コンコン、と深い色合いのドアをノックする
少し間が空いて、「誰だー?」と気怠げな返事が返ってきた
「私。お茶持ってきたんだけど」
言葉の通り、片方の手にはティーセットの乗ったトレイが抱えられている
「入るよー」
一言告げて部屋に入ると、一人の男がソファに腰掛け、テーブル一杯に並べられた書類とにらめっこしていた
紅玉の髪がカーテンから漏れる光を浴びて柔らかく輝いている
「相変わらず忙しそうね。お茶飲む?」
「ああ。淹れてくれ」
二つのカップにポットから紅茶を注ぐと、上品で深みのある香りが立ち上った
甘くて優しい香り。この葉は彼の――ゼロスのお気に入りだ
「どうぞ」
邪魔にならないよう、でも落ちないよう適当な場所を探してカップを置く
「サンキュ」
その表紙に、書類から顔を上げたゼロスと目があった
「あれ?ゼロス、それ……」
流れる紅玉の髪から覗くシルバーのフレーム
正面から交わる視線は透明なレンズに遮断されていた
「ん?ああ……この眼鏡か?」
フレームを指で押し上げ、に、と微笑む
「似合うだろ?こう、知的な感じがな……
やっぱイイ男は何させても様になるよな〜」
さっきまでの静かな雰囲気は崩れ去り、は呆れたように小さくため息をついた
「中身が伴ってこそ、でしょうが。
リーガルやクラトスならわかるけど……
……まぁ、黙ってさえいればゼロスでもそこそこ見られるんじゃない?」
自分のカップは持ったまま、軽く毒づく
「それよりゼロス、アンタ目悪かったの?」
「あー……。いや、そんなに気にするほどじゃねえよ」
「でも、度が入ってるじゃない」
「……まぁ、最近少し目が疲れた感じがしてな」
割とまじめな話らしく、ゼロスは困ったように額に手をやる
「書類の読み過ぎだそうだ」
からしても、原因はそれしか思いつかない
「……ったく。こんなの俺様のキャラじゃねえ、だろ?」
「ゼロス……」
アンタって奴は。と内心呆れ、同時に嬉しく思う
 二つの世界が統合され、神子制度も廃止された
神子として世界を救ったゼロスは、しいならミズホの民とともにテセアラとシルヴァラントを結ぶ活動をしている
 だが、二つの世界を隔てていた溝は深い
初めは世界の変動に慣れておらず大して気にならなかったことも、時が経つにつれ問題点が徐々に浮き彫りになってきた
そのため最近ではミズホの民からの報告書で書斎(と化した私室)が埋まることも珍しくない


「忙しいし、面倒なことも多いから他に任せてくれてもいいのに」
以前そう言ってみたことがあったが、
「俺も何かしらしたいんだよ。この世界のためにな」
至極真剣な表情でそう返され、それ以降言おうとは思わない
ゼロスがまじめに仕事をしてくれるのは少し奇妙だけど、嬉しい
それは、彼が自ら望んだことをできていると言うことなのだから
「キャラじゃないとか……そんなちまい隠し事するくらいなら最初から無理しないの」
少し呆れたような、でも決して責めているわけではない口調
紅茶をすすり、柔らかく微笑む
「慣れないことなんだし、いつでも手伝うって言ってるでしょ?」
「いいんだよ
お前には……いろいろと辛い思いさせたしな」
「そんなの……今更でしょうが」
二つ年下なのに二十センチ近く背の高い恋人は、こういうとき素直で可愛い
 ゼロスに拾われ騎士として仕えて十年。
もう互いに嘘なんてつけない――否、ついても、何となく察してしまうのだ
「小細工するほど疲れてるんなら、少し休みなさいって」
「あ、おい――」
隙をついて、ゼロスの手元の書類を取り上げる
「やる気があるのはいいけど、根詰めすぎたら意味無いの。少しくらい休んでもバチ当たらないわよ
それに――アンタが体壊したら心配する人がいるんだから」
執事のセバスチャンや貴族の女性たち。そして妹のセレスに恋人の
「……そうだな」
優しく微笑って、ゼロスは眼鏡を外してテーブルに置く
やはり、眼鏡というものはあるなしでだいぶ印象が変わる
いつもは軽い感じ(実際言動は軽々しいが)のゼロスも、シルバーフレームの眼鏡一つでこうも落ち着いたクールな感じに見えてしまうのだから。この世はある意味詐欺だ
「……」
実のところ、自身も少し見とれてしまっていたりする(調子に乗るので本人の前では絶対に言わないが)


