「それでは、おやすみなさいませ」
侍女の言葉に軽く頷き、は小さく息をつく
「……ふ」
まっさらの夜着を羽織り、装飾の施されたベッドに腰を下ろす
ヴェインとの戦いが終わってからおよそ一年
世界は再び平穏を取り戻し、ダルマスカ国も復興しつつある
あの壮絶な戦いの真実を知る者も、この国に残っているのはほんの一部の人間のみ
それは、かつての戦いの仲間達
女王として国を治めることになったアーシェ、
孤児達の親代わりとなって世話をしているパンネロ
他の仲間達は、皆散り散りになっていた
夢の空賊デビューを果たしたヴァン、
一月程前に飛空挺を引き取り、再び空賊として世界を翔ているバルフレアとフラン
亡きガブラスの代わりにジャッジマスターとしてラーサーに使えているバッシュ
実際には、パンネロもヴァンと共に空賊として空を翔ている
「平和……なんだろうね、きっと」
自分……は、アーシェの実姉として正体を明かし、共にダルマスカを治めることになった
そのための宮廷生活には粗方慣れたが……時折、心の中にぽっかりと穴が空いてしまったよう
な喪失感に狩られることがある
そして何より
「…バルフレア……」
心が、体が、その温もりを欲していた
幾度となく抱かれた体の熱も、
深く交えた甘い口付けも、
熱を生み出す、低い声も、
一年という月日は、それらを薄れさせるのに十分すぎる時間だった
「……っ…」
会いたい
声が聞きたい
その胸に抱かれたい
思うだけで溢れそうになる涙を何とか押しとどめ、夜の深い闇に溶けそうな声で呟く
「どうして、無理にでも残らなかったのかしら――………」
しん、と静まりかえる部屋で、は一人物思いに耽る
「……」
そして、長い沈黙の末、ゆっくりと息を吐き出した
「――もう、やめないと」
王宮(ここ)の暮らしに慣れすぎてる
もう、今更戻れない
それは、あの時――一年前に決まってしまったことなのだから
――否、バルフレアがそう仕向けたのかもしれない
あの時彼が、密かに私にだけ向けた視線
あの視線も、その時の何処か寂しげな表情も、
未だ瞼の裏に焼き付いて離れることはない
仮に、あの時残ると言ったとしても、きっと彼は止めただろう
事が落ち着いてみると、不思議とそう納得できた
そう、もしかするとあれは彼が、私がここで幸せになることを願ったからなのかも知れない
「――私も、薄情なものね」
自嘲気味に微笑い、立ち上がって傍らのグラスに水を注ぐ
「――」
小さな水面に映る自分は、酷く疲れていて、酷く虚ろげに見えた
「……っ」
そんな自分をかき消すかのように、一気に流し込む
眠ろう
全て過去にして
もうこのことは考えないように
そう思った瞬間、
「――――!」
何かの気配を、感じた
「……」
今まで積み上げてきた戦歴はそう易々と衰える物ではない
今の気配は確実だったと、己の勘が告げていた
「……何?」
警戒しながらそっと窓辺に歩み寄る
「誰か……いるの……?」
呟きながら、静かに窓を押し開ける
「……気のせい、か」
暫し間をおき、窓を閉めようと手をかけた刹那、
冷たい風に、ほのかに甘い香りを感じた
「――!」
そして、
「こんな時間まで夜更かしか
そんなんじゃお肌に良くないぜ?プリンセス」
耳に心地よい、低い声が聞こえた
「バ……ル………」
言葉が声にならない
「よう――久し振りだな」
呆気にとられるをさしおき、声の主――バルフレアはするりと室内へ入ってくる
「いい部屋じゃねぇか。さすがだな」
「――っ…」
変わらない、あの頃と
その存在をもっと地核で、肌で直接感じたくて、
はその腕に、縋るように抱きついた
「っ…バルフレア……」
涙が一筋、死すかに頬を流れ落ちる
バルフレアはのその行動と、静かにこぼれ落ちた涙に一瞬目を見開き、
「――」
名を呼びながら、優しくその体を抱き寄せた
ゆったりと髪を撫でられる感触に、はうっとりと目を閉じる
願っていた再会、そして包み込むような抱擁
彼の腕の中で、懐かしい匂いと温もりをしっかりと感じる
「……バルフレア……会いたかった……」
思いの丈を言葉にし、涙で潤む瞳でその顔を見上げる
すると、言葉の代わりに唇が降りてきた
