。
        2人は劣性を強いられていた。



       「こっちもビミョー。――でも、」
       問い返した恋次に、焦りを感じさせないのんびりとした口調で答える。
       「でも?」
       「やられる、とは思わない。
       負ける想像がつかないね。」
       「奇遇だな――俺もだ。」
       ちらりと互いに顔を見合わせて、2人は刀を振るう。





       「あー、もー、しぶといっつーの!」
       刀を切り返し返り血を全身に浴びながら、は苛立ちを隠さずにぼやく。
       恋次とは些か距離が離れてしまったが、恋次は五感が優れている。大きな声を出せば気づいてくれるだろう。
       「ただでさえ疲れてるってのに………ったく、
       まとめて片付けるかな………――いくよ、月刻。」
       ずさぁっ、と派手に切り裂く音が響き、視界を覆っていた巨大な体は崩れ落ちながら消えて無くなった。
       「はぁっ…はぁっ…………ふぅ、」
       大技を放った所為で体力をかなり消耗してしまった。
       汗が噴き出し、体中が痛みに悲鳴を上げている。
       恋次は大丈夫だろうか、
       顔を上げた瞬間、背筋が凍り付いた。
       先程まとめて仕留めたと思っていた虚が、傷だらけの身体を引きずって恋次の方へ近づいている。
        仕留め損ねた、
       そう考えたと同時か、それとも考えるよりも早く、
       は地を蹴っていた。








       「ったく、図体デケェくせにちょこまかと………」
       一体ずつゴリ押しで倒していると、少し離れた場所にいるの霊圧を感じた。
       大技で一気にカタを付けるつもりらしい。
       「こっちもとっとと片付けっか………」
       後方に飛び退き、刀を構え直す。
       「いくぜ、蛇尾丸―――狒牙絶咬!!」
       刃が円状に虚を取り囲み、一気に襲いかかる。
       2、3 体ほどまとめて片付け、の方を振り向いた次の瞬間だった。
       「――っ恋次!」
       目の前に、紅が広がった。




       ずしゃぁっ、と身体を引き裂かれる生々しい音が響く。
       「っ……!」
       崩れ落ちる女の身体を抱きとめ、肩を抱き支える。
       「っ……っ………!!」
       反応がない。
       恋次の青かった表情は、怒りへと変化した。
       「テメェ……よくも………」
       の身体を静かに横たえ、恋次は立ち上がる。
       刀を振って血を落とすと、静かに顔を上げた。
       「吠えろ、蛇尾丸――テメェの餌を食らい尽くせ!!」
       の一撃で傷ついていた虚は、恋次の一撃で逃げる前に倒された。





       「……………」
       「……ん…っ……恋…次……?」
       軽く揺すってやると、がうっすらと目を開けた。
       意識は何とか戻ったが、このままでは…………
       「……恋…次……だい……じょ…ぶ…?」
       「何で、俺なんか庇ったりしたんだよ……!
       何かあったらどうするんだよ!!」
       「大…丈夫…………急所は、ちゃんと避けたから………」
       荒い息を無理矢理整えて、は上半身を起こそうとする。
       「……っつ…」
       「無理すんな。……ちょっとまってろ。」
       懐から血止め薬を出して、怪我をした場所に塗っていく。
       「あとは四番隊に診てもらうしかねぇな。
       ………なぁ、どうして俺を庇ったんだ?」
       あの状況では、恋次がそのまま受けた方が良かったハズ。
       剣術に長けた恋次なら、背後から襲われても対応できた。
       「よくわかんないや。
       ………まぁ、何て言うか………」
       は微笑を浮かべ、そっと恋次の頬に手を添える。
       「恋次が傷つくの、もう見たくなかったんだろうね。」
       「………」
       「それに………まぁ、言っちゃっても良いかな。」
       「何をだ?」
       「……今日さ、恋次の誕生日でしょ?
       この後修兵さんとか乱菊さんとかみんなで集まってお祝いしよ、って言ってたんだ。
       ……まぁ、こんな仕事は予想外だったけどね。
       折角の誕生日なのに、主役が怪我して動けないんじゃ洒落にならないよ。」
       そう言っては長く息を吐き出した。
       「――ほら、私のことはいいからさ、早くいってあげなよ。
       朽木隊長に無理いって六番隊の部屋貸してもらったからさ。」
       肩を押すの小さな手を握り、恋次はため息をついた。
       「――馬鹿野郎。」
       ぱこん、と額にデコピンを食らわせてやれば、いたっ、とが首をすくめた。
       「おら、とっとと四番隊行くぞ。」
       「ちょっと恋次、私は………」
       「俺が気になんだよ。」
       「でも、みんな一時間後には………」
       「勝手に飲ませときゃいいだろ。」
       「………ねぇ、恋次………」
       「あ?」
       心なしか、先程よりも声のトーンが落ちている。
       「………眠い……疲れた……寝る……」
       三段論法のように言って、は瞼を閉じた。
       「……?」
       恋次の肩に頭を預けて、は動かなくなった。
       
       
       
       





