「あれ?恋次?」
   遠くからでもよく目立つ赤い長髪
   最近漸く見慣れてきた背広姿に声をかけてみれば、
   「おう、
   と短い返事が返ってくる
   「仕事、今終わったの?」
   「まぁな。そういうお前こそ、今日は遅いじゃねぇか」
   「来月結婚が決まった友達がいてさ、講義の後飲み会だったの」
   「そうか」



    恋次とあたしは幼馴染み
    小学校と中学校はもちろん。
    高校、そして大学も一緒の所を目指し、共に意地を張り合ってきた
    そして名門の国立大に入ったのは良いのだけれど……


    去年――卒業するはずだったその一年前、
    あたしは持病の悪化で入院することになった
    高校まででも何度かそういうことはあったが、何とか乗り越えてやってきた
    だが、その無理が積み重なったらしく、今回の入院は一年近く
    当然単位も足りなくて、留学を余儀なくされた





   「恋次、仕事はどう?」
   「まぁ、ぼちぼちってところだな。
   漸く雑用にも慣れてきた」
   「そう。
   ところで、晩ご飯食べた?」
   何の前触れもなく話を切り替えるのはいつものこと
   「まだだ」
   それに当然のように答えてくれる恋次は、アタシのことを熟知している
   ……案外、一番アタシのことを理解してくれているのは彼なんじゃないかと想う
   「じゃあウチ来る?
   飲み会で食べて来ちゃったから、いくらか食材余ってるし」
   「わかった、じゃあお言葉に甘えさせてもらうとするか」
   曲がり角を曲がって、二人並んで家路に就く


   去年まではよくあったはずで
   あの日から、少しずつ崩れていった

   病気は完治したのに、何処か不完全な身体
   胸が酷くいたくて……
   気を緩めたら涙がこぼれそうになる






   「――はい、どうぞ」
   小さなアパートの一室
   寝室とリビングが主なそこが、アタシの住居だった
   「おう、悪ぃな」
   す、とシックな色合いのスリッパを差し出すと、恋次は軽く詫びてそれを履いた
   「ご飯で良いよね?煮物はあまりがあるから――」
   荷物を片し、エプロンを装着する
   「あ、今お茶出すよ。そこに座って」
   二つしかない椅子の片方を恋次に勧め、台所に立つ
   「あとは……付け合わせに何か作るか……」
   大体のメニューは決まった
   ご飯は出掛けに炊いておいたし、作り置きした煮物もある
   後は以前田舎から送られてきた京野菜を使って、簡単な付け合わせでも作ろう
   そんなことを考えながら手を動かす
   元来料理は好きなので、動きに淀みはない
   それでも、何故だかいつもより楽しいと感じた






   「――ご馳走さん」
   かたん、と茶碗をおいて恋次は笑顔でそういった
   「お粗末様でした」
   つられて、自分も笑顔になる
 
   そうして、はっときづく


   誰かのために料理するのが久し振りで、
   それがこんなにも幸せだと思えると言うことを
 



   「――あっ、そういえば」
   ふと思い出し、席を立つ
   「恋次、鯛焼き好きだったよね?」
   「ん?あぁ」
   確認しながら、積み上げられた箱をあさる
   「あぁ、あったあった。
   ――はい、どうぞ」
   若干潰れた箱を開けてみせる
   中には鯛焼きが詰まっていた
   「駅前で評判のお店、行ってきたんだ。
   餡が濃厚で美味しいんだって」
   ほら、都連時に勧めながら自分も一口放り込む
   冷めていても、その絶妙な甘さに思わず舌鼓を打つ
   「ホント美味しいー
   濃厚なのにしつこくないこの甘さ。いくらでもいけちゃう」
   「そうだな」



    ――……?

