「あれ?陛下と村神だけ?」
放課後になり、部室の扉を開けて武巳は思わず口にする。
しばらく教室で沖本たちと喋っていたので、てっきり自分が最後なのだと思っていた。
「ああ。……その様子だと、近藤も女子に呼ばれたクチか?」
俊也が手持ち無沙汰に開いていた本から武巳へと視線を移す。
空目はちらりとも視線をよこさず、またなにやら怪しげな本に目を落としている。
「ってことは、陛下と村神も稜子に呼ばれてきたのか?」
「いや、俺と空目はに呼ばれたんだ。
昨夜帰ったこなかったと思ったら、朝一にメールでな」
親同士が古い友人ということで、は俊也の家に居候している。
なので大抵登下校は一緒なのだが、どうやら昨晩は誰かの家に泊まっていたらしい。
「『放課後恭一と一緒に部室に残っていること。帰ったらシバく』だってよ……
何考えてんだかアイツは……」
携帯を取り出し、メールを武巳に見せる。
俊也と一緒に空手の修行を受けていたは文芸部の女子の中では間違いなく一番強い。
この二人が組んだらかなうものはそれこそ例の黒服ぐらいしか思いつかない。
「うわーおっかねぇ……それで二人ともここで待ってるわけか、
……ん?」
鞄を下ろし、いつもの位置に腰を下ろそうとしてふと違和感に気づく。
「なんか足りないような……?んー……「あやめか?」
それを、今まで黙っていた空目が的確に突いた。
「ああ、それだ!……って、あやめちゃんまでいないのか?」
どれだけ注意深く部屋を見回しても、あやめの姿は見当たらない。
特異な存在の少女だが、意識すればちゃんと見えるはずなのだ。
「昨日が連れて行った」
「つーことはマジで女の子全員いないのか?」
それはそれでいろいろと不安もよぎる。
なにせあやめを含む四人全員が多かれ少なかれ”ワケありだ”
「大丈夫だろう。とあやめがいれば『異界』にかかわってもある程度対処は出来る。
頭の切れる木戸野もいる。何かあったら連絡がくるはずだ」
「……それもそうだよな。心配ないかー」
と、顔を上げると、何故か我関せずと本に視線を落とす二人。
「それはそれで、酷いんじゃない?」
そして、背後から聞こえる声。
「そうだよ。少しくらい心配してくれても良いのに」
「この面子にそれを期待するのもどうかと思うけど」
声に反応して振り向くと、をはじめとする噂の女子一同。
「い、いつからそこに?」
「ついさっき来たところ。
恭一と俊也は気づいてたよ」
ね?とが視線をよこすと二人とも無言で視線を返す。
幼馴染同士の間で使われる肯定のサインだ。
「教えてくれても良いじゃないか!」
「ま、教えてても同罪確定ね。女の子の心配しないなんて」
「……だ、そうだからな」
肩をすくめ、俊也と空目は読んでいた本を閉じる。
「わかってるあたりタチ悪いわよね。あんたたち」
「まあ良いじゃないちゃん。それより早く出そうよ」
「一応これが目的でしょうが」
稜子と亜紀がを促し、女性陣はなにやらこぎれいな紙袋を取り出した。
「なんだこれ?」
「鈍いというか、なんというか……」
「武巳クン、今日何の日か知ってる?」
「今日って……」
稜子に問いかけられ、武巳は一瞬普通に考えようとして、
「あっ、バレンタインか!」
すぐに思い出し、ポン、と手をたたいた。
「そういうこと。んで……」
「私たち女の子からバレンタインの贈り物でーす」
紙袋の中から丁寧にラッピングされた籠が出てくる。
中には色も形もさまざまなかわいらしいお菓子が詰まっていた。
「すっげぇ!」
「へぇ……」
籠の中を見て、武巳と俊也は感心したように言葉を漏らす。
「……」
「反論は聞きません。せっかくの贈り物なんだから、ありがたく受け取っておきなさい。
私はともかく、稜子たちの気持ち踏みにじる気?」
「……」
口を開きかけた空目に、はぴしゃりと言い放った。
「まあ、とにもかくにもそういうこと。
せっかくだし、日ごろの感謝の気持ちということで」
「昨日亜紀ちゃんちに泊り込んで作ったんだよー」
「なるほどな、そういうことか」
「楽しかったよね、あやめ」
「あ、はい……えっと……楽しかったです」
の傍らで成り行きを見守っていたあやめも、そういって照れたようにはにかんだ。
「というわけで、プチティーパーティでもしますか。
亜紀ん家にあったの拝借してきたし」
「拝借って……家主がいるでしょうが」
「気にしないの。
恭一はストレートで俊也がレモンで……っと」
呆気に取られている男性陣をよそに、女子たちはてきぱきとティーセットの用意を進めていく。
亜紀はお湯の用意をしにいって、稜子がラッピングされた籠を開いていく。
とあやめがカップとポットの用意をして、あっという間に無骨な机の上に紅茶とお菓子が用意された。
「ま、こんなものかな」
「うっわー!すっげぇ!
