よもぎ――幸福・平和
「ランサー、少し付き合わないか」
ある冬の日。昼を半刻ほど過ぎた頃、突然が言い出した
「付き合うって……何にだ?」
「街に出る。買い物とか……いろいろと」
「こんな昼にお前が襲われるとは思えねえが」
「そういう意味じゃない」
話しながらはクローゼットをあさる
「――あった。寒いし、これを着て。」
ばさりと放り投げられたのは黒い男物の上着
「着るのはかまわねえが……何か意味があるのか?」
訊ねながら見てみると、今日のはいつもと少し違う
黒を基としたスカートとブラウス、ストールの組み合わせで、手には上等なバッグを抱えている
「……少し待ってろ。支度してくる」
何か特別な理由でもあるのかと思い、ランサーは従うことにした
「さて……どこから行こうかな」
商店街をゆっくりと歩きながらは呟く
「何も決めてないのか?」
「だいたいの目星はつけてある。
けど、折角こうしてきたんだし、のんびり回るのも悪くないだろう?」
くすりと綺麗に微笑み、堂々、とまでは行かなくとも、凛とした態度で歩く
の独特の雰囲気は、神秘的に見えた
「……お前の考えはよくわからん」
「いきなり何?」
「こんなに人目を集めて……狙ってくれと言ってるようなもんだ」
「別に、かまわないさ。
――それに、人目を集めているのは私だけだと思うのか?」
にやり、と楽しげに微笑み、傍らのランサーを見上げる
「――ちっ」
の言葉の意味を即座に理解し、ランサーは舌打ちした
細いシルエットのスーツに身を包み、黒い上着を羽織っているだけ
それだけでも、元々背が高くバランスのとれた体格のランサーには迫力があった
「わざわざ実体化する必要があったのか?」
「二人の方が面白い。それに、喚んだ使い魔を霊体化させておく趣味は私にはない」
ふ、ともう一度薄く微笑い、は視線を前に向ける
「そうだったな。……ま、セイバーのところも似たようなものらしいしな」
呆れたような疲れたような口調で呟き、ランサーはの隣に並ぶ
「――ランサー、」
すると、不意にが前方を指さした
「あの百貨店で買い物でもするか?」
「お前の好きにしろ」
「そうか、」
頷き、は百貨店へと足を進める
その後を追ったランサーの背後で、白い結晶がひとひら、はらりと舞い落ちた
「このマフラー、どっちの色が良いと思う?」
両手に同じ形のマフラーを持ち、ランサーの前に掲げてみせる
「どっちでもいいじゃねえか」
「お前の意見が聞きたいんだ」
む、と少し、――彼女をよく知っていなければわからないほど微妙に拗ねて、は言葉を返す
「……そうだな、」
その反応がかわいらしくて、ランサーは思わず表情をゆるめる
「白い方がいいと思うぜ。お前の瞳の色に、よく合う」
「そう、」
今度ははっきりとわかるくらい微笑み、はランサーの選んだ方を取った
「あとは……手袋でも買うか」
楽しそうに次の売り場へ向かうに、ランサーは無言でついていく
平和。だけどそれは酷く淡い時間
もしかしたら明日にでも終わってしまうかもしれない危うい状態
わかっているのに、その居心地の良さに引きずられつつあるのも事実で
時折、敷かれた一線を踏み越えてしまいたくなる
そんなことを頭の片隅で考えながら、ランサーはエスカレーターを降りるの背中を見つめる
彼女は――は、何を想っているのだろうか
本人でないとわからないことだが、聞くのも野暮な話しだ
ふ、とため息を零し、視線をよそへやってみる
「――、」
エスカレーターを降りたところで、珍しくランサーがを引き留めた
「何?」
「用事ができた。すぐ戻るから、そのへんで待ってろ」
言い残し、ランサーはどこかへと足早に去ってしまった
「……?」
首を傾げながらも、とりあえずは外にでた
「あ……」
銀世界、という形容がぴったりだった
白い結晶がゆっくりと降り、街をうっすらと包んでいく
手のひらを出すと、雪がはらりと舞い落ち、吸い込まれるように溶けて消えた
「綺麗、だな」
知らず笑みを零し、入り口の正面に植わっているネムノキの元へ歩み寄る
その木の下に場所を決め、はランサーを待つことにした