「――、」
と、そんなことをぼんやり考えていると名を呼ばれ、我に返る
「ん?」
顔を上げると、ゼロスがソファの自分の隣を軽く叩いている
――多分、座れということ
滅多に見せない合図に少し戸惑う。
普段ならいつもの軽口で誘ってくるはずだ
とりあえず隣に、遠すぎず近すぎない位置に座る
「そのままじっとしてろよ」
ゼロスはそういうが早いか、の膝に頭を預け、コテン、と横になってしまった
「ゼッ、ゼロス?!」
所謂膝枕。
思わぬ行動に柄にもなく慌ててしまう 
「じっとしてろって。眠れねーだろ」
「ちょっと……何でよ?」
「疲れたから仮眠とりたいんだよ」
「そうじゃなくって……何で私?
膝堅いのに……」
女とはいえ、最近まで前衛型の騎士として戦っていたのだ
体つきもそこいらの男よりしっかりしている
「……寝辛いと思うわよ」
ぼそりと呟く
「別に。気にならねーよ」
の言葉をあっさり切って捨てると、ゼロスは本格的に眠り始めた
よほど疲れていたのか、じっと見つめても穏やかな寝息は途切れず、横たわる身体は身じろぎもしない



「……」
膝の上で眠るゼロスを見つめ、はふと思う
 実はこうして今感じている幸せは幻、もしくは夢で、
 自分たちはとっくに死んでしまっているか、裏切り者として監獄の中にいるのかもしれない。
裏切りと暗躍を重ね、最終的に約束が果たされ、そのまま死ぬことが出来たら――
神子もセレスに譲れるし、自分も楽になれるのだ
そんな思いを抱いていたゼロスと、それでも彼を信じ従った自分


 時折、ほんのちょっとした拍子にふと思う
自分がゼロスを信じたことで、彼はあの選択を迫られたのではないかと
調子に乗りやすくて、意地っ張りで素直じゃないゼロスのことだ
恋人であり自分の騎士であるの前で、一度決めたことをひっくり返すわけにも行かなかったのだろう
自惚れているだけかもしれない。訊こうと思ったが、それこそ藪蛇になりかねない
「……やめよう」
何故ともなくため息をついて、は天を仰ぐ
窓の隙間から入り込んだ風がふわりと髪をすり抜け、は柔らかな午後の日射しに誘われるように瞼を閉じた





「……ん、」
ぼんやりと意識が浮上する
「寝てた、のね……」
差し込む日が赤く眩しい。
長く寝てはいない気がするが、時間は大分経っているようだ
「ゼロス――?」
視線を落とすと、ちょうど開いたスカイブルーの瞳と目があった
「あ……」
思わずそのまま硬直してしまう
「あー……おはよう?」
「ああ……」
語尾が疑問系になってしまったが、ゼロスはさして気にとめず、ゆっくり体を起こした
「疲れが溜まってたのね。
こんな状態で熟睡できるなんて」
「まー俺様達だからな」
髪に手櫛を通しながらゼロスは答える
「どういう意味よ、それ」
上段のつもりでは受けたが、ゼロスは真剣らしい
のこと愛してっからな。
お前がいると安心するし、お前の傍じゃねえと熟睡できないんだよ」
真面目に告白された。
正面から告げられ、思わず顔が赤らむ
「とっ突然な――!」
慌てて言葉を返そうとするが、唇を塞がれてあえなく撃沈
息苦しくなる前に解放され、ますます顔を赤くするに、
「おはようのキスな」
と、いつもの軽い調子でゼロスは笑った



赤く染まる日射しにとける笑顔は、紛れもない現実


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 あとがき
今回は余裕もって仕上げました。10月のお題
オパールですね。宝石言葉は幸福を得る。または、困難を乗り越えて幸福を得る。だそうです
良い言葉ですよね。はい。そしてゼロスには幸せになって欲しいと思いますセレス共々ね。
眼鏡ネタはどこかでそんなイラストを見たので思いつきました。
膝枕は趣味でs(殴
一応小説版のアフターストーリーを元に書いてみました。
 2008 10 9  水無月