「ニール、ライル、起きてるー?」
コンコン、と儀礼上ドアをノックして、は家の中に入る
勝手知ったる他人の家、とはよくいったもの
は迷うことなくキッチンへ向かい、持参したエプロンを身につけた
「……よお、
ほどなくしてニールが降りてくる
まだ少し眠そうだ
「おはよ、ニール。
もうすぐ出来るから、顔洗ってきなよ」
「ああ、悪いな」
洗面所に向かうニールの背中を目で追いながら、スープのできを確かめる
「ん、美味しい」
火を止めて蓋をし、トースターにパンを三枚入れる。
と、やや忙しない足音が響いてきた
「おはよう、ライル」
ネクタイとコートと鞄を抱え、ライルがリビングに駆け込んでくる
「おう、
「ご飯もう出来てるから、顔だけでも洗って来なよ」
「ああ」
ライルはネクタイを締めながら洗面所に向かった
それと入れ替わるようにニールが戻ってくる
「ライルの奴、朝から騒がしいな」
「昨夜も徹夜だったんじゃない?」
くすくすと笑って、はパンとスープをテーブルに並べる
「はい、どうぞ」
「悪いないつも」
「いいよ。好きでやってるんだし。
それにご飯一人分作るのって結構面倒だから、こっちの方がありがたいくらい」
話しながら紅茶のポットを真ん中に置いて、もテーブルに着いた
「お、美味そうだな」
直後、ライルも戻ってきて椅子に座る
朝のニュースをBGMに、他愛のない話をしながら、手製の朝食を食べる
「あ、ねえ二人とも」
と、不意にが切り出した
「今晩何か用事ある?」
「俺はいつも通りだな」
「俺は……少し遅くなるかもしれない」
「そっか……」
「どうかしたのか?」
「んー、ちょっとね。
じゃあさ、出来るだけ早く帰ってきてくれないかな?」
「「?」」
ニールとライルは顔を見合わせるが、とりわけ断る理由もないので頷く
「わかった。なるべく早く帰るようにする」
「ところで、はどうなんだ?」
「私?私は休みだよ。
だから夕飯作って、二人が帰ってくるの待ってる」
ね、と可愛く微笑まれたら、惚れた手前、何があっても断れない
「はい、これお弁当
気をつけて行ってらっしゃい」
笑顔で見送るに礼を言って、二人はそれぞれの職場に向かった








その夜――――
「ただいまー……っと」
やや急ぎ足で帰宅したライルは、まっすぐにリビングへ向かう
、」
「あ、ライル。おかえり」
エプロン姿で出迎えてくれたは、調理の手を止めてライルのコートと鞄を預かった。
「お疲れさま」
「いい匂いがするな」
「でしょ?腕によりをかけて作ってるから。」
期待しててよね、とはキッチンに戻っていった
その後ろ姿をぼんやりと眺め、ライルはふ、と思わず笑みを零す

新婚生活って、こんなもんなのかねえ――

ニールの帰りを待ちながら料理を作るの背中は、何というか、微笑ましい
考えてみると、最近が食事を作りに来ることが多くなった気がする
寝るときと仕事に行っているとき以外は殆ど来ているし、土日は泊まることもある
自分がいなければ新婚生活そのものだろうが――それを言ったらいろいろとややこしいことになるし、自分もこうして二人の新婚ぶりを見るのが楽しみになってきているので口には出さないでおく




「――ん?」
の背中からテレビへと視線を移すと、ポケットの携帯が鳴りだした
「兄さんか?」
メールを開くと、短い文章と絵文字が一つ
目を通し、携帯をしまって、ライルはのいるキッチンへ顔を出す
「なあ、
「なに?」
「兄さんが帰ってくるまで待つのか?」
「そのつもりだけど……どうかしたの?」
「兄さんからメール。
やっぱり遅くなりそうだから先に食べててくれってさ」
「……そう」
は一瞬哀しげに目を伏せて、うん、と頷いた
「それじゃあ……先に食べちゃおうか」
「いいのか?」
「仕方ないよ。忙しい時期だもん
家に仕事を持ち込みたくない、ってニールいつも言ってるじゃない」
そういっては食器を用意し始める
その背中は明らかに寂しげだった





「おまちどおさま、ライル」
「お、今日はヤケに気合いはいってるんだな」
「まあね」
嬉しそうに、くすぐったそうには微笑う
テーブルに並ぶ料理は明らかに普段より豪華だった
「今日は特別な日だからね。――はい、これ」
は食器棚の奥からワイングラスを二つ、テーブルに並べた
続いて、紙に包まれた瓶を取り出す
札に書かれた銘柄を見て、ライルは目を丸くした
「お前、これ随分高いヤツじゃないのか?」
「クリスマスの時にみんなで飲もうと思ってたんだよ
けど、ニールがいなくて鍋になったから取っておいたの」
「正月にみんなで集まったときに飲めば良かったんじゃないのか?」
「こういうお酒だから、ニールとライルと私だけで飲みたいんだよ」
ポン、と軽い音がしてコルク栓が抜ける
「はい、どうぞ」
「ああ」
ワイングラスに琥珀色の液体が注がれる
自分のにも注いで、はライルの向かいに座った
「それじゃあ……二人だけど乾杯しようか」
「……そういや、何の日なんだ?」
は掲げたグラスをゆっくりとおろし、小さくため息をつく
「そうね。それを聞かれなかった方が不思議よね」
「3月3日って……今更ひな祭りとかいうんじゃないだろうな」
「そんなわけないでしょ。
……誕生日よ。ニールとライルの」
ライルは一瞬きょとんとして、
「あー……そういやそうだったな。はは」
くすぐったそうに頬を掻いた
「二十後半になってまで祝うことじゃないだろ?」
「いつになっても誕生日は誕生日。
家族なんだから、ちゃんと祝わないと」
はい、とはグラスを掲げる
「誕生日おめでとう、ライル」
カツン、とグラスがぶつかる
二、三口飲んで、料理を口に運ぶ
「ん、美味い
さすがだ」
「ありがと」
の表情が少し明るくなった
他愛のない、朝の会話の続きをしながらゆっくりと時間を過ごす




