「んじゃ、センエツながら俺が音頭を取らせていただきまーす」
コホン、とわざとらしい咳払いをはさみ、赤也がグラスを手に取る。
「仁王先輩、お誕生日おめでとうございます!」
「おう、ありがとな」
軽くグラスをぶつけ、仁王も嬉しそうに笑みを浮かべる。
「よっしゃ、ドンドン歌ってこーぜ」
は適当につまめるものを注文して、最初に誰が歌うかを決めて、
そんな風にカラオケ大会が始まった。
「へえ。赤也は歌が上手いんだな」
「これでもちょっと自信あるんスよ」
最初に歌った赤也に、幸村が賞賛の言葉を贈る。
「次は俺が歌おう」
真田がマイクを握って、曲が流れる。
「……真田は、何を歌ってんだ?」
ジャッカルが隣のブン太にひそひそと訊ねる。
「わかんねえ……とりあえず、時代が違うってことしか……」
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「ほら、仁王ももっと歌えって。主役だろい」
「わかっとるよ。適当に入れとるって」
「柳先輩は歌わないんですか?」
「滅多にない機会だろう。一曲ぐらい歌ったらどうだ」
「……そうだな、折を見て入れておこう」
「……、」
新曲のパンフレットを眺めていると、突然名前を呼ばれた。
「仁王先輩?」
「楽しんどるか?」
「はい、とても。……仁王先輩は?」
「俺も楽しんどるよ。
たまにはこういうのもエエもんじゃの」
穏やかに微笑んで、仁王はくしゃりとの髪を撫でる。
「?」
「ああ、気にするな。
ほら、お前さんの番ぜよ」
「あ、はい」
マイクを受け取るとそのままテレビに意識が行ってしまい、会話輪途切れてしまった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、カラオケボックスから出ると夜の寒さがあたりを包み込んでいた。
「それじゃあ、俺たちはこっちだから」
「またな。仁王、」
「はい。今日はありがとうございました」
帰る方向が同じということで、は仁王に送ってもらうことになった。
「楽しかったですね」
「ああ。アイツらとああやって騒ぐことなんてなかったしの」
「そうですね。いろいろと大変だったから……」
星も少なく、静かな夜の道を二人並んで歩く。
「あの、先輩」
「何じゃ?」
「えっと……遅くなりましたけど、誕生日、おめでとうございます。
その、個人的に……」
「ん?……ああ、ありがとな」
「ただ、急だったのでプレゼント用意できてなくて……」
「ああ、気にせんでエエ。
そもそもブン太が今朝言い出したことだしな」
「そうなんですか?」
「大方、真田を遊びに連れ出す口実が欲しかったんじゃろ」
「それは……丸井先輩らしいですね」
くすり、と思わず笑みが零れた。
「ありがとな」
「え?」
「急なこととはいえ、気にかけてくれたみたいやしの」
「えっと……それは……」
ふ、と仁王は目を細めて笑う。
「……私、マネージャーになって、皆さんの手伝いをさせてもらって、本当に感謝してるんです。
もちろん、一番の恩返しは全国制覇ですけど、それ以外でも個人的にお返ししたくて」
「ホント、お前さんは律儀やの」
また突然髪を撫でられ、はわっと小さく声をあげた。
「あ、あんまり撫でないで欲しいです……そんなに綺麗じゃないし、癖もあるし……」
「そうか?綺麗やと思うぞ。触り心地もエエし」
「そう……ですか?」
言葉を返しても、気持ちがふわふわして上手く顔を見ることができない。
「……ホントに、いい子じゃな」
「えっ?」
「ああ、いや。何でもなか」
「……?」
どこか普段と違う仁王の様子に首を傾げるが、気にすんなと言われそれ以上は聞けなかった。
「……あ、私の家、こっちなんで」
「そうか……早いもんじゃの」
「そう、ですね……」
ぽつぽつと他愛のない会話を繰り返して、
けれど、結局その先へは行けなかった。
「あの、送っていただいてありがとうございました」