「おねーさん、一人かい?」
不意に聞こえてきた声に、は顔を上げる
二人組の男が目の前に立っていた
「見ての通り、今は一人だけど」
「誰か待ってるの?」
「そういうこと。用事ができたとか言ってね」
淡々とした口調では言葉を返す
「そいつ、男?」
「そうだけど」
「じゃあそれ、浮気じゃねーの?」
にやりと下品な笑みとともに言葉が飛んでくる
「おねーさんかわいそーに。
そんな男ほっといてさ、俺たちとどっか行かない?」
「遠慮しておく」
「そんなこと言わず「――おい、」
迫ってくる男たちの言葉を、背後から誰かが遮った
二人の男がその声に振り向く
「さっさとそいつから離れろ」
「何だよ。邪魔するな――っぐぁ?!」
言いかけた男の一人は、神速の蹴りで道に叩き付けられる
「なっ……」
もう一人の方もその様子に青ざめる
「……ランサー、」
そこで漸く、は声をかけた
蹴飛ばした男を一瞥し、ランサーはに歩み寄る
「ったく……何やってんだ」
「少しからかっただけだ。本気にするな」
楽しそうにと微笑い、は二人の男に言葉をかけた
「悪いが、連れがきたんで失礼させてもらう」
日が沈みかけてきた頃、二人は帰路についた
「明日には雪が積もりそうだ」
「あぁ、そうだな」
ゆっくりと歩きながら、言葉を交わす
その度に漏れる吐息が、低い気温で白くなっていた
「折角だ。ランサー、少しあそこで時間をつぶさないか」
言って、は坂の上を指す
「そうだな。さっきもらった大判焼きでも食べるか」
頷き、ランサーは提案してみる
「焼きたてが一番美味しいし、そうしよう」
笑顔で合意し、とランサーは坂を上る
「……いい眺めだ」
長い坂を上り終え、人気のない休憩スペースに二人は腰を下ろす
「最近はこんな風に雪が降ることもあまりなかったし……いい思い出になるな」
途中で買った缶コーヒーを飲み、は感慨深げに言う
買い物の途中で貰った大判焼きを食べ、二人は静かな空気の中で時間を過ごす
「、」
何分たったのか、それとも何時間たったのか、
明確な時間はわからないが、突然ランサーが口を開いた
「何?」
「これ、やるよ」
ぶっきらぼうに差し出されたのはシンプルな包装のされた小包
「私にか?」
「他に誰が」
「そう。……開けてもいい?」
ランサーが頷くと、は丁寧に包装をはがし、中の物を取り出した
「……ピアス?」
中に入っていたのは、涙型のピアスだった
「俺は金持ってても使い道がねーからな。
こんなもんくらいしか買えなかった」
照れたように顔を逸らしながらランサーは言う
基本的にサーヴァントを実体化させたままののために、ランサーは普通の人間と同じようにアルバイトをしている
なので賃金が入ってくるのだが、サーヴァントであるランサーに買い物の必要は得になく……そして、現在に至る
「自分のほしい物を買えばいいのに……」
苦笑しながらも、は嬉しそうにそのピアスを見つめる
「いいんだよ」
本当にほしい物は、金では決して手に入れることのできない物
「つけてやろうか?」
「あぁ。そうしてくれ」
ピアスを手渡し、は髪をかき上げる
二人の距離が近づき、ランサーの指先がの耳に触れる
慣れたような器用な手つきで、ランサーはの耳にピアスを付けた
「似合うか?」
「あぁ」
鏡でずれていないことを確かめ、ランサーに訊ねる
頷き返してくれたランサーに頬をゆるませ、そっと耳元にふれてみる
確かな、金属の感触
ランサーの髪の毛と同じ色の、深く深く澄んだ青色の宝石
「……ありがとう、ランサー」
照れたようにはにかむを抱き寄せ、ランサーはこっそりと願った
と過ごすこの時間が、一時でも長く続くようにと――
--------------------------------------------------------------------------------
あとがき
2月の花言葉お題です。ランサー君キャッホイ\(´∀`)/
ランサー君はバイトしてなんぼだと思ってます
背の高い男の人にスーツってかっこいいですよね(´∀`*)
萌えが止まらないwwwww