図書館とメディア良化委員会の対立が激しくなり、検閲・抗争が続く動乱の時代。
事件は、いつどんなところで起こってもおかしくなかった。




「おかえり。訓練どうだった?」
「あー……うん、まあ……」
特殊部隊の訓練から戻ってきた郁は、しばし疲れたような、不満げなような表情をしていた。

聞くところによると特殊部隊恒例のドッキリに真正面から引っかかったらしい。
――ついた二つ名は彼女の名誉のために黙っておく。

「とにかくお疲れ様。脱落しなかっただけでもたいしたものだと思うよ。」
の労いの言葉に、郁はありがと。と笑顔を浮かべる。少しは元気が戻ったようだ。
「次からまた別の訓練なんだっけ?」
「うん。館内業務とかいろいろ。そっちは?」
「近いうちにセミナーとか業務部のイベントでの手伝い兼警備の仕事が入る予定。」
「実践訓練かー。近頃なんか物騒だし気をつけてね。」
「ありがと。まあ訓練もしっかりやってるし、そんなに不安はないよ。」
何だかんだで入隊して二ヶ月。地道だが密度の濃い訓練は確実に自分の身についている……と思う。
「それじゃ、お互いまた頑張りますか。」
「ん、そだね。」





そんな励まし合いをした日から数日。
何故か郁の顔に急激にニキビが増え始めた頃、件のイベントでの警備業務が回ってきた。
そこそこ大規模な講演会で、応募者は予想を上回り、会場を警備する新人たちは皆緊張の色をにじませていた。

「すごい人……大丈夫かな、あたしたち。」
一人の女子隊員がそんなことを呟く。と、ミーティングを終えた上官が戻ってきた。
「特殊部隊から増援が来てくれるそうだ。」
その言葉に、隊員たちの表情にやや活気が戻る。
「だが気を抜くな。一点でも穴があれば相手は確実にそこを突いてくる。――以上、持ち場に着け!」
はい!と返事をかえして各々指示された場所に着く。

イベント開始まで半刻。同じ持ち場に着いた隊員と装備品のチェックをしていると、駆け寄ってくる足音がした。
「遅くなってすまない。特殊部隊からの増援だ。」
一泊呼吸を置いて声をかけてきたのは――堂上だった。
「堂上……二正。」
は呆然と彼を見つめて、それから慌てて敬礼した。
「正門エリア担当、です。よろしくお願いします。」
そこから決められた通りのやり取りをこなして、配置の確認を終える。

。」
イベント開始まで十五分。それとなく周囲を観察していたに、不意に堂上が話しかけてきた。
「調子はどうだ。」
「問題ありません。」
「ならいいが、無茶はするなよ。危ないと感じたら下がるんだ。」
同じ訓練を受け、同じ装備に身を包んでいても、女性のほうが弱く見られる――狙われやすい。
訓練時にもそういった話は聞いていたので、は真っ直ぐに頷く。
「はい。……堂上二正。」
凛とした表情に、いい顔だ。と堂上も真っ直ぐ頷き返した。




会場はほぼ満員の状態になり、新たに館長代理として就任した鳥羽の挨拶から始まった。
図書館の自由法についてのくだりやら現状の図書館を取り巻く趨勢などの話が続き、会場内は取り立てて騒ぎもなく落ち着いていた。
「…………」
いつでも行動に移れる姿勢のまま、はそれとなく周囲を見回している。
「異常はないか。」
訊ねてきたのは堂上だった。は小さく首を振り、
「……特に不審な点は、何も。ただ……心なしか、人通りが少ないような。」
やや間をおいてから答えた。
堂上はそうか、と呟いてと同じように周囲を観察する。
「……一つお訊ねしてもよろしいでしょうか。」
「何だ?」
「何故、特殊部隊の増援がこちらに?」
の知る限り、新人の実践訓練のようなイベント業務で特殊部隊の増援などありえない。
特殊部隊の方の訓練も兼ねているのかと思ったが、他の研修の日取りを考えると非効率的だ。
の質問は暗に、「この会場の外で何が起きているのかを」訊ねていた。
「…………」
堂上はすぐに答えなかった。少し眉根を寄せたしかめ面をは静かに見据える。
それから二、三分か。それとも十分以上か。先に折れたのは堂上だった。
「まったく……」
小さなため息を一つ。堂上は顔を寄せて声を潜める。
「数日前から良化隊かもしくは支援団体らしきヤツらがこのあたりを動き回っているとの情報が入っている。」
「狙いは今日のイベントですか。」
「確定はできん。だが十分に想定出来る状況だ。」
「良化隊の襲撃……」
堂上の答えにの表情がわずかに変化する。
それを知ってか知らずか。ポン、と励ますように軽く肩が叩かれた。
「来るとしたらゲリラ戦になる。そっちは俺達の領分だ。
お前達は自分のやるべきことをしっかりとやってくれ。そうすれば俺達も安心して戦える。」
冷静で──だが、その奥に強い意志を秘めた眼差し。
「了解です。堂上二正。」
頷いて返した言葉には、わずかに私情が含まれていた。


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 あとがき
続きます。
上手くまとまらない。どこでくっつけようかなー。危機の痴漢の話が好きなのでその辺とか。
てかもう普通の連載になってる。

 2013 4 30  水無月