仕方ない、と自分のなかで気持ちを切り捨て、頭を下げる。
「それでは、失礼します」
――これで、いいんだ
寂しくないといえば嘘になるが、自分の口でお祝いの言葉も言えたのだ。
そう言い聞かせ、仁王に背を向けて歩き出す。
これで、いい。再度そう言い聞かせた時、
「――、」
名前を呼ばれ、思わず立ち止まってしまった。
足音が近づいてくるが、振り返ることができない
「そのままでエエから、俺の話、聞いてくれんか」
「……」
「……本当はな、今日もいつもみたいにさっさと帰るつもりやった。
ブン太が俺をダシにしとることくらいわかっとったしの」
少し呆れたように、でも穏やかな口調で仁王は続ける。
「けど、お前さんらも誘うって幸村が言い出してな。
……まったく、アイツにはかなわんの。
お前がくるなら、と思ってオーケーしたんじゃ」
「え……?」
「お前さんに伝えたいことがあってな。
……本当は、全国が終わった後に言うつもりやったんじゃが」
ふ、と自嘲的な微笑が聞こえた。
「あんな負けをさらして、言うに言えんくなった。情けないのう」
「そんなことないです!」
思わず、体が振り向いた。
「っ……あの……!」
仁王との距離は思っていたよりも近くて、一瞬言葉に詰まる。
「情けなくなんか、ないです。
仁王先輩が努力してたこと、知ってます。
それに、誰よりも勝ちたいと思っていたことも……」
ずっと、その背中を見ていたのだから。
仁王は驚いた顔をしていたが、やがてふ、と微笑うと、
「……ありがとな、」
の手を引いて、自分の腕の中に閉じ込めた。
「せ、んぱい……?!」
「何もせんよ。
だから、このまま話の続き、な」
「えっ、でも……」
「俺、人と正面から向かい合って本音が言えん。
だけど、お前にはちゃんと聞いて欲しい。
だから……頼む、このまま聞いてくれ」
真剣な言葉には抵抗も何か言うこともできない。
「……でな、そうやって言おうとしたことは、一度機会を逃すとなかなか次は回ってこん。
引退してから、それをつくづく実感させられた」
真剣な声と言葉を、はただ聴いている。
「……、」
少し間が空いて、もう一度名前を呼ばれる。
「これからも、こうして一緒に過ごしてくれんか」
「え……?」
「俺の傍にいて、俺の事を見とってほしい
これからずっと。卒業しても」
「先輩……」
「……好いとうよ、お前のこと」
「あ――」
頭の中が真っ白になった。
わかるのは、滅多に本音を見せないこの人が本気だということだけ。
「……返事、すぐに聞かせてくれるか?」
「あの……私……」
顔が熱くなって、上手く考えを言葉にまとめることができない。
「?」
黙り込んでしまったのが不安になったのか、仁王が腕を緩めて覗き込んでくるきた。
「……すまんの。困らせるつもりはなかったんじゃが「ち、違うんです」
思わず遮るように言葉が出た
「困ってるわけじゃなくて、その……何て言えばいいのか、わからなくて」
上手く伝えられなくても、自分の思いを誤解されたくはなかった。
「私……私も、仁王先輩のことが、好きです。
ずっと前から……好きです」
声が震えて、涙が零れそうになる。
正面から見られなくてよかった。と初めてこの体制に感謝した。
「……そうか」
しばし間が空いて、穏やかな声が降ってきた。
「その言葉が、何よりのプレゼントじゃな」
「先輩……
その……私で、いいんですか?先輩の傍にいても」
「当たり前じゃ。……お前さん以外、考えれんよ」
ぎゅ、と大事なものを扱うように、背中に腕が回って抱きしめられる。
「好いとうよ、。本当に」
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あとがき
楽しかった。カラオケに行きたすぎてカラオケネタを書いてしまった。
もうすぐ仁王アルバム発売するらしいので買います。多分。
あとはテニフェス行けるといいなー。
とりあえずおめでとう!大好きですよー。
2010 12 4 水無月