「さて、と……それじゃ、部活行って来る」
「ん、いってら――……あ、そうだ」
奇妙な出来事の発端は、のこれまた奇妙な質問
「雅治、MP3壊れてなかった?」
「壊れたっちゅうか……一回落として、イヤホンの聞こえが悪くなっとる」
「音楽が聴けないことはないんだよね?
今日ちょっと借りていいかな?」
「ああ……まあ、どっちにしろ使わんし、好きにしてええよ」
引き出しにある、と教えてやると、
「ありがと。じゃあ、行ってらっしゃい」
は笑顔で仁王を送り出し、足早に彼の部屋へ向かった
仁王雅治の彼女『』こと、本名菊丸。高校一年生。
青学菊丸の双子の姉であり、現在は仁王家に居候中
昨年、弟(英二)の試合を見に行ったことがきっかけで出会い、なんやかんやでそれなりの段階を踏んで恋人になったのだが、三年時の進路選択の際、は「どうせなら雅治と同じ学校に通いたい」と猛勉強して立海大付属工業高校に進学。さらに「県外からの通学は面倒」と言って仁王の家に行き直談判し、結果、今現在に至る。
ちなみに菊丸家の方は、
「六人もいるんだし、一人くらい外に出したって大丈夫」
と結構軽いノリであっさり承諾してくれた(英二だけはやや渋い顔をしていたが)
「えーと……あ、あった」
教えられた場所から仁王が愛用していたMP3を掘り出す。
ああ見えて几帳面なところもあるので、いつも持ち歩いていた割には傷一つ無い。
「それにしても……雅治絶対忘れてるなー」
手には専用ケースに入ったMP3と作業用の道具一式
仁王は今日は一日練習だと言っていたので、はそのまま彼の部屋で作業を始めた
丁寧にネジを外して分解し、故障している箇所を見つける
「ここかな。よーし……」
ドライバー片手には着々と作業を進める。
昔から英二が目覚ましなどを壊しては直してやっていたので、この手の作業はお手の物だ。
仁王と同じ立海大付属高校ではなく工業高校に進学したのも、そっちの方に興味があったからである
とどのつまり――は仁王と一緒にいたかったのだ
つきあい始めて二年。高校に進学し、居候を始めてから八ヶ月
そして今日は――――…………
「仁王ー、柳生ー。飯食いに行こうぜ」
午前の練習が終わると少し長めの休みが入る
中学時代のメンバーもジャッカル以外は同じ高校に上がってきているので、実際あまり変わらない
食べることが好きなブン太は高校に上がって自由度が増したためかこうやってよく誘ってくる
「たまにはええか。のう、柳生?」
「そうですね。いいでしょう」
行って来る、と他の仲間に声をかけ、部室を後にした
「……ん?」
ブン太おすすめの洋食屋があるということで少し遠出をしてみると、反対側の道に見慣れた姿を見つけた
「あれ、青学の大石じゃねえか?」
「そのようですね……隣にいるのは、菊丸君でしょうか?」
「いや、違う。あれは……」
だ。ここからだと頭が少し見えるくらいだが、それでも大切な恋人を間違えることはない
「あー、本当だ。何やってんだろな、あの二人。」
菊丸と大石は当然仲も良く、もテニスをやっていたということで三人は古い付き合いだと聞いている。
「デート、でしょうかね」
「の彼氏は仁王だろ?」
それを訊かれても困る、と仁王は視線を逸らすことで誤魔化したが、確かに二人の様子は端から見ればデートに見えなくもない。実際仲も良いし、今も楽しそうに笑いあっている。
「……昼、そこの喫茶店ですませる」
仁王はすぐ近くにあった店にさっさと入っていってしまった
「っておい、仁王!」
「仕方ありません。私たちも行きましょう」
がっくりと肩を落とすブン太を引きずるように柳生も店に入る
「――ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
窓際の席に座り、仁王はなにやら一軒の店の前で話していると大石を観察する
「おーい、仁王ー」
「……」
「ったく……のことだ。大丈夫だろ」
何がどう大丈夫なのかはわからないが、とりあえずそう言ってみるブン太
「お二人は菊丸君を通しての付き合いだと聞いていますし、この後彼も合流するのかもしれませんよ」
冷静に励ます柳生。
「……――いや、」
しかし、仁王は二人の予想外の言葉を返した
「は何をしようとしとるんかと思ってな」
「へ?」
「今朝、が俺の壊れたMP3を借りてったんよ」
「そういや、落として聞こえなくなったとか言ってたな」
「それで今度は……あの店、手芸屋なんて男連れで来る所か?」
が入っていった店は至って普通の手芸屋。もちろん自分は手芸なんて興味がないので初めて知った店だ
「確かに……ですが、大石君の趣味も手げ――」
言いかけて、柳生はコホンと咳払いをした。理由は言わずもがな。「似合わない」だ
「まあ、とりあえず浮気じゃねーってことぐらいだな。わかんのは」
