「ふぁ……ねむ……」
欠伸を噛み殺しながら町の雑踏に紛れて歩く


ルカの町は、今日から始まるブリッツボールの大会のため多くの人でにぎわっていた
しかもこの大会にはベベルから老師達も観戦に来るので、野次馬やら、悪巧みをする者、警備の者やその他諸々の人間やらで余計にごった返す。

かったるいし、人混みは嫌いなのだが……仕事なので文句は言えない
は意味もなくぼんやりと前を見ながら歩いていた。
「――?」
その途中、ふと見覚えのある何かが目に入った
「……?」
立ち止まり、振り返って周りを見てみる
「気のせい、かな……」
きっとそうだ。ぼーっとしていたから誰か知人と見間違えたのだろう
そう思って目をこすっていると、人混みを外れて角を曲がっていく人影を見かけた
「ん?」
特に意味はないが、角を曲がった先に何かあっただろうか、とついて行ってみる


「あ――……!!」
ついていって、は呆然となる
小高い建物の上をなでる潮風
風になびく真紅の衣
人混みを離れたためにはっきりとわかる顔立ち

「――、か」

「嘘……あなた、アーロン……?」
「他に誰がいると言うんだ」
言いながらアーロンは歩み寄ってくる
「久しぶりだな」
「う、うん……」
普通に声をかけられるが、戸惑ってしまう
本人であることは間違いないのだろうが、声も、表情も、纏う雰囲気も記憶の中の男とはどこか違う
「……何だ?」
戸惑っていると、怪訝そうに訊ねられた
「いや、変わったなーって……」
「そうか
……お前は、変わらないな」
言って、アーロンはくしゃりと頭をなでる
こういう所は、以前と変わっていない。
優しくて、安心できる。
「うん。――でも、10年経った」
す、と瞳を閉じてアーロンの手を下ろす
「……アーロンは、どうしてルカへ?」
「人捜しのようなものだ」
「人って……もしかして、ユウナちゃん?」
「ユウナにあったのか」
「会ったって言うか……港で見かけたの。多分そうだと思うけど」
「……、お前は何故ここにいる」
「仕事。そうでなきゃこないって
今は交替で休憩の時間だけど――」
と、時計に目をやってはっと気づく
「――あ、そろそろ行かなきゃ」
「仕事を、しているのか」
アーロンの表情が少し厳しくなる
「あの仕事じゃないから大丈夫。
今は老師の護衛役なんだ。」
どこか自嘲気味には微笑む
「それじゃあ私行くね。
スタジアムに来れば会えるからさ、またつもる話でも」
じゃ、と軽く手を振り、は駆けていった

金髪を揺らしながら去っていくの後ろ姿に、アーロンは過去の彼女の面影を重ねる

 彼女は、暗殺者だった
エボン教。寺院。世界を支配する存在の闇。反逆者を秘密裏に抹消する暗殺のプロ。
 だが、は変わった。ブラスカやジェクト、そしてアーロンと出逢い、共に旅をすることで感情を得た

 ――は、本当に変わった。
よく笑い、些細なことでも怒り、そしてまたすぐに笑う
年にそぐわぬ幼い仕草や表情は、今も変わらない
ただ、垣間見せた自嘲気味な笑みと、腰まで伸びた金髪が彼女を変えた年月を思わせる

 『慈愛を覚えた暗殺者に、価値はない――
きっとね、私にもう生きる意味なんてないんだよ』

無表情にそう呟いた彼女の言葉が蘇る
それでも彼女は、は――今もまだ、生きていた







「……で、何でこうなるの」
「俺に訊くな」
背中合わせの男に筋違いの文句を投げる
決勝戦が終了し、歓喜に沸いたのもつかの間。
突然現れた魔物によって惨劇の舞台へと変わってしまった
「観客は大方逃げたようだな」
「そうね」
辺りを見回しながらは頷く
「老師達はどうした」
「逃がしたよ。――シーモア老師以外はね」
何をしてるんだあの若造は――と、二つしか年は違わないが、愚痴る
「とりあえず、目の前のから片付けるか」
「どうする気だ」
「殲滅する。
目標時間は3分。――背中、任せたよ」
畳みかけるように宣言し、はす、と懐に手を入れる
「――……」
深く息を吐くと、は懐から取り出した得物を構えた

「はっ」
軽く息を吐き、手元のナイフを投げつける
そのままバックステップで下がり、背後の敵に残りを投げる
がら空きになった所を襲ってきた魔物に強烈な二段蹴りを喰らわせると、は素早くアーロンの背中についた
「いけそう?」
「ああ。問題ない」
「りょーかい」
は軽い調子で答えると、再び地を蹴った
低い姿勢のまま前進し、敵の懐に容赦なくナイフを突き刺す
そのまま上段に拳を突き上げると、の動きに合わせて金髪が舞った
幾重ものナイフを操り、蹴り技を決めていく姿はさながら蝶の様
魔物の血と体液に汚れた舞台で、違和感なく飛ぶ黄金の蝶だった




