残暑が過ぎ、木々が次々と色を変えていく頃。
丹精こめて育てた作物は、一斉にその実りを知らせた。
「ん――豊作、豊作。今年は何処も豊作みたいだな。」
良い実りに笑顔になる人々を眺めながら、は城下の街を歩く。
「おや、さんでないか。」
「ああ。収穫はどうだ?」
「今年はほんに良い実りで。ありがたいこってす。」
「それは何よりだ。今年の祭りは一段と賑わいそうだな。」
「へえ。女連中は朝から張り切って料理さこさえてますよ。
さんもまた顔出しに来て下せえ。」
「ああ。楽しみにしている。」
農夫たちと言葉を交わしながら城への道を歩いていく。



――裾のやや短い袴姿に、腰の低い位置で提げた細身の刀。
華奢な女のする格好としてはおおよそ似つかわしくない格好は、人混みの中でもよく目立つ。


「――、」
城に入ったところで、はすぐに声をかけられた。
「小十郎か。お早う。」
聞きなれた声に、振り向き挨拶をする。
「ああ……珍しいな。朝議もねえのにこんな時間から来ているのか。」
やや驚いた様子の小十郎に、はふ、と微笑んだ。
「今日は祭りだろう?早く目が覚めてな。今しがた城下を歩いてきたところだ。」
豊作の様子を伝えると、小十郎も表情を緩めた。
「そうか。俺のところも後で収穫に行かねえとな。」
「だったら声をかけてくれ。折角だ、美しい黄金の稲穂を間近で見てみたい。」
「わかった。……迎えに行くから、部屋の前で待っていろ。」
了解、というように頷くと、小十郎はまた元の気難しい表情で城を出て行った。


それから城の中を回り、顔馴染みの女中たちのところでは出来立ての料理を軽くつまませてもらった。
見知った伊達家の家臣たちとも挨拶を交わす。
皆、豊作の祭りが楽しみなようで、誰の表情も明るかった。
「筆頭、にございます。」
最後に、城主が執務をこなしている部屋を訪ねる。
「いいぜ、入れ。」
失礼、と一声かけて部屋に入る。
「調子はいかがですか。」
書状に目を通していた政宗は軽く肩をすくめた。
「まあまあってところだな。
そういうお前は機嫌いいじゃねえか。」
「先ほど城下を歩いてきたんです。皆祭りの準備に張り切っていましたよ。」
「ああ、今年は”大豊作”だからな。」
ふ、と楽しげに笑って政宗は一枚の書をに見せる。
「これは……ふふっ。」
その書に目を通して、も思わず笑みを零した。
「いつきらしいですね。頑張って書いている姿が目に浮かぶようです。」
お世辞にも上手とはいえない字、誤字だらけの書には、田畑を愛する少女の真っ直ぐな思いが綴られていた。
「こんな可愛い子から直々のお呼び立てとあらば、応えないわけには行きませんね。」
「そういう言い方はやめろつってんだろうが。」
と言いつつも悪い気はしていないようで、はもう一度笑みを零す。
「その書も、民の笑顔も、貴方様が選んだ事の結果なんですよ。
こんな民に慕われる将に仕えることができて、誇りに思います。」
ふと思いついたことを口にしてみると、政宗は思い切り眉を寄せた。
「……急に何だ。頭でも打ったか?」
「失礼な。まあ、何となく言ってみただけです。」
「……OK。今日は祭りだからな、多少は大目に見てやるよ。」
「それはどうも。……では、また後ほど。」
「Ah?」
「祭りのときは城下にいらっしゃるのでしょう?貴方の守は小十郎の仕事ですから。」
失礼します、と頭を下げては出て行った。
その後姿を見送って、政宗はふむ、と軽く首を傾げる。
「小十郎はアイツが連れてくと思ったんだがな……アテが外れたか。」



