カタン、と静寂の満ちる部屋に無機質な音が響く
古びたチェスの駒を弄りながら、はため息をついた
「セッツァー……遅いな……」
カーテンの外を見やり、昼間出ていった男の背中を思い浮かべる

世界のために忙しく駆け回っていた怒濤の日々が過ぎ去って1年あまり
仲間たちはそれぞれの帰るべき場所へと帰り、平和な日々を過ごしている
セッツァーもまた、気ままなギャンブラー生活に戻っていた
世界崩壊により唯一の故郷を失ったはそんな彼に着いていくことになった
気ままに世界を回ってみたかったし、なにより恋人の傍にいたかったから
 なのだが……

『良い客がいてな。うまくいけば大分稼げそうだ』
2、3日前から帰りの遅かったセッツァーは、今日もそんなことを言って出ていってしまった

世界を回ってみたかった。それは前から思っていた
けれど、なによりも……

「傍にいたかっただけなのに……」

ずっと出かけっぱなしと言うのは、いろんな意味で心配になる
対人的な意味でもそうだが、彼の身体も心配になる
最近、顔を合わせるたびに酒と煙草の匂いが彼を包んでいる
旅の最中でも多少は酒を飲むことはあったが、連日、しかも結構キツいのを飲んでるらしく、
これぐらいで倒れる人ではないだろうけど、それでも心配になった

「……まだ、かな……」
うつらうつらとしてくる意識を何とかしっかりさせる
連日の飲酒に煙草、加えて睡眠時間も短い
それでもこれが彼の生き甲斐なら、自分に邪魔をする権利はない。
だから待つことにした。
彼が帰ってきたとき、ちゃんと「おかえり」と言って迎えてあげたいから
「――セッ、ツァー…………」
そんなことを考えているうちに、の意識は深く沈んでいった



キィ、と木の扉の軋む音
夜が明けるか開けないかという時間帯に帰ってきたセッツァーは、明かりのついている部屋を見て訝しげに眉を潜めた
「……?」
そっと覗いてみて、思わず拍子抜けする
 チェス盤の乗ったテーブルに突っ伏して眠るの姿
 薄いシャツとパンツの上にカーディガンを羽織って、色素の薄い髪は簡単に結い上げられている
 形の整った唇から、細く呼吸が漏れていた
「ったく……」
稼ぎ分を椅子の上に置き、コートを脱いでにかけてやる
「寝室、行くぞ」
そのままくるむようにして抱き上げると、セッツァーはそう囁いて部屋を後にした


「ん……」
ふわりとした感覚で、意識が浮上する
「あ……私、寝ちゃったんだ……」
と、起きあがろうとして隣に誰かいることを感じる
「――セッツァー?」
無造作にのばされた灰銀の髪
華奢に見えて、たくましい身体
そして――ちょっとスパイシーで、けれど癖になる香水のにおい
気が付くと彼の腕にすっぽりと包み込まれていて、よく見るとベッドの上にいた
「……なんだ、目が覚めたのか」
と、気怠げな低い声に視線をあげると、セッツァーと目があった
「あ、えっと……おはよう」
「ああ。よく眠れたか?」
「え?」
何ともないいつもの調子で話しかけられ、一瞬戸惑う
「あー……多分、
ちょっと背中痛いけど」
「あんな所で寝てるからだ。風邪引いてないか?」
「大丈夫。
……だって、セッツァーが帰ってくるの待ってたから……」
「遅かったら先に寝てろって言っただろ」
「心配だったの。
最近あまり寝てないみたいだし……それに、酒と煙草の匂いもするから」
そう言って見上げると、切れ長のアメジストの瞳がす、と細められた
そのまま、ぎゅ、と優しく抱きしめられる
「――ありがとな
心配かけて、悪かった」
低く囁く声はいつもの穏やかな声で、思わず顔が綻ぶ
「大分稼げたからな。調整が終わったら好きな所連れてってやる」
「ん。楽しみに待ってる
けど、無理はしないで」
「わかってるさ」
その前に、と彼の身体がベッドに沈みこみ、つられて自分も横になる
「もう少し寝るか。
「……ん、そーだね」
額に触れる柔らかい感触を感じながら、再び微睡みに落ちていく



二人が目覚めたのは空が茜色に染まる頃だった



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  あとがき
 宝石言葉お題です。6月はパール。真珠ですよー
 花言葉は「健康・長寿・富」だそうです
 こじつけにかなり苦労しましたOTL
 睡眠不足は健康と美容の大敵ですよーって言いたかっただけです(マテ
  2008 6 25  水無月