「――ありがとね、アーロン」
海からの風に髪をなびかせ、は微笑む

 何とか事態の収拾がつき、各チームや観客達が解散すると、ルカの町はまたすぐに元の賑わいを取り戻した

「また一緒に戦えて楽しかった。
ホント、変わらないね」
太刀を振るって敵を薙ぎ、斬っていく様は10年前と変わらない
――否、もっと、鋭くなっていた気がした
「お前の方もな。――剣は伊達なんだろう?」
「あ、気づいてたんだ」
腰の剣を軽くなでる
細身のすらりとした剣は、繊細な細工の施された鞘に収まり、一度も抜いていない
「いつから?」
「手が触れたときだな。
ある程度慣らしてはいるようだが、日頃から使っている者の手とは違う」
「さすがアーロンだ」
「何年差があると思っているんだ」
「うーん、でももうかれこれ4,5年はこっちも使ってなかったし……
誤魔化せたらいいなー、くらいの希望はあったんだけど」
「甘かったな。
俺を誤魔化せたことがあったか?」
「あはは。なかったね」
それに、たぶんこれからも無理だと思う
ふ、とは寂しそうに微笑む
「ね、あの子たちがそうなの?」
「ああ」
「ブラスカのは……ユウナちゃん、だっけ?あの女の子よね。」
視線の先には若い男女
「じゃあ、隣のがジェクトの……名前は?」
「ティーダ、だ」
「ティーダとユウナ、か……」
時折こちらの様子をうかがっている二人の男女を見つめ、は昔を重ねる
「いい目をしてる。そっくりだ」
「まだまだ若いがな」
「はは、そうだね」
からりと笑い、は真剣な表情でアーロンに向き直る
「アーロンは、彼らを捜しにきたの?」
「……ああ」
「そっか……約束を守りにきたんだね」
10年前、友と交わした約束
自分では果たすことのできない約束を、目の前の男に託した
「行方不明になって、心配してたけど……
……約束を守るため、だったんだ」
「……すまない」
「謝らないで。私にはできないから、アーロンに託したんだよ」
は予想していた。
ベベルから逃げ出しても、いずれ追いつかれると。
旅の間だけ泳がされていたにすぎないのだと
「私に暗殺者としての価値はない。
けれど、真実を知ってしまった以上自由にさせるわけにもいかない
……私のいったとおりになったでしょう?」
儚げな微笑み
……」
その微笑みは今にも壊れそうで、
戸惑うを躊躇いなく腕の中へ引き寄せた
「……っ?」
細い体躯はいとも簡単に腕の中に収まる
「すまなかった……
謝罪の言葉が零れる
いつから彼女はこんな風に笑うようになってしまったのだろう、と
今にも壊れそうな彼女を強く抱きしめる
「俺がお前を置いていったばかりに……」
「うん。……わかってるよ。アーロンのこと」
宥めるようにはアーロンの背に腕を回す
「アーロンは10年前と変わってない。
不器用で、まっすぐで、優しい……
私に愛を教えてくれた。
私の好きなアーロンのまま。」
顔を上げ、ふわりと微笑む
「だから謝らないでよ。
私はアーロンの選択を間違いだと思わない。
ブラスカやジェクトとの約束を守るために、
私を危険な目に遭わせないために、
その想いだけで十分だったから」
ね?と微笑み、するりとその腕から抜ける
「ユウナたちが待ってるよ。
行ってあげなくちゃ。約束なんだから」
10年前と同じ、大切な人を見送る寂しげな眼差し
10年前、二度とさせまいと誓った表情
、お前も来い」
「え?」
「傍にいてやると言っただろう。
それとも、今の仕事が気に入ってるのか」
「まさか。……でも、なんて理由つけるの」
「連れだとでも言っておくさ。」
「そっちじゃなくて、老師たちに」
「交渉しに行くだけ時間の無駄だ」
「あー……まぁ、それはそうだね。
ていうかまず速攻で軟禁される。うん」
想像して、うげ、と苦い呟きが漏れる
「わかったなら行くぞ」
「あっ、ちょっ……待って!」
すたすたと歩き出したアーロンの背をあわてて追う



「――とりあえず足のつくものはさっさと処分しないとね」
「そうだな。剣など提げていても邪魔なだけだろう」
「うん。すごく邪魔。
それに――……」


あれもこれもと他愛のない会話を繰り返しながら次なる希望の元へと足を進める

10年越しに重なる思いは、まっすぐで暖かかった




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  あとがき
職務じゃないけど怠慢しててごめんなさいOTL
9月はサファイアです。宝石言葉は「誠実・慈愛」
んで、見ればわかりますがやっつけ仕事全開です。
誠実とか慈愛なんて言葉が似合うキャラはおそらくウチのサイトに登場できません(蹴
ということで、10年前の。あくまで10年前のアーロンは誠実だっただろうということでやってみました。
なんかウルトラハイパーめらんこ(←謎)偽善者ですが勘弁を。
あ、ナイフ使いの戦闘とかは書いてて楽しかったです