シュトラールのメンテナンスと休養を兼ねて、とある街に立ち寄ることになった
あまり目立った話の聞かない街で、治安もよく平和に見える
その街の、たまたま立ち寄った酒場でバルフレアは一人の女性と出会った
「――それでは、聞いてください。“空に捧ぐ唄”」
ポーン……としなやかな指が鍵盤を叩く
彼女が音を奏でると、雑談の絶えないうるさい酒場が一瞬で静まりかえった
ゆったりとした伴奏で始まり、薄い唇から歌声があふれ出す
柔らかいのに、凛とした強さを秘めていて、耳を捉えて離さない
聞くだけで、彼女から滲み出る優しさに包まれているような気分になる
人々を惹き付けて止まないこの街のスター――それが彼女、だった
たまたま彼女を見つけて以来、バルフレアもの歌に引かれ酒場に通っている
そんなある日、彼女のステージが終わった後見知らぬ男性に声をかけられたのが始まりだった
「依頼?」
「あなたに依頼したいことがあるとのことで、こちらを預かってきました」
そういって男は封筒を差し出す
「悪いが、今は休養で来てるんだ。断ると伝えてくれ」
「私はこれを渡すよう頼まれただけですので」
「……わかった。預かっておく」
宿に戻ってから封を開いてみると、中には二つ折りの紙が一枚
丸みを帯びた丁寧な文字で、しかし簡潔に内容が綴られていた
「明日の真昼、か……」
「どうしたの?」
ふらりと、いつの間にか戻っていたフランが顔を出した
簡単に事の始終を説明し、預かった手紙を渡す
「随分有名になってしまったわね。空賊バルフレアも」
「面倒事はもう勘弁願いたいぜ」
はぁ、とため息が零れる
こんな回りくどいことをする人間を相手にしたときは、面倒なことになると相場は決まっているのだ
「それで、どうするの?」
「とりあえず断るって方面で行くか……ま、内容によりけりだな」
「そう……なら、一つだけ言っておくわ」
す、とフランは手紙を指さす
「最近、酒場に通っているでしょう?
その手紙、あなたと同じ匂いがするわ」
フランの言葉に、酒場の風景との姿が思い浮かんですぐに消えた
ありえない。彼女のような人間が自分に依頼をすることなど
だが、この忠告は図らずとも現実になった
翌日指定された場所で待っていると、蜂蜜色のマントで身を覆った女性が現れた
「あなたが、空賊バルフレアですか?」
「アンタは……「“空に捧ぐ唄”。ですね?」
訊ねる前に合い言葉を告げられた
フードが外れ、整った顔立ちが露わになる。
見覚えのある女性の顔が、そこにはあった
「アンタは酒場の――、だったな」
「はい。覚えていてくれたのですね」
「イイ女の名前と顔は忘れないさ」
冗談めかして言うと、は口元に手をやってくすりと微笑った
思わぬ展開に考えていた断り方を忘れかけてしまう
「アンタが依頼主だったとはな」
「意外……でしたか?」
「まあ、そうだな」
は少し寂しげに微笑んで、す、とある方角を指した
「とりあえず、落ち着いて話の出来るところに行きましょう」
それから歩くこと十分弱。会話をすることなくは歩いていく
バルフレアも黙ったまま後に続いた
「――あそこです」
不意に立ち止まったが、とある建物を指す
「ここは……」
何となく見覚えのある景色。確か、の歌っている酒場の真後ろだ
「アンタの家か?」
「元々酒場に住み込みで働いていたんです
昔から歌は好きで、ある日歌ったらお客さんが気に入ってくれて……
それ以来歌わせてもらってます」
柔らかく微笑むが、その表情はどこか寂しげでぎこちない
「あの……依頼の話、しますね」
「そうだったな」
椅子に座り、は一冊のファイルを取り出した
写真入りや一面びっしり印字されたもの、手書きのメモも混ざっている
「ここに、ある人物の資料がまとめてあります。
この人から私の父の、家宝にしていた宝石を取り返して欲しいのです」
これです、と古びた写真が差し出された
繊細な銀細工の髪飾りで、中央に赤子の手ほどのルビーが輝いている
「なかなか立派なものだな」
「父が結婚の時母に送ったものだと言っていました。
母は私を産んですぐに亡くなり、私が大人になったら譲ってもらうはずだったのですが……」
「家宝、か……」
バルフレアはしばらく写真を眺め、不意にに訊ねた
「どういう謂れのものか訊いても良いか」
「?……えっと、確か父がダルマスカ国王から頂いたものだと。
父は以前城に勤めていた医者だったと聞いています」
「そんなヤツの娘がなんでこんな酒場で働いてるんだ?」
「わかりません。私が生まれた頃には家は普通の家で……