――奥州筆頭伊達政宗の前を守り、障害を打ち払う剣。それがだった。
剣の腕は勿論のこと、頭の回転も速く、今や龍の右目片倉小十郎と並ぶ政宗の腹心となっている。




政宗の部屋を出たは、小十郎と待ち合わせた、彼の部屋の前にやってきた。
と、ほぼ同時にからりと音を立てて戸が開く。
「小十郎。」
「来ていたのか、。」
「いや、今来たところだ。ちょうど良い頃合だったみたいだな。」
野良着に着替えて出てきた小十郎を見て、は微笑む。
「では行くか。「待て、。」
そのまま踵を返そうとしたは肩をつかまれとめられた。
「そのまま行くと汚れるだろうが。……少し待ってろ。」
小十郎は部屋の中から帯状の布を持ってくると、手早くの上半身の裾を留めた。
「すまない。ありがとう、小十郎。」
「この間着物をやっただろうが。」
「あー……着慣れないせいか、落ち着かなくてな。」
困ったように頬をかくに、小十郎は小さく溜め息を吐く。
「今日はいいが、次に手伝いに来る時はちゃんと着て来い。」
「わかっている。……さ、行こう。」



「わ……!」
小十郎の田も見事な豊作だった。
黄金の穂がいくつも折り重なりあい、風が吹くたび草原のように美しくゆれる。
「綺麗だな……」
「ああ。今年は雨の量がちょうど良かったからな。よく育ってくれた。」
「……嬉しいものだな。こんな美しい風景を共に見られるというのは。」
ぽつりとが零した。
「……こういう年はいずれまた巡ってくるものだ。ここにいれば何度だって見られる。」
そうだな、と頷いて、は傍らの小十郎を見上げた。
「もう十分堪能した。収穫するのだろう?行って来てくれ。」
作業着でないは、軽作業をする女たちの手伝いをすることにした。
「あら、さん。」
「何か手伝いたいんだが……これだけ人がいると、あまりすることはなさそうだな。」
だが、一足先に仕事を終えた近くの村人がすでに手伝いに来ているようで、は苦笑気味に肩をすくめた。
「お気になさらずに。さんはそこでのんびりしていてください。」
「仕方ない。そうさせてもらうか。」
農民の出でないは、小十郎の教えで最近ようやく畑の手入れを手伝わせてもらえるようになったところだ。
大量の作物を収穫し、さらに保存するための下準備をしなければならないので、素人では足手まといになる。
女たちの言葉に甘えて、は手近な石垣に腰を下ろした。
「最近はどうですか?」
顔馴染みに訊ねられ、は極普通に答える。
「快調だよ。怪我もなく過ごしている。」
訊ねたほうはくすくすと笑って、言葉を付け足した。
「そうではなくて、片倉様と、ですよ。」
「……あ、いや、それは、」
一瞬間をおいて、は彼女らの言わんとすることを察する。
「その……見ての通りだ。」
一人の武人としては聡明で隙のないだが、こと恋愛ごとに関しては不慣れなせいか、気づいてから慌てるということも少なくない。
「小十郎はああいう男だからな。特別何かが変わったりはしない。いつもどおりだ。」
「まあ……でも、そういうところが片倉様らしいですわね。」
感心したように頷いて、女たちは自分の仕事に戻っていった。


「小十郎……」
恋仲になって変わったのは、互いに名で呼び合うようになったことぐらいか。
普段の過ごし方も、交わす言葉も、互いの立場も変わらない。
――それでも、傍にいられるだけで幸せだ。
そう思えるようになったのも、変わったことといえるのだろうか。





収穫を終えて城に戻る頃には祭りも始まっていて、城下からは賑わう声が聞こえてきた。
「盛り上がっているな。」
「ああ、皆、楽しそうだ。」
小十郎の部屋で一服していたはよし、と腰を上げる。
「私も行ってくるとするか。美味い物がたくさんあるみたいだからな。」
しかし、小十郎の腕がそれを引き止めた。
「――っ」
ぐい、と引き寄せられて、小十郎の懐に倒れこむ。
「ど、どうした?」
不意をつかれたは、腕の中で真っ赤になる。
……」
小十郎はの耳元に唇を寄せて、
「……で待ってろ。……いいな?」
そう囁くと、すぐにその身体を開放した。
「あ、ああ……。――い、行ってくるっ……!」
は赤い顔を隠すように早足で出ていった。



「あー……」
部屋を出てきたは、廊下を歩きながら自分の頬に触れる。まだ少し熱い。
「あの馬鹿……わざわざ……」
ぼやきながら思い出して、また少し赤くなる。
耳元に僅かに唇が触れる感触と、低く掠れた声の二重の攻撃は、免疫のないにとって強烈な一撃だった。
熱を冷ますようにぱたぱたと手のひらで仰ぎながら、は城を後にした。