       「………んん…っ……?」
       重たい瞼を持ち上げれば、一面が真っ白に見えた。
       ふわりと流れてきた薬の匂いに眉を顰めていると、ぱたん、と扉の閉まる音がした。
       「あ、気がつきましたか?」
       「……ここは……?」
       ゆっくりと上半身を起こすと、傷が鈍く疼いた。
       「四番隊の救護詰所です。
       虚との戦いの後、気を失ってしまったんですよ。」
       「そういえば………」
       「えっと……致命傷は避けられたようなので命に別状はありません。
       血止めもしてあったので、出血のほうも大方大丈夫です。
       とはいえ、明日一日は戦闘を行わないようにしてください。
       ここのところ貧血気味でしたようですし、しっかりと食事をとって、体を休めてくださいね。」
       「ありがとうございます、」
       お礼を言うと、暖かな笑顔で返された。
       「では、私はこれで失礼します。」
       一人になったのですることもなく、は再び横になった。
       「……みんな今頃宴会か………」
       ともあれ、恋次が無事だったのだからそれでいい。
       「…………寝よ」
       目元まで毛布を引き上げうとり、と意識を飛ばす直前。



        コンコン



       静かなノック音に、意識が舞い戻った。
       「どーぞ、」
       霊圧を探るのも億劫だったので、は間延びした声で相手を招き入れた。
       「おぅ、大丈夫か?」
       「恋次……!?」
       ガバ、と勢いよく体を起こせば、全身の傷が疼いた。
       「……っ……どうして?
       修兵さんや乱菊さんは?」
       「乱菊さん以外みんな酔い潰れて寝ちまった。
       ま、祝ってもらうには祝ってもらったしな。」
       抜けてきた、と苦笑を漏らし、恋次は椅子に腰掛ける。
       「さっき卯の花隊長とすれ違ってな。
       明日には退院できるんだろ?」
       「うん、まぁ。」
       「ていうかお前、体調悪いんならそう言えよ。」
       「だって……ただでさえ人が少ないんだから、これぐらいのことで仕事休めないよ。」
       「んなことわかってらぁ。
       だけどよ、お前が傷ついてまで俺を庇う必要ねぇだろ。」
       「だって……恋次、誕生日じゃん。
       みんながお祝いしてくれるって言うのに、怪我させたら悪いし………」
       「だーかーら、それが馬鹿野郎だってんだよ。」
       ぐい、と恋次に抱き寄せられる。
       「恋、次………?」
       急に抱きしめられて、顔が熱くなる。
       「そんなんより、もっと大事なモンあるだろうが。」
       耳元で囁かれ、身体中に熱が広がる。
       ぐ、と抱きしめる力が強くなる。

       こんなに――
       こんなにも、心配させた………

       「……ゴメン、」
       「謝んな。……元はといえば、お前の不調に気づいてやれなかった俺の責任だ。」
       だけどな、と続ける恋次の声は、いつもより低くて、落ち着いていて………
       柄にもなく胸が高鳴る。
       「疲れてんならそう言え。無理すんな。」
       「……うん。」
       「――とにかく、お前が無事で良かった……」
       「心配してくれて、ありがとう。
       ………でもね、恋次」
       顔を上げると、恋次の表情は何処か哀しげだった。
       「私、ずっと楽しみにしてたんだよ。恋次の誕生日。
       ……そりゃあさ、副隊長にもなってる恋次にはどうでも良いかもしれないけど、
       私にとっては一年に一度の大切な日だから………」
       「………」
       「大切な人の生まれた日は、時に自分よりも大切になるんだよ。
       生まれてきてくれてありがとうって、感謝する日だから。」
       「………馬鹿野郎。」
       「なっ……!」
       折角一世一代の告白をしてやったのに、
       文句を言おうとして、口を開きかけた瞬間だった。
       「ちょっ………――恋…次?」
       暖かく包まれる感触。
       胸板に顔を押しつけられて、更に恥ずかしい。
       「……お前がいなきゃ、意味ねぇんだよ。」
       「恋次……?」
       「どんな記念日も、どんなイベントも………
       ……お前がいなきゃ、何の意味もねぇんだよ。」
       ちらりと下から覗き込めば、恋次の顔は真っ赤だった。
       「………ありがとう、恋次。――大好き」
       思わず本音がこぼれた。
       聞こえないくらいの小さな声だったけど。





        何だかんだ言って、結局誕生日なんてどうでも良かったのかもしれない。
        ただ、恋次と一緒にくつろげる時間が欲しかったのかもしれない。
        乱菊さんや隊長も、きっとそれをわかっていてくれたのかな………





       「……あ、あともう一つ、」
       「?」

        「誕生日、おめでと。」



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      あとがき
     恋さんの誕生日ドリです。今回は間に合いました!
     一応藍染様が旅立たれて(笑)、一護達も現世に帰った後です。
     でも折角の誕生日が血ネタとか……どんだけアホ??
     ちなみに、宴会のメンバーは乱菊さん、修兵さん、一角さん、弓さんなどの予定でした。
     とにかく、恋さん誕生日おめでとう!
     2006 8 31  水無月