母が亡くなってから父もすっかり生気を無くして……三年前に亡くなりました」
ぎゅ、と机の上に置いたの手が強く握られる
「酒場で働いているウチにいろんな情報に詳しくなって……ある伝手で父の宝石の在処を知ったんです」
「それがコイツってワケか……」
ぱらりと、机に置かれたファイルを捲ってみる
「この辺りでは知らない人はいない有名な医者なんです
表では貧しい人のための診療所を開いていますが……詳しくはその資料に書いてあります」
「……なるほどな」
ぱらぱらと資料を捲り、バルフレアは一息ついてに向き直る
「で、報酬はいくら出せる?」
「それでは――!」
の表情が明るくなった。希望を得た笑顔になる
この笑顔のためなら多少の面倒もいいかと思うが、自分一人の仕事ではないのだ
「まだ引き受けるとは言っていない。あとはそちらがいくら出すかだ」
は逡巡した後、真っ直ぐバルフレアを見つめて
「成功した暁には、そちらのおっしゃる額を払います。
宝石と引き替えですが、私の出せる範囲でならいくらでも」
迷いのない表情で言い切った
「――――それで、引き受けることにしたのね?」
「ああ。これが向こうの用意した資料だ」
ぼす、と分厚いファイルをフランに渡す
「最初は断るつもりだったのに……どういう風の吹き回し?」
「……さあな」
フランはふ、と楽しげに微笑み、ファイルを軽く捲った
「とりあえず明日は一日情報収集ね」
「期限はないっつってたし、じっくり行けば確実に取れるはずだ」
「そうね」
フランと話しながら、バルフレアは手元の古い写真に目を落とした
銀細工とルビーの髪飾りは、色あせた写真の中でも輝きを失っていない
本物ならば、彼女のダークブラウンの髪によく映えるだろうことも容易に想像が付いた
「面倒だが――さっさと終わらせるか」
それから、十日あまりが過ぎた――――
「ふう……」
酒場での仕事を終え、は家のベッドに仰向けになる
あれから何日も立つ。バルフレアからの連絡はない
彼の噂は色々と聞いているし、実際に話してみて信じても良いと思えた
「どうしているのかしら……」
件の人物の特に変わったことは聞かないし、音沙汰が無いというのも不安になる
「もしあの人に何かあったら私は……」
零れそうな涙を、コンコン、と乾いたノックの音が止めた
がば、と飛び起きて玄関へ向かい、ドアを押し開ける
「バルフレア……!」
「久しぶり、だな」
月明かりに照らされて、以前と何ら変わりない様子で立っている
不安が掻き消え、は思わず抱きついた
「おっと……どうした?」
「よかった……無事で……」
少し離れて、心配していたんです。と告げる
「最速の空賊をナメてもらっちゃ困るぜ。
――ほらよ、例の物だ」
革張りのケースを開くと、昔見せてもらったままのそれが丁寧に納められていた
「よかった……戻ってきたよ、お父さん」
嬉しそうに表面を撫で、壊れ物を扱うかのようにそっと抱きしめる
そんなを壁にもたれかかりながらバルフレアは見つめていた
「本当に、ありがとうございました」
「ああ。それでだ、早速で悪いが報酬の話をしても良いか?」
「そうでしたね。どのくらいがお望みですか?
貯金しているんである程度高額でも大丈夫だと思いますが……」
とりあえず、と言いかけた言葉は突然の出来事に遮られる
不意打ちで抱き寄せられ、バルフレアの腕に閉じこめられたのだ
「わっ……?」
足下がよろけそうになって思わずもう一度バルフレアに抱きつく
甘いコロンの香りに、知らず頬が赤くなる
「あ、あの……?」
戸惑いながら顔を上げると、楽しげに微笑むバルフレアと目があった
「。悪いが報酬に金はいらない」
「え……?」
「今は懐に余裕があるんでな。
だから……」
の耳元に唇を寄せ、バルフレアは極上のテノールボイスで囁く
「だから……お前が欲しい」
「っ……?!」
耳に吐息がかかり、はびくりと身を震わせる
そのまま硬直している隙に、不意打ちで今度は唇を奪った
成功した暁には――依頼人(あなた)自身を頂きます
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あとがき
ぎりぎりセーフDA☆ZE
あげましたー。今回はバルフレア。久しぶりのFF。
ぶっちゃけテイルズとFF以外ネタ無いですけどねOTL
一応前から考えていたネタなのに、どうしてこんな遅くなったかはただ単に
管理人がgdgdしていたせいです。
でもこのネタ一度やってみたかったので満足。
2008 12 31 水無月