「、ちょっとええか?」
放課後のテニスコートにやってきたのは、引退した仁王先輩だった
「何ですか?」
「部活終わった後時間あるか?」
「? ありますけど」
「じゃあ一緒に帰らんか?来て欲しい所があるんじゃ」
「わかりました。――あ、もうじき終わりですけど、良ければ見学していってください」
では、と微笑み、はコートの方へ戻っていく
くせっけのある小麦色のポニーテールを、見えなくなるまで仁王は見送っていた
「お待たせしました」
西の空が茜に染まる、というのは誰が言い出したか知らないが、何故か陰鬱な感じがする
そんなことを思考回路の片隅で考えながら、は校門に立つ仁王の元へ歩み寄る
「おう、おつかれさん。――ほれ」
ぽん、と手渡されたのは、少しだけぬるくなった缶コーヒー
「どもです」
「そんじゃ、行くかの」
冷たい風が背を押し、二人並んで学校を後にする
「何処に行くんですか?」
「いや、特に決めとらんよ」
「一緒に来て欲しい所があるって言ってませんでした?」
「そうやけど」
「場所、決めてないのに誘ったんですか?」
「歩きながら決めるよ。ただ、と一緒におりたかっただけ」
「私……ですか?」
「そ。――ところで、今日俺の誕生日なん知っとる?」
は一瞬きょとんとして、
「あー、そういえば。
たった今思い出しました」
悪びれずそういった
「そうやと思った」
くく、と笑みをもらし、仁王もさして気にしていない様子で話を続ける
「ま、そういうワケやから自分の祝いにと思ってな」
「でも先輩、どうして私と?
失礼ですけど、先輩なら一緒に行ってくれる女の子いくらでもいるんじゃないですか?」
「言ったろ、と一緒におりたかっただけって」
「よくわかんないですけど……あ、とりあえず言っときますね。誕生日おめでとござます」
つけたしただけの祝言に、軽いな、と仁王は微笑って言葉を返した
「――な、」
不意に仁王が立ち止まる
「何ですか?」
「あの店、入らん?」
その視線の先には、いかにも古そうな日本家屋の店
「何買うんですか?」
「コレ」
言って、仁王は後ろ髪――正確にはそれを束ねている紐を、指でトントンと示す
「このお店で買ってたんですか?」
「いや、適当。ただ、毎年誕生日に変えとるんよ」
「へー。そうだったんですか」
そんなやりとりをしながら、二人は色とりどりの反物が並ぶ店内を見て回る
「先輩、今年はどんなのにするんですか?」
「そうやの……、決めてくれるか?」
「私が?」
「の好きな色でええよ。それも一つの記念になるしな」
「それじゃあ……」
幾種類もの色が並ぶ商品棚を見つめ、は暫し考え込む
「……この色、がいいと思います」
薄い空色の紐を手に取り、見えるように掲げる
「いい色じゃな」
微笑み、の手から紐を受け取る
「ちょっと待っとりんしゃい。会計すませてくる」
「外で待ってますね」
仁王が頷いたのを確認し、は店を出る
「はうー……寒いなぁ」
手を擦り合わせ、白い息を吐く
出会いはいつだったかな
ぼんやりとそんなことを思い出してみる
確か、兄につれられ、見学に来たのが初めてだったかな
運動は好きだけど、立海大のレベルにはついていけないや
だから勉強の方を頑張ってみるよ
そう言って、後方支援――マネージャーになったのが1年の初夏。
それから半年、一年、また半年たって……
「――?」
ポン、と肩をたたかれて我に返る
「どうかしたか?」
「いえ、ちょっと考え事してただけです」
「そうか。寒いからな、気分悪くなったら言いんしゃい」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑み、は素直に礼を言った
何だかんだ言っても優しく支えてくれたこの先輩を、心から慕った
引退の時は寂しかったけど、それでも
いつか、――否、この人が卒業して、別れるときには、
心からの笑顔で送ってあげたいと思った
「仁王先輩、公園、寄っていきませんか?」
「ええよ」
日が落ち、誰もいなくなった公園に入る
「星が綺麗ですね」
「今日は晴れとるからな」
ベンチに腰掛け、二人で星を見上げる
「……先輩、」
一時沈黙が流れて、不意にが口を開く
「お話ししたいことがあります」
「……何じゃ?」
「先輩は、このまま付属高校にあがるんですよね?」
「そのつもりやけど」
「私……留学することになったんです」
うつむきがちに、どこか寂しげに、は告げる
「こないだの論文が認められて、イギリスの学校から手紙が来たんです」
「すごいのう」
「いろいろと考えたんですけど……私、自分の夢あきらめたくないんです。
だから、行くことにしました」
「そうか……」
呟くように言葉を返し、仁王は唐突にの頭を撫でた
「わっ――何するんですか?!」
「がんばりんしゃい。応援しとるから」
その言葉に、仁王なりの励ましなんだなとは気づく
「……はい!」
心からの笑顔で、は答えた
「――、手、出しんしゃい」
何の前触れもなく、仁王は言った
「? はい」
言われるまま、は右手のひらを差し出す
「ほれ」
手に乗せられたのは、淡い色合いの綺麗な紐
「これは……?」
「さっき一緒に買ってきた。俺の好きな色やけど……気にいらんか?」
「そんなことないです。綺麗」
は顔を綻ばせる
「今つけても良いですか?」
「ええよ」
髪を一房取り、は紐を通す
「あれ……?上手くできない」
困ったように手先を動かすの手から、そっと紐をとる
「コツがあるんじゃよ」
腕の中にの頭を抱え込み、仁王は小麦色の髪を紐で束ねる
「こうやって……な」
きゅ、と紐を蝶々結びにし、軽く手櫛で梳いてやる
「わ。上手ー……
ありがとうございます」
腕の中から見上げ、は礼を言う
「……」
その表情がたまらなく愛しくて、
長い間同じ時を過ごせないと思うと切なくて、
「――せん、ぱい?」
自分よりも小柄で華奢なその身体を、
壊れ物を扱うかのように抱きしめた
「先輩……?どうしたんですか……?」
「な、……ひとつだけええか?」
「……?」
「俺、のこと好いとうよ」
「先輩……」
「今更こんなこと言うのは卑怯だろうけど、もう抑えられないんじゃ」
ぎゅ、と抱きしめる腕に力がこもる
「本当はな、が留学すること聞いとったんよ」
「……兄さん、ですか」
軽く頷く
「が行ってしまう前にちゃんと言いたかったんじゃ。
けど、なかなか忙しくて会えなんだ」
「そりゃあ……3年生ですし」
「そうじゃな。
だから……、一つだけ頼んでええか」
「?」
「この髪留め、持っていてくれ」
「……了解、です」
さらりと紐で束ねた髪を撫で、答える
「出発はいつ頃じゃ?」
「年が明けたらです」
「そうか……寂しくなるの」
「今更、ですよ」
「そうじゃな……」
「手紙、出しますね」
「おう」
「……帰ってきたら、一番に会いに行きます」
「待っとるよ」
「先輩――」
――――――好きです
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あとがき
仁王君BDおめでとー
私的書きにくいキャラベスト5に入ります。方言ぐはぁ(謎
結びがあやふやになってしまったZE☆
紐の話は……勝手に考えました。
ゴムとかじゃなくて紐なのは私的こだわり。
だってそっちの方がかっこいいから。うん。
仁王君の好きな色はわかんないので伏せましたorz
2007 12 5 水無月