適当に結論づけて、ブン太はちょうど運ばれてきた料理を食べ始めた。
「……そうじゃな」
二人もブン太に倣って食べ始める。自分たちには時間の制限があるのだ
「、ご飯」
夕方になって仁王が帰ってくると、は部屋にこもって何やら作業をしていた
カチャカチャと道具の音がするので、何か作っているのだろう
扉越しに声をかけると、やや間を置いて返事が返ってきた。
「んーすぐ行く。」
しかし、が降りてきたのはそれから10分後のことだった。
そして食事の時も、「――ごちそうさまっ」と自分の分を食べ終えるなり、さっさと自分の部屋に戻っていった
「雅治、ちゃんどうしたの?」
「俺にもわからん。今朝からあんな感じだ」
本当に、今日のはどこかおかしい
は食事の時はも楽しそうにしており、一番に降りてきて最後まで片づけを手伝っていく
そのがこの奇行とあれば……誰だって不審に思って当然だ
それからまた小一時間、は部屋にこもりっきりだった
だが声をかけてみても「忙しい」の一点張りで断られてしまう
仕方なく、咲きに風呂に入って時間をつぶすことにした
――今日は一日まともにと話していない。
の奇行が原因だが、彼女が何をしたいのかはさっぱりわからない
壊れたMP3もそうだし、何故か大石を連れて手芸屋に入り、家に帰ってもずっと部屋にこもっている
どちらかと言えばアウトドアなタイプのらしくない
それに、自分に何もいってくれないのが一番不思議で、何となく苛立たしい
こうなったら明日は一日連れ回してやろうかと考えていると、
「――雅治、お風呂?」
洗面所からの声が聞こえてきた
「あのさ、あがったら部屋に来てくれる?」
それじゃ、と足音が遠ざかっていく
一体何がなんなのか
仁王は詐欺師の名に似合わない疑問を抱きながら、足早にの部屋に向かった
「ー?」
扉をノックすると、「はーい」といつものの声
「待ってたよ、雅治」
そして、中にはいると何故かにこにこと笑顔の
「嬉しそうやな」
「ん?まぁちょっとね」
座って、とソファを叩くの隣に腰掛ける
「んで、どうしたん?」
「雅治、今日何の日か覚えてる?」
「今日?」
何かあったか…?と考えを巡らせていると、がやっぱり、と笑った
「雅治そう言うことに感心ないもんね
今日は……」
と、言いながらは手元に隠していた包みを差し出す
「誕生日だよ。雅治の
――誕生日おめでとう」
差し出された包みにはリボンがかけられていて、その上には
「……これ、」
壊れていたMP3が置いてある
「上手く直ったよ。雅治、これ気に入ってたでしょ?
驚かそうと思ってぎりぎりまで手出さないでいたの」
「誕生日、か……」
そう言えばすっかり忘れていた
「それで、こっちは今日作ったの
雅治相手に隠し通すの無理だから、こっちもぎりぎりまで手出ししなかったんだけどね」
開けて、と言われるままにリボンをほどく
「……マフラー?」
中にはスカイブルーのマフラーが入っていた
「雅治の好きな青だよ。どうかな?」
少し照れた、それでも嬉しそうなの笑顔
なんとも可愛らしいのプレゼントに、疑問も何も全部吹っ飛んで、その体をぎゅ、と抱きしめた
「ま、雅治?!」
「誕生日なんてすっかり忘れてた。
けど……ありがとな、。これ大事にする」
「う、ん……喜んでくれて嬉しい」
照れながらもそっと抱きしめ返してくれるが愛おしく、ほんのりと赤く染まった頬に軽く口付ける
「ホント、のそう言うとこ可愛くて好きじゃよ」
「わ、私も……雅治のこと、好き」
がそんなことをいうもんだからますます可愛くて、仁王はたまらず不意打ちで唇を奪った
おまけ
「なあ、」
「ん?」
「どうして今日大石と一緒やったん?」
「何でそれを?!」
「昼休みにたまたま見かけた」
「……背丈が、同じくらいじゃない」
「え?」
「雅治と大石くん、背丈が同じくらいだから、マフラーの長さみるのにつきあってもらったの」
「あー、なるほど」
「もしかして、浮気だと思った?」
そう訊ねるはどこか楽しそうだ
「大石ではありえんと思っとった」
「それは……喜んで良いのかな?」
「のこと、信じとるんよ?
まあでも……」
ふ、と耳に息がかかる距離でささやく
「他の男と二人で出かけとったのは事実やから、明日は一日俺と一緒な」
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あとがき
うおー遅れた!!けど誕生日おめでとう仁王!
なんとなくやってしまった兄弟設定OTL。でも菊丸は出てこないと言う
実際は青学で仁王と同じ身長のキャラ探したら大石がピッタリで、でも直で兄弟にはしたくなかったし兄弟の多い菊丸の所に入れた方が自然かなーと思いこんな設定に。
ちなみに、ジャッカルはヒロインと同じ工業高校に行ってるという裏設定。
だってそれっぽいし。
2008 12 6 水無月