城下は人や食べ物で賑わい、笑顔と喝采で溢れていた。
ひとしきり見て回ったは、静かな川べりに移動してきた。
水気を孕んだ風は少し冷たく、肌を撫でていく。
。」
待ち人の声に振り向くと、後ろにもう一人立っていた。
「筆頭もいらっしゃったんですか。」
「ああ。お前に用があってな。」
「何でしょうか?」
「向こうで剣舞のrequestだ。付き合え。」
「剣舞ですか。私はかまいませんが……」
ちらりとは小十郎を見る。いつもと同じような表情だが、眉間にしわが。
「何か問題でもあるのか、小十郎。」
訊ねると、小十郎は深く溜め息を吐いた。
「お前は加減しねえだろうが。」
「む……そんなことはないぞ。」
武人として戦いを好む傾向にあるは、そういう意味で政宗と気が合う。
なので政宗はを傍におき、今も誘ったのだろう。
「それに、筆頭のお相手ができるのは私かお前ぐらいじゃないか。
お前の剣は真面目すぎるというか、実践的過ぎるんだ。華がない。」
太刀筋は見惚れるほど綺麗だが、と内心で付け足す。
「ま、そういうこった。お前相手じゃ稽古になっちまうからな。は借りてくぜ。」
「すまないな、小十郎。終わったらすぐに戻る。」
はあ、と小十郎はもう一度溜め息を吐いて、
「……くれぐれも、お怪我をなさいませぬよう。」
そう付け足して二人を見送った。




二人の剣舞は城の前で行われた。
「はあっ!」
「せやっ!」
二つの刀が交わり、キィン、と甲高く音が鳴る。刃を交わし、くるりと身を返して次の太刀。美しく舞うような動作に刀身が煌いて、見るものを惹きつけた。
鋭く切り裂く爪牙。美しく弧を描く剣閃。
交差する検圧で最後の松明が消え、剣舞は静かに終わった。



シン、と静まり返った夜の廊下を、音もなく歩く。
「……小十郎、」
縁側でくつろぐ男は、視線だけを動かして、自分の隣に手招く。
腰を下ろしたは、小十郎の手元にあるものに視線を落とす。
「……飲むか?」
「そうだな。一杯もらおう。」
小十郎から杯を受け取り、八分目ほどに注ぐ。
水鏡となった杯の中に、下弦の月が映りこむ。
「……なあ、小十郎。」
杯の中で揺れる月を眺め、はゆっくりと口を開く。
「私はな、お前の剣が好きだ。」
「何だ、藪から棒に。」
怪訝そうに小十郎が問うと、はふ、と微笑んだ。
「さっき、言っただろう。お前の剣は真面目すぎると。」
剣舞の時の話を思い出し、小十郎は頷く。
「……俺の剣は政宗様の背を守るもの。それだけだ。」
「ああ。わかってる。お前は……それでいいんだ。」
くい、と杯の中を飲み干し、小十郎のに身を預ける。
「……筆頭はまだ若い。これから先、どんな風に世が移っていくかはわからない。
だが……小十郎、お前だけは変わらないでいてくれ。」
語るように話しながら、肩に回された手にそっと自分のを重ねる。
自分の手が冷たいのか、小十郎の手は暖かく感じられた。
「……今日はよく喋るな、。」
「そうか?……そうだな。」
小十郎の空いた手が、優しくの髪を梳く。その感触が、心地良い。
「小十郎は……お前は、伊達を支えるよすがだ。私たちに何があっても、お前だけは……」
?」
ぷつりと話が途切れ、小十郎はの顔を覗き込む。
「……ったく」
細い、穏やかな寝息。
傍にいるだけで安心を与えてくれる、愛おしい存在。
「……俺は何も変わらねえ。
奥州も、政宗様も……お前も、何があろうと守る。最後までな。」
酒のせいか、珍しく饒舌だったの言葉に、応えるように小十郎は呟いた。




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  あとがき
本当は宴の発売記念でしたorz
・小十郎に敬語使うヒロインばっかりなので、たまにはタメ口を
・政宗と剣舞
・最後のやり取りが書きたい
という感じでできました。タメ口楽しかったです。
稲刈りとか、田んぼのこととかはまったくわからないので想像ですみません;
   2011 12 30     水無月