「……ん……」
カーテンの合間から差し込む日射しにぼんやりと意識が浮上する
「朝、か……?」
強い日射しに目を細め、夜が明けたのだな、と頭の片隅で考える
そのまま腕の中へ視線を落とすと、愛しい女性が穏やかな寝息を立てていた
、」
声をかけるが、目を覚ます気配はない
「……少し無理させすぎたか」
独り言ちて、そっとの髪を梳く
柔らかい黒髪が指に絡まり、清楚な香りが鼻腔を擽る

 『ルーク』が帰ってきた
それは、二人の新たな生活の始まり

マルクト貴族のガイとキムラスカ貴族のは、明日結婚式を挙げる

旅をしていた時から抱いていた思い
漸く伝えて、一緒の時間を過ごせたのもつかの間
貴族としての仕事に追われ、旅を終えてからは殆ど会えなかった

実に数ヶ月ぶりに同じ屋根の下で過ごす夜


抱きしめた彼女の温もりに、
触れた唇の柔らかさに、
抑えていた気持ちが溢れだした


とろけるような感覚に突き動かされ、何度も彼女を抱いた
朱に染まる身体に印を刻み、甘い熱を共有した




ただ一つ気がかりがあるとすれば――


「俺の……所為なのか?」
頬に残る涙の後をそっとなぞる
それでもは起きない
前線で戦うため体力には自信のある彼女が起きないのは初めてのことだった
普段以上に長く抱いていたことと、強引な体勢だったことが原因なのはわかっている
情動を押さえられなかった自分にばつの悪さを感じながらも、ガイはもう一度を揺すってみた
、朝だぞ。起きろ」
「……ぅ……ん……」

もう一度名前を呼ぶと、灰銀の瞳がゆっくりと開いた
「ガイ……?」
眠たげなとろんとした声
可愛いと思うが、声にしたら叱られるので言わないでおく
「やっと起きたな。さすがに少し心配したよ」
「私……そんなに寝てた?」
「ああ。もう昼前だ」
「そう……ゴメン、気遣わせたみたいで」
「いや、悪いのは俺の方さ。
……のこと考えないで、無理させたからな」
そうっと彼女の細い背に腕を回す
「ゴメンな。身体、キツかっただろ」
「ううん……大丈夫」
答えるように、はそっとガイの胸に手を当てる
「ガイの気持ちがすごく伝わってきた。
……それに、私も同じ気持ちだから」
ほんのり赤く染まる頬
優しい表情に、気持ちが穏やかになる


は、誰よりも自分を穏やかにしてくれる存在だった
あれほど苦手だった女性も、彼女のおかげで普通に接することが出来るようになった


今自分の手にある幸福は、がいたからこそだと言っても過言ではない
彼女に溺れているという自覚はあったが、それは嫌なモノではなく、
彼女を――という女性を守りたいということすら幸福といえた

だから余計に気になってしまう
彼女の涙の理由が
、一ついいかい?」
「何?」
「俺……何か、の嫌がるようなコトしてしまったか?」
「? どういうこと?」
きょとん、とする
わかっていないのか?と呟き、そっと彼女の頬に触れる
「これ……涙の跡だろ」
殆ど消えかかっている跡をなぞると、の瞳がかすかに揺れた
「それは……」
「何かしてしまったんだろうけど、覚えがないんだ。……すまな「違うの」
ぎゅ、と胸に当てていたの手が肌蹴たシャツを握る
「私が勝手に泣いただけ。だから、ガイは何も悪くないの」
「そうなのか?」
「ええ。これは……私の罰だから」
「罰?」
こくりと頷いて、はうつむき話し出す
「……私の、」
少し間を空けて、出てきた言葉は震えていた
「私の肩に、刺青があるでしょう?」
「ああ」
言ったとおり、の左肩には手のひらほどの刺青がある
は戦闘に譜術も用いるため、ジェイドの譜眼と似たようなモノだと思っていた
「これは、譜陣とは異なる特殊な術式で、術者の体格をある程度コントロールするの」
「つまり、ある程度自分の望む身体に近づけるという訳か」
「そう。そして私は若いときにこの術を身体に施した。
――力を得るために、女としての身体を捨てたの」
ぐ、と強く握られるシャツの裾
小さく型が震え、目尻に涙が浮かぶ
「女らしい身体を捨てたから……胸もあまり膨らまないし、身体も普通の女性ほど丸くはならない
それに……」
つ、と涙が一滴頬を伝った
「私の身体は……きっともう子供を産めないの」
……」
ガイの逞しい胸に顔を埋め、声を押し殺して泣く
「こんなに強く想っているのに……こんなに優しく抱いてくれる人がいるのに……
私は……ガイの子供を産んであげられないの……」
戦いに生きるため、過去も未来も捨ててきた
故には強かったし、その強さに惹かれた部分もある

わかっている
これは彼女が強い故の悩みなのだと
今まで強く生きてきた分、その内面は酷く脆い

「それで……泣いてたのか」
「だって……ただでさえ私は……
それに、こんな身体じゃ……本当はガイの傍にいる資格なんて無いのに……」
珍しく他人の前で涙を流すを強く抱きしめる
壊れそうなくらい強く抱きしめて、身体を密着させる

プライドの高いはガイの前ですら涙を見せようとしない
脆い部分を見せることは自分の弱さになると、今まで生きてきたからだ
だからガイはそれを無理に聞こうとはしない
ただいつか彼女が話してくれたときにその思いを受け止められるように心がけているだけだった

は、子供が欲しいかい?」
「それは……」
は言いかけて口籠もる
「……今までそんなこと考えようとも思わなかったから、よくわからない」
「そうか」
「ガイは?」
「俺は……こういう言い方も何だけど、どっちでも良いかな」
「そうなの?」
「ああ。いたらいたで楽しいんだろうけど……
いなくても、俺には他に大切なモノがたくさんあるからな」

旅の仲間。今は亡き幼なじみ。戻ることのない故郷。

そして、今すぐ隣にある存在

「ルーク達や……がこうしていてくれるだけで俺は幸せなんだ」
「ガイ……」
は、俺だけじゃ不満か?」
少しだけ腕を緩め、彼女の表情を覗き込んでみる
はどこか吹っ切れたようにふ、と小さく微笑って、
「私は……ガイの傍にいられればそれで良いから。
それが……私の幸せ」
優しい表情で答える
「なら、この話はもう終わるか」
そう言って、ガイはそっとの濡れた頬に唇で触れる
「っ……ガイ?」
「もう泣く必要ないだろ?」
涙の後に沿って唇を這わせると、の身体が小さく震えた
甘い感触で霞みそうになる意識
その中で二人は互いにすぐ傍にある幸せを感じていた



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  あとがき
宝石お題8月はペリドットです。エメラルドと被ってしまいましたが……まぁ気にせず。
8月終わるぎりぎりで仕上げました。ていうかやっつけ仕事ぜんかーい(蹴
ぶっちゃけただイチャついてるだけです。一回やってみたかったんですよ。ガイでこーゆーの。
まぁ、楽しいっちゃ楽しかったです。
エメラルドの時はジェイドさんだったんでまぁ、そのつながりで書いてみました。