「――んん……」
真っ白の意識がゆっくりと浮上する
薄く灯りに照らされた天井が視界を埋め、窓から入る風がふわりと鼻先をかすめる
「こ……こは……」
思わず呟いたが、声が出る、と頭の中で実感する
声が出る。それは、生きていると言う事。
意識も割とはっきりしているし、思ったより大丈夫なのかもしれない
とりあえず体を起こそうとして、
「っ――、」
ぎしりと、左半身が軋んだ
突き刺すような痛みが走り、それは徐々に鈍い疼きとなって重くのしかかる
ぐ、とこらえて体を起こそうとした刹那――
「――おいおい、無理すんなって」
本気が半分、冗談が半分といった口調でそれを止められた
「ゼ……ロス……?」
宝石と見まごう美しい真紅の長髪
なじみの深い端整な顔立ちを見て、心の奥底でほっと安心した
「目が覚めたなら何か食わせろって言われてんだが……具合はどうよ?」
「……全身が重い。怠い。動きたい」
頭に思い浮かんだ事を呟く
「あと……ゼロスは、無事なの?」
思いつくままに言ってみると薄い蒼の瞳が驚いたように見開かれた
「おう。このと〜りピンピンしてるぜ〜!
ちゃんの情熱的な愛の力で守られたからな」
語尾にハートマークでもつきそうな勢いのセリフ
「そう……」
と安心しかけて、はゼロスのセリフを思い返した
「ってゼロス、それどういう……っ!」
飛び起きようとして、再び身体に痛みが走る
「動きたいのはわかるが、今は大人しく寝てろって」
「そうじゃ、なくって……」
痛みで言葉が途切れる
「……あのとき、何が起こった?」
「何って……覚えてねーのか?」
ゼロスはさりげなく果物を剥いていたその手を止める
「……?」
は驚くゼロスを不思議そうに見上げた
「ヒルダ姫が攫われたから助けたってのは覚えてるか?」
こくりとうなずく
「まぁロイドくん達もいたし、たかが教皇の騎士団だったからな。大したことはなかったんだが……」
教皇の手によって攫われたヒルダ姫を助けにガオラキアの森に行った
待ちかまえていた教皇の騎士を適当に叩きのめし、王女の安全を確認したその直後だった
『――、!』
倒れていた兵士の一人が、小さく何か動いていた
その極小さな呟きを、は聞き逃さなかった。
そして、形振り構わずその身を彼の――ゼロスの前へ投げ出した
『!?』
繰り出された槍が、躍り出た彼女の腹部を捉える
鮮血に染まる地面
傍にいたロイドが敵にとどめを刺すと同時に、の身体ががくりと崩れ落ち――
「……で、それから急いで森を抜けて、ロイドくんたちに姫をまかせて、俺が看病してるってわけだ」
「じゃあここは……」
「ミズホの里だ。一番近かったからな」
「……そう」
「しっかしまぁ……お前も無茶するよなー」
「無我夢中だったから……何も考えてなかった
不思議と、死ぬのが怖くなかった」
の言葉は淡々としていた
「死を恐れない、か……
……ほーんと、無意識なんだねぇ」
ぼそりと呟くと、がこちらを見上げてきた
「ゼロス?」
「ああ。運が良かったな。ってだけだ」
「? どういうこと?」
「あの槍……殆ど急所に入ってたんだよ」
思い出したのか、ゼロスの表情が曇る
「死んだ、と思った。出血も酷かったしな
それに……」
「それに?」
「いや、なんでもねえ。
それでリフィル先生が治療してたら、これが出てきてな」
そういってゼロスは懐から小さな布の包みを取り出し、に見えるように広げてみせる
「これは……!」
布に包まれていたのは粉々に砕けたペンダントだった。
繊細な金の細工と、輝く真紅の宝石――には見覚えがあった
「これに当たったおかげで槍が急所からはずれたんだ
――まぁ、衝撃でこいつは砕けちまったけどな」
「そ、う……」
は悲惨な姿になったペンダントにそっと触れた
「これに助けられたなんてね……」
寂しげに呟くの傍らで、ゼロスは小さくため息をつく
「……ていうかちゃんさ、」
トーンの落ちた言葉とともに宝石の欠片がひょいとつままれた
「……?」
欠片を指先で弄りながらゼロスは訊ねる
「これ、いらないって言ってなかったか?
