訓練や研修なども回数を重ね、図書隊の職務に慣れ始めてきたと感じるようになる頃。とある人事が隊内で話題になった。
図書隊史上初の女性隊員の図書特殊部隊入り。しかも入隊初年度の抜擢だということで、至る所から注目を集めた。
「話聞いたよ。すごいね。」
訓練の合間には話しかける。話題の当人──郁は、「あー、うん。」とどこかばつの悪そうな反応だ。
格闘の訓練を始め、いくつかの訓練で組み合うことが増えた郁とは気安く話しかけられる程度の間柄になっている。
「嬉しくないの?」
「うーん……実感がないというか、どうしてアタシが選ばれたのかイマイチわかんなくって……」
言いながら郁はちらりと指導教官である堂上を盗み見ている。
実施研修の時に堂上にけがをさせかけたとか何とか──噂好きの知人から聞いた話だ。
「まあ何かしら選抜された理由はあると思うよ。実際訓練の成績はすごいんだから、今はそのあたりで結論つけておいていいんじゃない?ちょっと毛色の変わった組織だし、深く考えても仕方ないでしょう。」
「そんなもんかなあ……」
ぶつぶつと郁が呟いている間に訓練再開の声がかかる。
「追求したいのなら止めないけれど。」
にべもなくそう言って立ち上がると、郁は慌てて走ってきた。
一般隊員の訓練期間が終わった後、特殊部隊ではさらに1ヶ月の訓練があるということで、郁と、もう一人の特殊部隊新人である手塚という隊員を連れて特殊部隊はどこぞの訓練施設へ出ていった。
手塚の方はも名前を聞いたことがある程度だったが、真面目なエリートということで特殊部隊入りはさほど驚かれず、結果、同期たちの話題はもっぱら郁の方に集まった。
「ここ、いいかしら?」
一人で昼食を取っていたは、聞き覚えのある声に顔を上げる。
「どうぞ。」
小さく頷いてみせると、相手は「ありがと。」と微笑んで向かいに座った。
「そっちはどう?」
「そうねえ……なーんとなく部屋が広く感じるかな。あいつがムダにでかいから。」
からかい混じりの言葉で答えたのは、郁のルームメイトである柴崎麻子だ。
「で、そっちは?」
「何にもないかな。彼女がいなくて、予想してたより静かすぎるくらい。」
「いろいろとすごいわよね、あいつ。」
柴崎の言にも小さく笑う。
「柴崎はどう思ってる?」
あえて題目は口に出さずは訊ねた。
「さあ?そこまで興味ないのよね。」
『情報屋』としてあらゆる話題に首をつっこんでいる柴崎にしては珍しい答えだ。
「これがどこか読めないところがあってブラックな感じのするやつなら追ってみたいところだけど。どうみても笠原にはそんなもの感じないでしょ?」
「それは……そうね。」
「事実運動神経はずば抜けてるし、特殊部隊に女性の視座が必要って意見は前からあったようだから、その辺で選ばれたんじゃないの?」
「なるほどね。」
頷くと、こちらを見る柴崎の瞳の色が少し変わった。
「ふーん……他のヤツには興味なくても、笠原は気になるみたいね。」
「まあ、赤の他人というわけでもないから。」
微妙に視線をそらしながら、残ったお茶を流し込む。
柴崎とは郁を通じて知りあった。信用していないわけではないが、自分のことを知られるのは気が引けた。
「それじゃあ、私はお先に。」
「ま、笠原が帰ってきたら食事にでも行きましょ?」
トレイを持って立ち上がったの背中を、柴崎は含みのある笑みで見送った。
しん、と夜の静けさが広がる。夜の武道場は相変わらず静かだ。
月明かりが差し込む畳の上に、はそっと腰を下ろす。
そう言えば、ここで堂上教官と話をしたんだっけ。
あれからもう2ヶ月近くになる。
個人的に話をしたのは初めてだったと思うが、の方は堂上のことを前から知っていた。
──正しくは、見ていた。というべきか。
小柄だが、強い意志を感じさせる背中。
それと、時折見せるどこか後悔を押し殺したような表情。
他の隊員にはないソレに、ふと興味がわいた。
何があっても冷静に対処できる、真面目な人。
そんな第一印象は次第に変わっていった。
時折見せる仕草や言葉にはいろんな表情が見え隠れしていて──本当は、どんな人なのだろう?
興味は、見えない胸の内でわずかに変化しつつあった。
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あとがき
柴崎が好きなので出しました。
2013 2 4 水無月