アブソーブゲートより帰還して数日
後の処理やバチカルでの会合も体よく終わり、穏やかな日々が戻りつつあった
昼を過ぎた頃、コンコン、と控えめに扉がノックされた
「――ジェイド、」
継いで聞こえたのは、しばらく聞けなかった懐かしい声
「どうぞ」
一言で返すと、声の主が入ってくる
「今、よかった?」
「かまいませんよ」
そう、と入ってきた女性――は適当な所に腰掛ける
「それで話って?」
陛下のこと?と訊ねてくる
地位敵にも個人的にも皇帝に近しい二人にとって、彼のことで顔を合わせてため息をつくのは日常茶飯事だ
「違いますよ」
苦笑しながらも否定すると、はほっと胸をなで下ろした
「仕事じゃありません。私的なことです」
「執務中に私事で呼び出したのー?」
公私混同、と一応言ってみるが、本心では満更でもない。
「執務中に公私混同してでも恋人が会いたいと言ってるんですから、幸せなものでしょう?」
「そりゃあ、まぁ、その……」
面と向かって言われると照れるもので、は言葉を詰まらせる
年寄り幼く見える仕草に、ジェイドは知らず笑みを零す
背中で結わえた白銀の髪に、軍の青い衣
そこから見て取れる階級は、大佐である
「でも、仕事じゃないなら家で話せばいいのに
そうすれば誰かに聞かれる心配もないでしょ?」
は首を傾げる
軍に入って以来、とは公私ともに20年近くのつきあいとなる
軍人としても恋人しても互いを最高のパートナーとしている二人は、が大佐に昇格したのを機に同棲をしている
わずかな時間でも一緒にいたい。
のささやかな願いだった
「、今夜は外食にしませんか?」
「外食?」
「たまには気分を変えてみるのも面白いかと」
んー、と少し考え、は軽く頷いた
「そうね。たまにはいいか。
それで、お店はどうするの?」
「私が決めておきますよ。そのかわり、今日は早めに切り上げてください」
「いいの?そんなことして」
「日頃公私混同で振り回されてるんです。たまにはこちらがしても良いでしょう?」
「横暴って言わない?そう言うの
……でも、一理あるから頷いちゃう」
くすっと笑い、は腰を上げる
「それじゃ、終わり次第噴水の前で……後はジェイドに任せるわ」
「ええ。ではまた後ほど」
ひらりと手を振り、は部屋を後にした
「――ジェイド!」
予定の時間より少し遅れて、はやってきた
「ゴメン!急いできたんだけど……」
「気にしなくても良いですよ」
ボサボサになっている髪を梳いてやると、はもう一度ゴメン、と呟いた
「それで、どこに行くの?」
「秘密です
とりあえず着いてきてください」
どこか楽しげな表情にいささかの不安を覚えつつも、はジェイドと並んで歩き出した
「それでね、ガイったらすっかりブウサギたちに気に入られちゃって……」
「いいんじゃありませんか?あれはきっといじられてのびるタイプですよ」
「誉めてのびるのは聞くけど……いじられたらどこがのびるのよ?」
くすくすと笑い、は隣のジェイドを見上げる
久しぶりの二人の時間
それだけで、は幸せを感じていた
「――着きましたよ。ここです」
その言葉につられるように建物を見上げる
「ここって……」
入り口の看板を見て、は目を丸くした
「ここって、あの有名なレストランじゃない!」
「そうみたいですね。
以前来てからだいぶ経ちますが……雰囲気がよかったので覚えていたんですよ」
「以前って?」
「陛下のつきあいで一度来たんですよ」
何かやらかされたのか、ジェイドの表情は自然と苦くなる
「知らなかったけど……大変だったみたいね」
いろいろと察して、も苦笑した
「それはさておき――中に入りましょう」
言って、ジェイドはに手を差し出す
「どうぞ」
「ん、」
嬉しそうにはにかみ、は手を取った
「美味しかったー
さすが一流の評判だけあるね」
「気に入ったのなら、また来ますか?」
「そうね。今度は休みの日にゆっくりしたい
ま、二人で休みが取れることも滅多にないけどね」
同棲しているとはいえ、戸籍上ではまだ他人――恋人どまりなのだ
「そのことで提案があるんですが、」
「提案?」
「一緒に休みを取る方法ですよ」
「?」
話を聞こうと、はやや姿勢を前へ出す
「それは――これです」
言葉とともにジェイドがおいたのは、小さな箱
「これは?」
「開けてみてください」
言われるままに開けてみて、は驚き目を見開いた
「ちょっと、これって……」
中に入っていたのは、銀の指輪
細い切り子で、見たところ自分の指のサイズ
「受け取っていただけますか?」
訊ねるジェイドの顔は楽しそうだ
――絶対見透かされてる。
そうとわかっても、答えは変えられない
「本当に私が受け取って良いの?」
「冗談に聞こえますか?」
「まさか。何年のつきあいだと思ってるの?」
思わず笑ってしまった
「――すごく嬉しい」
継いで、本当の気持ちを伝える
「でも、ちゃんとした言葉が欲しい」
「今更ですか?」
「折角だし……ちょっとだけ物珍しさで」
困ったように、それでも表情は穏やかなまま、ジェイドは軽くため息をつく
「仕方ないですね
――、私と結婚していただけますか?」
す、とレンズ越しの深紅の瞳に見つめられる
「はい。喜んで」
純粋な、幸せな気持ちが表情に溢れる
指に触れた銀の指輪は、少しだけヒンヤリとしていた
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あとがき
宝石言葉お題5月ですエメラルドー
宝石言葉は「夫婦愛・幸福」だそうです。これは諸説あるので多かったこの二つに絞りました
一応夫婦的なものを目指して書いてみました。幸福要素は普通にかけるのですが;;
あとやっぱりジェイドさんの口調が難しいです。OTL
2008 5 29 水無月