「……あ、そうだ」
不意にが席を立ち、何か包みを持って戻ってきた
「はい、誕生日プレゼント」
席をライルの隣に移し、包みを手渡す
「サンキュ。……開けて良いか?」
「どうぞ」
包みを開くと、黒いジャケットが出てきた
「お、いいな。これ」
「ね、着てみてよ」
二つ返事で頷き、軽く羽織ってみる
「うん!よく似合う」
「サイズもピッタリだな。さすが
「気に入ってくれた?」
嬉しそうには訊ねてくる
その表情がとても可愛らしくて、ニールの恋人だとわかっていても彼女を愛おしく思ってしまう
「ああ。ありがとな、
ライルは小さく礼を告げ、そっとの額に口づけを落とした
「っ?」
驚きのあまり、は顔を真っ赤にして固まってしまう
「お返しだ。このくらい良いだろ?」
「ラッ、ライル?」
ライルはの反応にくくっと悪戯気な笑みを浮かべ、
「そんじゃ、兄さんが帰ってくるまでにはその顔、直しとけよ」
そう言ってくしゃりとの髪を撫でると、席を立ってリビングを後にした







それからおよそ一時間後――――
「――ただいま、」
帰宅したニールも、ライルと同じようにの待つリビングへと向かった
……?」
部屋の中を覗くと、机に突っ伏す恋人の小さな背中が見えた
、」
声をかけると、ゆっくり起きあがる
「あ、ニール……おかえり」
「ただいま。ゴメンな、
「ううん。いつもご苦労様」
は笑顔でニールから上着と鞄を預かり
「ご飯の用意するね。ちょっと待ってて」
エプロンを着け直して再び台所に立った
ニールはの背中を目で追い、内心もう一度謝る
年度末で忙しいとはいえ、の気持ちを踏みにじるようなことばかりしてしまっている
は「気にしてないよ」と言ってくれるが、こういう特別な日に限って用事ができてしまうなんて、自分はそう言う星の元に生まれてるんじゃないかと思ってしまう
とりあえず明日からの土日は部活も休みにしてあるから、二日間たっぷり構ってやるか――
そんなことを考えながら見つめていると、不意にが振り向いた
「ニール、今日何の日か覚えてる?」
「ああ。……俺とライルの誕生日だろ?」
ニールの即答に、は一瞬虚をつかれたような顔をして、
「……ライル?」
訝しげに訊ねた
「まあな、」
苦い笑顔でニールは頷く
つい先ほどライルからメールがあったのだ
「もう……二人とも忘れてるんだから」
「今更祝いとかも照れくさいだろ」
「でも、私は祝いたいな。
だって、大切な人がこの世に生まれた日なんだから」
はい、とは仕上げた料理をテーブルに並べる
ワイングラスも一緒に出して、ニールと自分の分を注いだ
「それじゃあ……誕生日おめでとう。ニール」
「ありがとう。
かつん、と控えめにグラスがぶつかる
二回目の乾杯も、にとっては全く違う意味を持つ
家族であり、恋人。家族であり、幼なじみ。
なりにけじめをつけてはいるのだ
「さてと……いただきますか」
半分ほど飲んで、ニールは料理を食べ始めた
「お、美味い。また腕を上げたな、
「ありがとう」




穏やかに時間が流れていく
時々グラスに酒を注いで、はニールが食べ終わるのを待った
「美味かったよ。ごちそうさん」
「お粗末様」
皿を片づけて、は用意していたプレゼントをニールに差し出した
「はい、誕生日プレゼント」
「悪いな、毎年」
「誕生日なんだから、そんなこと言わないの」
悪い、と苦笑して、ニールはプレゼントを受け取る
「開けて良いか?」
「もちろん」
包みを開くと、二冊の本が入っていた
「この本……」
「前、欲しいって言ってたでしょ?」
「ああ。ありがとな、
隣に座るを抱き寄せ、頬に軽く口づける
「!」
は一瞬驚くが
「っ……あははっ」
ついさっき同じようなことがあったと思い出し、思わず吹き出してしまった
?」
「ゴメン。やっぱり兄弟だな、って思って……」
「?」
「さっきね……ライルにも同じことされた」
「はあ?!」
「プレゼントのお礼にって――……っん?!」
突然唇を塞がれる。当然、相手はニール以外いない
場所が場所なだけに抵抗もできなくて、はされるがままになっていた
「んっ……ふあっ……」
不安定な体制のまま力が抜けて、自然とニールにしがみつく格好になる
ニールは片腕でを支え、たっぷりと彼女の唇を味わった
「はっ……」
が何も考えられなくなるまで追い詰め、ニールはようやく唇を離す
「に…る…?」
「……奪わせねえよ」
潤んだ瞳で見上げるを抱きしめ、ニールは小さく呟く
「お前だけは……譲れねえ」
「……?」
首を傾げるにもう一度軽く口づけ、ニールは土日の予定を決定した

――プレゼントのお返しに、たっぷりと愛してやるか






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 あとがき
テスト中なのでなんかぐだぐだでごめんなさいorz
なんかニールVSライルっぽいのを書きたかったんです
それにしてもこのパラレルなんだかんだ言って続いてる……
 2009 3 7    水無月