「…んっ……」
静かに、優しく重ねられる唇
甘く、緩やかに時が溶け出す
今まで堪えてきた涙が少しずつこぼれだした
「……ん…ぅっ……」
より深く口付けながら、バルフレアはの瞳に光る雫をそっと救う
内心、驚きがなかったわけではなく、未だにその驚きは消えていない
自分自身、への未練がなかったわけではなく、
何度彼女を攫ってしまおうと考えたかわからない
だが、自分で下した決別
そんな簡単に取り下げて言い訳がなく
だから、こんな夜中に、
――一目見るためだけに、忍び込んだ
無論、に見つかることは考慮していた
深く寝入っていても、傍で誰かが動けば起きる
そんなが、自室への侵入に気づかないわけがない
だから見つかれば、
『何をしているの?』
ひたりと据えられた瞳にそう睨まれると思っていた
だが、実際に会ってみると彼女は――
「……っ…」
自ら腕に縋り付き、こうして静かに涙をこぼす
その姿に、欲望を抑えていた理性がかき消えるのを感じた
「んっ……ふぁ……」
細い腰を抱き寄せ、控えめに延びる舌を遠慮なく絡め取る
はらりと髪が落ちるたびに淡く清楚な香りが舞う
その香りごと、バルフレアはを強く抱きしめた
「はっ……ぁ……」
口付けの時の癖や、感じる箇所、僅かな仕草も、
すべて知り尽くすほど抱いてきた
それほどに愛して、
その愛故に手放して、
再び、こうして腕に抱いている
何故こんなことになってしまったのか、
答えのでない問いを抱えたまま、バルフレアは奥のベッドにを押し倒した
「どうして……ここに来たの?」
事後の気怠さも手伝ってか、問いかける口調は何処か弱々しい
「ねぇ……どうして?」
の問いには答えず、バルフレアは背を向けるをぎゅ、と強く抱きしめる
「あの時……どうして私も一緒に連れてくれなかったの?
今更こんなコトして………」
その声は僅かに、だが、確かに震えていた
「……さあな、どうしてだと思う?」
「聞いてるのは私よ。
……お願い、もうこんなコトしないで
私の心をかき乱さないで
漸く、あなたへの未練が途切れたと思ったのに――」
声には涙が混じっている
暫しの沈黙の後、バルフレアはの耳元でそっと囁いた
「……お前が、」
その声は、いつになく真剣で、いつになく表情が伺えない
「お前が、今の暮らしを本当に幸せだと思ってるなら、放してやる」
「え……?」
「お前が幸せだというのなら、俺はそれでいい」
「そんなの……」
幸せよ、と言えばすむのに、
何故かその言葉は喉の奥に引っかかって出てこない
「……どうなんだ?」
「私は…………
…………幸せ、よ」
答えた声は、震えていた
「――嘘だな」
「どうしてそう思うの?
……私は幸せよ。
アーシェ、バッシュ、ウォースラ、……父上はいないけれど、あの時欲しかったもので満たされている
アーシェの姉として、王族らしい生活が漸くできるんだから」
「そうか」
「ええ。だから、私は幸せよ」
の答えに、バルフレアは小さくため息をつき
「嘘、だな」
もう一度同じ言葉を繰り返した
「そんなことっ……「あるだろ」
の言葉を遮り、その体を無理矢理反転させ向き合わせる
「っ……」
「やっぱり嘘だな
そんな表情(かお)で言っても通じねぇぞ」
「私はっ……――んんっ」
講義しようとするの唇を強引に奪う
冷めてきた体が再び熱を放ち、二人の意識はまた、闇へと堕ちていく
飛びかけていた理性が微かに問いかける
何故こんな風になってしまったのか
何故彼女の言葉を信じられないのか
否――何故、その強がりに気づいてしまったのか
もう一度、幸せだといってくれれば、
あの時自分が願ったように、この城で幸せに暮らしていると、そういってくれれば
この欲望を抑えられるかもしれないのに
ぐ、と奥歯を強く噛んだのが、最期の記憶だった――
――――――――――――――――――――――――――
あとがき
遅くなりましたが、お題10番目、FF12より色男(笑)バルフレアです
何かシリアスって言うか……S?傾向に。
話としては本編終了後。RWの直前くらいだと思ってください
やりたいなー、RW。
鬼畜は難しいです。
2007 6 28 水無月