「眠れないのか」
「――っ!?」
不意にかけられた声にびくりと身を震わせれば、呆れたような重たいため息が聞こえた
「……ちょっと、夜風に当たりたかったの」
「そうか」
素っ気ない返事で、黒鋼は静かにこちらに歩み寄ってくる
「あれで寝たフリのつもりか?
小僧は疲労状態だったからともかく、あいつと俺には最初からバレてたぞ」
あいつ――とは言わずもがな、ファイのことだろう
「いいのよ。小狼に心配かけなかったら」
「あっちも相当無理してんの気づいてんだろうが」
「彼は……大丈夫でしょ」
「――お前はどうなんだ」
「私は何ともない」
先ほどまでとはうってかわって強い口調ではきっぱりと言い切る
「強情だな」
「別に」
だって、見てしまったのだから
本を読んでいた小狼の身に何があったのか
何かの手がかりになるかと思って自分の、夢見の能力を使った
のぞき込んだ小狼の記憶の一部
本を読んでいたときの小狼の記憶
――それは、紛れもなく黒鋼の過去そのもの――
確固たる証拠なんていらない
見れば誰もが納得できる
本人はきっと口にしたくない、
心の奥底にしまっておきたい記憶のかけら
どうしようもない悲しさと、酷く冷たい罪悪感が襲ってきた
「……小僧を診て以来、」
びくりとの肩がわずかに震える
「俺を見る度に泣きそうだな」
「……気のせいよ」
「今もそうだろうが」
「そんなことない」
「……お前、「一人にして」
ぴしゃりとは言い放つ
「しばらく一人にして」
「……」
黒鋼は黙り込み、ただじっとこちらを睨んでいる
無言の威圧感に耐えきれず、はくるりと背を向けた
「大丈夫、ちゃんと寝るから。
……何もなかったの。ただ、疲れすぎて眠れないだけだから」
自分でもおかしいとわかる無理矢理な理由
「……足手まといにはなるなよ」
返ってきたのは、短い言葉
「え……?」
「小僧の診察をしたお前の身に何が起きたのかは知らねぇが、」
黒い背中越しに静かに紡がれる言葉
「お前は余計な事を考えるな。
ただでさえ今のお前は不安定なんだ。
勝手に自分を追い込むな」
「黒鋼――……!」
それは、もしかして、
――黒鋼は、気づいている?
夢見で見たことも、
心の中に押しとどめようとしたあの記憶のかけらも、
なのに、彼は――
「待って――!」
呼ぼうとした声は、唾の固まりと共に喉の奥に引っ込める
「――もう少し、」
黒い背中に背を向けて、告げる
「もう少ししたら、私も寝るわ」
「……そうか」
キィ、と音を立てて去っていく背中に振り返ることはできなかった
そして、きっと眠ることもできない。
今夜は彼と相部屋なのだから
少しでも見たら、泣いてしまいそうだから
だから、今夜は独り、冷たい風を浴びていよう。
今の自分には、それしか思いつかなかった
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あとがき
お題9番目は黒鋼です。
ヒロインは霊力的なもので他人の記憶や夢を見ることができます
位置づけとしては巫女のような感じです
レコルト国でのネタですね。
だいぶ無理のある消化になってしまいました;;
2007 12 22 水無月