ありがとう稜子、木戸野、にあやめちゃんも」
「どういたしまして」
「それじゃ、どうぞ召し上がれ。ほら、恭一も」
「……ああ」
三者三様の反応で、広げられた菓子に手を伸ばす。
「ん、うまい!」
一番に声を上げたのは武巳だった。
「ああ、美味いな。
これ作ったのか」
「あたりー。さすが俊也」
「でもみんなうまいよ」
「ありがと、武巳クン」
「ま、そういわれると作った甲斐もあるね」
亜紀も紅茶を啜りながら微笑む。
「あの……」
あやめはひときわ小さなクッキーを手にした空目をおずおずと見上げ、口を開く。
「……悪くはない」
空目はクッキーを口に放り込んで、小さく頷く。
「楽しかったのか?」
「は、はい」
「……そうか」
空目はカップに注がれた紅茶に口をつける。
その傍らに、いつものようにあやめがちょこんと座った。
「……一応、帰ってこなくて心配したんだからな」
「ゴメンって。どうせならびっくりさせたかったし」
「まぁ……サンキュ」
その日の文芸部室からは、古い紙の香りに混じって甘い香りが漂っていた。
「あー、美味しかった」
俊也と二人で帰り道を歩く。
『女子からのバレンタインの贈り物』という名目で開かれたプチティーパーティは好評で、は上機嫌だった。
「言い出したのはお前だろ、」
「まーね。亜紀とあやめを調達してくるのが一番大変だった」
あやめは文字通り世間離れしているし、亜紀もそういった俗物的なイベントを好まない。
「まあ、あやめは『女の子』を盾に取れば何とかなったけど、亜紀はホント説得が大変だった」
「そこまでするようなイベントでもないだろうが」
「女の子は気持ちを形にして表したいものなの。
バレンタインってそれが堂々と出来る日なんだから、頑張りもするわよ」
二人並んで境内へと続く階段を一段ずつ上っていく。
西から差し込む夕日で、境内は赤く染め上げられていた。
「それにね、俊也」
は不意に立ち止まると、
「私さ、こんな性格だからこうでもしないとちゃんと言葉に出来ないし……」
そういって鞄から小さな包みを取り出した。
「一応、別に用意しておいたんだけど……」
「あ、ああ……」
「えっと……いつもありがとう、俊也。……す、好きだよ」
かあ、と顔が赤くなるのを感じる。
逆光で俊也の表情はよくわからないが、多分同じように赤くなってると思う。
「こんなのでも、俊也の彼女だし……さ
ちゃんと伝えたくて……「」
言葉を遮って、俊也はの細い体躯を抱きしめる。
「と、しや?」
突然抱きしめられて戸惑いつつも、俊也の温かさに心がほっとする。
「なんつーか……いろいろ言いたいことはあるけど、」
ぎゅ、と胸に顔を押し付けられて、何も見えない。
「……今のが、どうしようもないくらい可愛い」
それから小さく、照れ隠しのように「ありがとな、」と付け加えられる。
背中に回された俊也の腕は熱っぽく感じられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
な ん じ ゃ こ り ゃ !!
バレンタインで俊也with文芸部ですww
俊也とラブラブしたかった。それだけ。
文芸部でプチパーティしたいなーという願望から生まれた作品です。
前半は書いててすごく楽しかった。
どうでもいいけど作業用BGMはミクのワールドイズマイン
それから誰が何を作ったかという補足
稜子→クッキー。可愛いな形に作るのうまそう。
亜紀→チョコ。デリケートな作業に適任だと思う。
→プチマフィン。あと紅茶のチョイス。
あやめ→と稜子の手伝い。手がちっちゃそうだからクッキーもちっちゃくなった。
あと文芸部の面子はどんな紅茶を飲むか予想してみる。
空目→ストレート。絶対砂糖もミルクも入れなそう。
俊也→レモン。砂糖は入れないと思う。
武巳→砂糖もミルクも適当に入れる
亜紀→レモンで砂糖を入れる
稜子→ミルク。砂糖大目。
あやめ→飲むかどうかわからないけど飲むんなら稜子と同じ感じ。
そんなことを考えながらかいてました。ってかあとがき長っ!
2010 2 15 水無月