「マイルズ少佐―」
気だるげな声が後方から聞こえる。
振り向くと、極寒の地ではいささか目立つ真紅の髪の毛が目に入った。
「何だ……ってオイ、」
同時に、立ち止まった瞬間、何かが背中にぶつかる。
「何してんだ……
もぞり、と何かが動いて、「あ、」という声が上がる。
「何で止まらねえんだ」
「すみません」
はそういうと、まったく悪びれた様子も無く、
「止まると思いませんでした」
そう付け加えた。
「お前が呼び止めたんだろうが」
「止まってくださいなんて言ってませんよ」
「呼ばれたら止まるだろうが。普通」
「んー、まあそうですけど」
は小首を傾げて何か考えるような仕草をする。
重力に逆らって天を向いている一房の髪の毛が、動きに合わせてぴょこん、と揺れる。
「ぶっちゃけたいした用事じゃないんで、歩きながらでいっかなー、と」
大方そんなところだろうとは思っていた。
仕方なく歩き出して、マイルズは小さくため息をつく。
「……で?」
「はい?」
「用事は何だって聞いてんだ」
「あ、はい。ちょっと射撃の訓練付き合ってほしいんです」
「……あ?」
思わず立ち止まると、また背中にがぶつかった。
「……」
無言で睨むと、は臆することなく睨み返してきた。
「今のは急に止まった少佐が悪い」
こいつは上官を敬う気があるのか
また内心でため息をついて、歩き出す。
「で、何で射撃の訓練なんだ」
「いや、暇なんで」
「“暇なんで”で上官呼び出すヤツはお前ぐらいだ」
「いいじゃないですか。暇そうですし」
「……」
「?」
本気で睨んだのだが、これで臆するようならこいつはここにいないだろう。
何せ射撃の腕一つで女ながらにここまでのし上がって来たのだ。
その分、覚悟と肝っ玉は、同じ年頃・階級の奴らとは比べ物にならないほど据わっている。
「……射撃の訓練なら一人でもできるだろうが。
今更誰かに見てもらうレベルでもねえだろ、お前は」
「だから相手が欲しいんですよ」
「?」
言っている意味がわからず、視線で問い返す。
「実戦形式の対人訓練がしたいんです。
昨日ので外もいい感じに積もってますし」
さらり、とこいつはとんでもないことを言ってのけた
「……
「はい?」
「そんな暇があるなら武器の手入れでもしてろ」
「嫌です」
即答しやがった
天を向いている髪が怒りを表すようにピン、と伸びる。
「それもう五回目です。
仕事があるだの武器の手入れだの……
みんな何かと理由つけて逃げてくんですよ?!」
それは当然だろう。
はこのブリッグズでも1,2位を争う射撃の腕の持ち主なのだ。
加えてあのアームストロング少将を「オリヴィエ姉様」と慕っている。
いざ戦闘となれば、たとえ訓練でも、仲間相手でも絶対容赦はしないだろう。
つまり、明日立っていられる保証は無いのだ。
「第一、外ってどこでやるつもりだ」
「適度に雪が積もってればどこでもいいですけど……
あ、徒歩嫌なんで車出してください」
「いつ行くっつった」
「あと少佐くらいしか残ってないんです。
少佐もたまには訓練したほうがいいですよ」
「余計なお世話だ」
触覚状の髪を引っ張ってやる。
は不意を疲れて前のめりによろけた。
「ったぁ……!」
髪を離してやると、根元を押さえながら涙目で睨んでくる。
「人の髪の毛引っ張るのやめてください!」
「だったら余計なこと言うな」
「だって本当のこと……ってだから引っ張らないでー!!」
また離してやると、髪の毛が少しへたれてきた。
この部分だけ別の生き物ではないのかと思うが、あえて深くは考えない。
「うう……少佐までイジメてくる−……」
「イジメてねえだろうが」
「じゃあ付き合ってくださいよ」
はあ、と知らずため息が零れる。
の諦めの悪さは折り紙つきだ。
前に一度だけ、あのアームストロング少将をも閉口させたこともある。
「……仕方ねえやつだ」
「え?いいんですか?」
「ああ、付き合ってやる」
「わーい」
嬉しいのかそうでもないのかよくわからないテンションで喜びを表現された。
「ま、そのうちな」
「今じゃないんですか」
「中央軍との演習の準備がある。
それが終わったら適当に付き合ってやるから我慢してろ」
「ええー……」
本当にコイツは上官を敬う気が無い。
「あと移動は徒歩だ」
「徒歩嫌です」
「お前らが歩くこと渋ってんじゃねえよ」
「私はいつかオリヴィエ姉様みたいにかっこよく戦車で駆け回るんです」
「だったら今のうちに歩いとけ」
「ぶー」
はしばしむくれ顔だったが、
「……仕方ないなあ。でも約束しましたからね。ちゃんと付き合ってくださいよ」
納得したのか、そういい残すと私室へと帰っていった。
「ったく……とんだじゃじゃ馬だな」
少将の部屋へと歩を進めながら、またため息をこぼす。



どうやってこの約束を無効にするか、が当面の案件となりそうだ。






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あとがき
前置き。ハロウィン関係ないね!
以前友人に頼まれて即興で仕上げたマイルズさん。を、ちょっと加筆修正しました。
即興の割にはこのヒロイン気に入ってます。
一回やりたかった。触覚。
 2010 10 31  水無月