どうして持ってたんだ?」
「それは……」
は口ごもり、視線を逸らす
粉々に砕けたペンダントは、去年の誕生日にゼロスがに送ったものだった
だがは、自分の柄じゃないから、と素っ気なく遠慮していた
「……アホでも主は主だし、もらったものを捨てるなんて……
それに…………好き、だから……」
「好きって誰のこと〜?
もしかして俺さま〜?」
茶化してみると、に鋭く睨まれた
「ち、違う!
私が好きなのはルビーよ!」
「どうしてよ?」
「……ルビーの宝石言葉、知ってる?」
「情熱、とかじゃねえの?」
「一般的に広く普及してる意味はね。
でもね、宝石って言うのはいろんな意味があるの」
「例えばどんな?」
「私が知ってるルビーの宝石言葉は、勇気と自由」
「勇気……自由……」
繰り返し呟くゼロスに、そう、とは小さく頷く
「私の欲しいもの……持っていたら、いつか手に入りそうな気がして
願掛けみたいな感じでずっと持ってた」
「でも、わざわざ俺がやったもんじゃなくても良かったんじゃねえ?」
「それは……だから、一応主にもらったものだし……
それに……このルビー、ゼロスの色に似てるから……捨てたら何か縁起が悪そうじゃない」
薄く赤に染まる頬
二つ年上の彼女が、こういうときはすごく可愛く見える
「なるほどね〜。だから砕けちまったんだな。このペンダントは」
「どういうこと?」
にやにやと笑いを浮かべるゼロスに、は訝しげに眉を潜める
「そっか〜覚えてないんだよなぁ〜ちゃんは」
「だから、何のこと?」
「ちゃんさぁ、気を失う直前に何を言ってたか覚えてる?」
当然の如く首を横に振る
「何か、変なこと言ったの?」
「い〜んや。ちゃんの胸に秘められた熱い思いを告白してくれただけだぜ」
「――え」
ピキリと思考が固まる
「いや〜驚いたぜ〜。
ちゃん、自分が死んだんだと思ったんだろ?
だからもう遺言とばかりに森の中で大胆な告白。
ヒルダ姫もみんなもびっくり。あのリーガルやプレセアちゃんですら目を丸くしてたぜ」
「……嘘ぉ……」
顔が真っ赤に染まり、情けない声が漏れる
「その……私、何て言ってた?」
おそるおそる訊ねてみると、ゼロスの表情がさらに楽しげになる
「ん〜?聞きたい?」
「……一応は、」
「そうだな〜……じゃあ、」
言葉が途切れ、す、と影が頭上を覆う
「こっちの返事の後で――」
「――っん、」
唇に触れる柔らかい感触
真紅の髪が一房頬に落ちた
「――……」
に口づけながら、ゼロスは森での彼女の言葉を思い出す
『何やってんだ!』
そう言った自分が柄じゃなかったと思うが、それに対してはうっすらと微笑みを浮かべて、
『仕方ないじゃない……身体が勝手に動いたんだから』
そう答えて、ぽつぽつと語る
『アンタに使えるようになって……一緒に暮らしているうちにいろいろと欲が出てきたけど……
一番欲しいものを、無意識に求めてたみたい……』
『……?』
『ずっと欲しかった……
大切な人のために命をかけれる勇気が……
アンタのために自分の命をかけれて良かった……』
――愛したアンタのために、
そう言って血に濡れていない手でそっとゼロスの頬に触れる
『約束、守れそうにないけど……
せめてアンタだけでも……自由に……
……アンタには、自由が似合うよ……』
そう言って、は気を失った
リフィルとミズホの民のおかげで一命は取り留めたが、それから丸三日間、は目を覚まさなかった
彼女が死に直面したことが――ゼロスを追い立てる
「――んっ、は……」
逃げる舌先を追って、離さないとばかりに絡める
『お前がいなきゃ、意味がねえんだよ――』
ぐったりと動かなくなったに思わず呟いた言葉
胸の中でもう一度繰り返し、秘めた想いが伝わるように深く口づける
手元に転がるルビーの欠片が柔らかな光できらきらと輝いていた
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あとがき
宝石お題7月はルビー。実は結構好きな宝石
宝石言葉は「情熱・勇気・自由」だそうです
ルビーと来たらゼロスくんが浮かんだので書いてみたら、どんどんお題から逸れていく……orz
でも彼の口調は書いてて楽しかったです。