「クラトス」
名前を呼ぶと、目の前の男は黙ったままゆっくりと振り向いた
その背には、今や瓦礫の山と化した異形の塔の残骸が風に晒されている
「もう行っちゃうんだ」
「ああ。直にロイドも来る。
エターナルソードの力を借りなければデリス・カーラーンへは行けぬからな」
「せめて……仲間には挨拶して行きなさいよ」
「……すまない」
「ばか……」
くるりと振り向く
翡翠色の髪が動きに会わせてふわりと揺れた
「謝るくらいなら……最初からちゃんとしなさいよ」
「……ああ、そうすべきだったのかもしれない」
の言葉の裏を察して、クラトスは言葉を返す
「ロイド達にも、お前にも……辛い思いをさせてしまったからな」
「うん……辛かったよ。
でも、おかげで得られたものもたくさんある
失ったものを補ってなお、ありあまるほどのものをあなたはくれた。
特に私や、ロイドには」
ぐし、と零れかけた涙をぬぐい、は再びクラトスの方を向く
「だから、お礼ぐらいちゃんと言わせてよ。
仲間にありがとうって言えないのが、一番辛い」
「そうか……すまなかった」
「謝らないでってば。素直にありがとうって言わせてよ」
困ったようには笑うが、すぐに表情を暗くした
「ねえ……本当に、もう二度と会えないの?」
「そうなるだろうな」
「寂しく……なるね
折角こうして出会えたのに」
「お前にはロイド達がついているだろう?」
「そうじゃなくて、さ……
クラトスは一人になっちゃうじゃない
漸く、ロイドと父親として再会できたのに……もう別れなきゃいけないなんて」
「……」
「永遠にも似た長い時間を一人で過ごすのは……辛いんだよ」
精霊達に縛られた4000年の間、歪んでいく地球をただ見ていることしかできなかった
今にもまた泣き出しそうな顔で、はクラトスに問いかける
「クラトスは辛くないの?ロイドだって……」
「ロイドなら大丈夫だ。あれは立派に成長した
私がいなくても、周囲と支え合いやっていけるだろう
だから、お前が気に病む必要はない」
「クラトス……」
上手く整理できない自分の感情がもどかしい
どのように彼に伝えたらいいのだろう?
が言葉を探していると、背後から誰かの足音が聞こえた
「あっ――」
振り向くと、ロイドの姿がすぐそこまで見えている
「ロイド……」
「もう来てたんだな、クラトス
――も見送りに来たのか?」
「……うん」
ぎこちない笑顔では頷き、ロイドがクラトスと話せるよう距離を置いた
このまま――このまま何も言わなければ、クラトスは行ってしまう
今更彼の思いを止められないのは知っている
でも――最期に何か言葉にして伝えたい
親子の会話を眺めながら、は切ない思いを拳と共に握りしめる
「――」
不意に声をかけられ、顔を上げる
「クラトス、」
目の前にはいつの間にかクラトスが立っていた
「どうかしたのか?」
「ん……ちょっとね
何か二人で分けられる物用意しとけば良かったな、って思ってた」
表情のスイッチを切り替え、明るい笑顔で会話する
「形見分け……じゃないけどさ、何か形に残しておきたくて
クラトスとの思い出……忘れたくないから」
「形に残らなくとも、忘れはしない
心に強く根付く思いは、きっかけがあれば必ず思い出せる
……お前が教えてくれたことだ。」
くしゃりと髪を撫でられ、は照れたように小さく頷いた
「それに……形に残してしまえば、それに縛られてしまうこともある
それではお前が幸せになれないからな」
「え……?」
驚いたようにはクラトスを見上げる
クラトスはどこか寂しさをたたえた、湖面のような瞳でを見つめる
「……4000年の間、私は捕らわれていたお前を助けることが出来なかった
そして解放された後もお前を裏切ってしまった」
「それは……仕方のないことだったって割り切ってる」
「……結果としてお前を苦しめてしまっていたのは私だ
だから……、お前には幸せになって欲しいと思う」
「クラトス……」
「償いになるわけではないし、傲慢だと言ってくれてかまわない」
「そんなことない!クラトスの気持ちは……すごく嬉しい」
でも、とは一瞬言い淀んだ
「でも……あなたが幸せにしてくれるって選択肢は無いの?
私は……クラトスと――っ」
上手くまとまらないの言葉は、途中で遮られる
優しい温度に包まれて、は息を詰まらせた
「その先は……言わないでくれ」
切なげに、クラトスは言葉を吐き出す
背に回された腕に力が籠もった
「クラトス……私はっ……」
「わかっている。お前の思いも……願いも」
それを叶えてしまいたいと思う、自分の中の思いも
「……、お前は幸せになってくれ。お前の愛したこの地球で」
ゆっくりと言葉を吐き出しながら、クラトスはそっと腕を解いた
「……そろそろ行かねばな。ロイドも待たせている」
「……」
とクラトスが戻ると、ロイドは無言で剣を抜いた
「……それじゃあ、行くぜ」
「ああ」
エターナルソードがまばゆく輝き、辺りを光が包んでいく
「クラトスっ……!」
眩しさに思わず目を伏せる
そして、辺りが光に包まれた瞬間――髪に、何かが触れていくのを感じた
「――クラトス……」
先ほどまで立っていた背中はもう無い
呆然と立ちつくすに、ロイドが声をかけた
「……その髪に着いてるのは……」
「え……?」
反射的に髪に手をやる
何も着けてなかったところに、堅い感触を感じた
「これは……」
外してみると、それは手のひらほどの髪飾りだった
鮮やかな柘榴の色で、花の形を象っている
「ファンダリアの、花……?」
呟きと同時に、ぽとりと雫が零れた
「っ……ずるいって……最後にこんなの……」
思いが涙となって押し寄せ、手のひらの花を濡らしていく
「幸せになれって……言ったくせに……」
溢れる涙が止まらない
抑えの効かなくなった思いが一気に爆発した
「傍にいて欲しかった……ただそれだけで良かったのに……!
ずるいよ……クラトス……」
小さな嗚咽が森の中に響く
普段はにぎやかにさえずる小鳥たちも、このときだけは姿を潜めていた
涙も枯れ、漸く顔を上げたに、ロイドが声をかける
「大丈夫か?……」
「ん……もう、平気。ロイドこそ大丈夫?」
「俺には父さんとの約束があるし……それに……」
「それに……?」
「いや、何でもないよ。
さ、村に戻ろうぜ」
「そうね」
涙に濡れた頬を拭い、はロイドの背中を追う
最後に一度だけ塔の上空を振り返って、は遙か遠い宇宙に思いを馳せた
ごめんなさい
きっとあなたの望む幸せを私は一生得られない
けれど、みんなで過ごした日々は、確かに幸せだった証はずっとこの胸に咲き続けるから
あなたへの思いと共に――
「さようなら……クラトス……」
――愛しています。ずっとあなただけを
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あとがき
うへーOTL
最後なのにしまらねえ;;
アクアマリンの聡明という宝石言葉を聞いて、真っ先に浮かんだのがクラパパなので書きました
なんかもうどうにでもなれーって感じです(蹴
2009 4 5 水無月