「何してんだ?こんなところで」
「時間潰しがてら考え事」
「店は?」
「臨時休業」
「ふーん……」
自分から聞いたワリには興味の無さそうな素振り
相変わらず良く分からない人だ
私は街で小さな喫茶店を経営しており、彼はよくウチに来る
一番端の窓際の席を取り、コーヒーを一杯だけ注文していくのだ
それも閉店間際のギリギリの時間に。
他のお客さんがいないことからしばしば話をするようになったのがきっかけ
この男――ティキはちょっと特別な“常連”になった
「……で、貴方はどうしてここに?」
「いや、特に理由はないな」
「え?」
「アンタの背中が見えたからな。声かけただけだ」
「そう」
返した言葉は短く淡々としていた
「えらく素っ気ないねえ」
「そりゃあね。今頭ン中一杯だし」
「男にでもフラれたか?」
「まさか。……お店のことでちょっとね」
はぁ、とついたため息は思ったより大きく出てしまった
「俺で良ければ話くらいは聞くぜ」
「……まぁ、いいけど」
何気なく返事をすると、入れ替わりに真っ赤なソレが返ってきた
「? 何コレ」
「林檎。いらないのか?」
ちらりと隣を見てみると、林檎の入った紙袋と抱えたティキが腰掛けていた
「……ありがとう」
シャリ、と一口囓ると、完熟した林檎の甘酸っぱい味が広がった
「お店、どうしようかなぁ……って」
「どういうことだ?」
「父さんがそろそろ引退を考えているの。
あっちとしては私に店を継いで欲しいみたいだけど……」
「アンタは嫌なのか?」
「嫌っていうか……よくわからない」
「何でだ?」
「私ね、とんでもなく親不孝者だったの」
ぽつり、とこぼすようには語る
「学者になりたくって、そのためにたくさん勉強をしたんだけれど……
そのかわりに家の手伝いなんて何もしなかった」
「……」
「それどころか、学院に入る数年前からは家に帰りもしなかった。
その学院の教授の人がね、暇があれば勉強教えてくれたから……
そのまま入り浸るようになって……
当然連絡なんてしなかったから、教授に外せない用事ができたときしか帰ら なかった」
「親不孝者、ねぇ……
どちらかといえば家出娘だな」
「同じよ。親に迷惑かけたことに違いはないんだから」
はぁ、とため息をついては芯だけになった林檎を海へ放り投げる
「学院に入る前の冬、母さんが急病で死んだ」
ザザ……ンと引いては返す波の音がヤケに広く、大きく響く
「葬式の日は、最後の模試だった
――向こうには何も予定を知らせてなかったから、」
知らないのは当然よ、と吐き捨てるように呟き、ティキに背を向けるように立つ
「――葬式、行かなかったのか」
「そう。
家にいても手伝いしなくて、勝手に家出して、葬式も何もかも無視して……
挙句の果てにここ数年音信不通。
そんなヤツが今更帰ってきたって……」
はぁー……と、今度は長く深くため息をつく
その表情は何処か哀しげで、今にでも泣いてしまいそうだった
「……なのに、父さんは何も言わなかった。
母さんの墓だって何年も経ってから初めて参ったの」
『母さんは……
――母さんの墓は、何処?』
十数年ぶりに家に帰って、第一声はそれだった
長い年月で容姿もだいぶ変わって……随分と老けて、
一瞬驚いて口を開けてたくせに、次の瞬間には
『お帰り、。
母さんの墓参りかい?あとで一緒に行こう』
子供の時と変わらない、温かい笑顔でそう言った
「それで、思いっきり頭殴られた感じがした。
学者とか何とか必死で優等生ヅラしてても、結局中身は子供のまま
わがままで意地っ張りで、ガムシャラに突っ走っていくことしか出来ないただ の幼稚な子供だったのよ
私は――馬鹿な女ね」
ぎゅ、と強く拳を握る
「親子、か――」
ふぅ、とティキは煙草をふかしながら呟く
「貴方の――ご両親は?」
「……さぁね」
「そう」
「ただ、今は大切だと思える」
そこで一度言葉を区切り、ティキはふ、と楽しげに微笑う
「そうだな……家族がいる」
「そう。機会があったら一度会ってみたいわ
――といっても、だいぶ先の可能性になるけれど」
「何故だ?」
「お店のこと……引き継ぐならそれで手続きがいるし、たたむにしても仕事は 待ってるし……ね」
顔だけ振り向き、困ったように微笑う
「話聞いてくれてありがとう。気が楽になったわ」
じゃあ、とコートの裾を翻し、その場から去る
「――」
瞬間、背後から伝わる声
普通よりは小さい声なのに、脳の奥に直接響いてくる感じがした
「……?」
振り向くと、ティキがこちらに歩み寄ってきていた
「どう、したの?」
「。店を閉めるとして、その後の就職先って考えてるか?」
「えっ?あ、少しは……」
「俺が、今の仕事よりも……他のどんな仕事よりもイイ仕事紹介してやろうか?」
「どんな仕事?」
「引き受けるなら教えるよ。但し条件付きだ」
「条件?」
「なぁに、そんな厳しいことじゃない」
軽く言ってのけて、にやり、と彼特有の楽しげな笑みを浮かべる
「まず其の一。この仕事のことを誰にもいわないこと」
「企業秘密ってやつ?」
「まぁな」
「其の二。多分アンタしか出来るヤツいないから……絶対に放り出さないこと」
「それって……、まぁいいけど」
「最後。其の三、」
す、と彼の切れ長の瞳が細められる
「……?」
同時に途切れた言葉に首を傾げてみると、
「――――っ?!」
息が出来なくて、時間が止まって――
唇から熱い何かを感じる
「……俺の恋人になること」
耳元で低く囁かれる
「ちょ、あの、っ――」
するりと腰に回される腕
ぱっと見は華奢な感じなのに、すっぽりと体を包み込む
「今すぐ好きになんなくていいって。ていうか無理だろ?」
「そ、それは……」
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
体が熱くなって、上手く動かない
「……へぇ、意外だな」
「っ、?」
「そこそこ男の経験はあると思ってたけど」
「なっ、何言ってんのよ!?」
思わず反論すると、ティキはくくっと心底楽しそうに笑った
「ホント可愛いよ、アンタ――――いや、」
耳元で名前を囁かれて、びくんと体が跳ねる
どうかしてる
こんな……振り回されてるなんて
「このまま攫っても良いけど――決めるのはアンタだ」
さっきとは違う、何処か澄ました声に自分も心を落ち着かせて、
「私は……」
言葉を紡ごうとして一瞬詰まる、
何故だろう。あの瞳で見つめられると……嘘がつけない
その気がないように見せて、知らない内に心の奥にまで入り込んでくる
だけど――
この男なら、ガムシャラに進み続けるしかない自分を、
深い暗闇に堕ちそうな自分を、何処かで受け止めてくれるような気がした
――――――――――――――――――――――――――
あとがき
漸くアップできました。遅くなってしまい申し訳ありませんm(_ _)m
ティキが喋ってない……;最近書いていなかったのでリハビリがてら手直しして書いてみたら玉砕しました。
一応解説しますと、ヒロインにとって「真っ直ぐなレール」はそのまま親の店を継いで町で暮らすことだったんです。
それが嫌になって、あてもないのに飛び出した。そんな感じです
なのでヒロインの独白になっちゃってます。しかも口悪い;ティキの口調がわからない;;
2007 9 2 水無月