   何か変だ

   その違和感に漸く気づく

   そして、その原因にも





   「……恋次、何かあったの?」
   「あ?」
   「元気ないみたいだけど……もしかして、辛いことでもあったの?」
   「………」
   恋次は答えない
   それは肯定の意なのか、と想ったけれど、勝手に決めつけられるのを恋次は良しとしない
   「……私、隣の部屋にいるから
   何かあったら呼んでいいし、時間になったら勝手に帰っても良いから……」
   だから、黙って恋次を見守っていようと想った








   かたん、と障子を閉め切れば、部屋に差す光は僅かな月の光だけとなった
   「………」
   一瞬影が差したあの恋次の表情が
   黙り込んでしまったあの雰囲気が
   何故か苦しくて、胸に突き刺さって
   何をどうすればいいのか、自分でもわからなかった




   「恋次……」
   少しずつ離れてしまった幼馴染み
   そばにいるときは気がつかなかった、大切な存在
   自分の心に戸惑いを感じ、瞼をとじる


   瞬間
   温かい何かに捕われた





   「――……」
   しっかりとした腕、厚い胸板、はらりと落ちる赤い髪
   「恋、次……?」
   強く抱きしめられ、耳元に温かい息が掛かる
   「っどうし……たの……?」
   「……、」
   漸く口を開いた恋次は、静かにあたしの名前を呼んで、
   「お前は……俺のことをどう思ってる?」
   小さく、きわめて淡々とした口調でそう訪ねてきた


   「え……?」
   突然の問いに戸惑う
   恋次のこと……?
 


   恋次は幼馴染みで……
   互いにライバルっぽくて……
   また、互いの支えにもなっていた


   そう……
   傍にいるときは、気がつかなかったけれど……
   一番……自分にとって、一番大切な存在、だった


    けれど、今は――……
   

   「アタシは……」
   答えようとして口ごもる
   この想いを伝えたとき
   今までと同じ、――さっきまでと同じ関係でいられるだろうか?
   そんな不安がよぎる
   「……ごめん、よくわからない、かも」
   結局、曖昧な答えしか返せない
   「なら……俺の……」
   ぎゅ、と強く抱きしめたまま、恋次は言いよどむ
   「俺の……傍にいるのは、嫌か?」
   「そんなこと……ない、よ」
   何故だか緊張してしまう
   いつものように素直な言葉が出てこない
   「だったら……その……」
   けれど、それは恋次も同じのようだった
   「恋次……?」
   「その……俺が傍にいたいと、そういったらどうする?」
   「えっ?」
   「いや、だから……その……
   これからもずっと、こうしてお前の傍にいたいって言ったら……」
   「……?
   あのさ、恋次……どうしたの?何か言いづらいことでもあるの?
   それでも、言いたかったら思いっきり言って良いよ?」
   はっきりしない言動と態度に見かねてそういってみると、恋次はまたも黙って、そして――




   「――――俺……が、欲しい」

   小さく、短く、
   けれどはっきりそういった



   「えっ……?」
   「俺はが好きだ。
   ずっと、傍にいて欲しいと想ってる」
   「れ、恋次……」


   どくん、と大きく鳴る心臓
   言葉が、喉につっかえて出てこない



   「なぁ、……お前は……」



   返答を求める声
   でも、それって――――




   「……恋次、
   あの……アタシで、良いの?」


   自分の気持ち、素直に言って良いって……ことなんだよね?



   「その……アタシも、恋次のことを好き……だと想う」
   「曖昧だな、お前」
   「れ、恋次こそ、人のこと棚に上げて……!
   最初に回りくどいこと言ってたのはそっちじゃない……」
   「それは……その……
   ……お前、普通に言っても冗談だとしか想わないじゃねえか」
   「ん……まぁ、良いけど。
   さっきの回りくどいのでも、不器用な恋次らしかったし、」
   「バカヤロ、不器用はどっちだ」
   いつの間にかいつもの口論に発展しかけて、
   恋次の言葉にも思わず「お互い様でしょ」と反論していた


   そうだ、これがあたし達の自然体
   飾った言葉でも、綺麗な言葉でもない
   不器用な、つぎはぎだらけの言葉で想いを伝える



   「――……なぁ、
   「……ん?」
   「今日、泊まっていっても良いか?」
   「ん……いいよ」








――――――――――――――――――――――――――
    あとがき
  お題第7弾は恋次です。
  幼馴染み+現代パラレルでしたが……
  書いてるのは結構楽しかったです。背広……似合うのか??
  まぁ、不器用といえばこの人ぐらいですしねぇ………
  楽しんでいただけたら幸いです
   2007 6 20   水無月