みやこわすれ――憂いを忘れる






   「何やってるんだ?」
   「……別に、何も」
   一瞬だけちらりと視線をよこし、彼女はぼそりと呟くように答える
   「何も、ねぇ……」
   ベンチに腰掛け背を向けたままの彼女――を見つめる
   「……ところで、あなたの方こそ何の用なの。スパイダー?」
   淡々とした口調で問いかけ、漸くは向き直る
   「下ででエックス達と作戦会議じゃなかったの?」
   「さっきまではな。
   生憎、俺は会議とかそういうのに向いていないんでね」
   「それで、さっさと逃げてきたわけ?」
   容赦ないの言葉にスパイダーは苦笑する
   「そういう質だって話さ。戦いの場ならともかく、この場での会議だったら名君所長に有能なオペレーターも加わる。
   俺みたいな野暮な男が首を突っ込むような所でもねぇだろ?それに……」
   ふ、と意味ありげな微笑を浮かべ、スパイダーは続ける
   「滅多に見られない、ウチのクールな姫様の憂いた表情を拝もうと思ってな」
   「……何よそれ」
   む、とは眉根を寄せる
   「んな顔すんなって。折角の美人が台無しだぜ?」
   あっそう。とはにべもなく言葉を返す
   「別に、今この場で器量の良い女性でいる必要はないわ」
   「おいおい、俺は眼中にねぇってか?」
   「そういう意味じゃないの。
   ……ただ、そういう気分になれないだけ」
   の表情にちらりと影が差す
   何とか表に出ないようにと押さえ込んでいるのは、レプリロイドでは理解しがたい、人間の悩み故なのだろう
   それでも、
   「……話ぐらいは聞くぜ?もっとも、実質的な意味はないけどな」
   そういわずにはいられなかった
   「そう……ね」
   す、とは瞳をとじて、ゆっくりと息を吐き出す
   「スパイダー、あなたは過去に後悔したことがある?」
   「あ?」
   「もう戻らないとわかっていても、あの時ああしていたならば、そう思ってしまうことがある?」
   「さぁ、な……何分こういう職業なもんでな。過去は振り返らない質だ」
   「そう……」
   「そういうアンタはどうなんだ。何か失敗したことでもあるのか?」
   「失敗……ね。そんな物吐いて捨てるほどしてきたわ。」
   「えらく言い切るじゃねぇか。後悔してないのか?」
   「後悔したこともある。
   けれど、そんなの失敗の中のほんの一部に過ぎない」
   は立ち上がり、手に持っていたコーヒーの缶を投げ入れる
   「失敗は経験になる。いつか自分の中で活きる。
   けれど後悔は何もならない。後に残るのは自分の非力さ、過ちを思い出すしかない虚しさだけ
   それなのに……どうして後悔ばかりしてしまうの?」
   最期の方は自らに問いかけているようだった。
   「……何に後悔してるのかは知らねぇけど、あいつらの前でそんな顔するなよ」
   「え……?」
   「あいつらのことだ。きっとお前にあれこれ気を遣うぜ。
   そんなことになって俺まで面倒食らうのはごめんこうむる」
   「……そうね」
   本気なのかふざけてるのか、スパイダーの台詞にはくすりと笑みを零した
   「……やっぱりお前はその方がいい」
   「え?」
   「は笑ってる方がいいぜ」
   「そう……?」
   「あぁ。憂いた顔も悪くねぇが……笑った方が可愛い」
   「可愛いなんて……そんな柄じゃないわよ」
   「そうやって照れるところ、可愛いと思うぜ?」
   悪戯げに微笑むと、は頬を赤らめた
   そのようすを眺めながらくつりと笑い、つ、とその頬を撫でる
   「っ……」
   ぴくん、と反応するの耳元でそっと囁く
   「それに……そんな表情(かお)してたら、襲いたくなっちまうだろ?」
   「ちょっ……!」


    そうして、漸く気づかされる
    真剣な言葉も、ふざけたような言葉も、
    自分を思って言ってくれたのだと
    そして、知らないうちにこの憂いた気分が晴れていたことにも



   「……ありがとう、スパイダー」
   「あ?」
   「私、あなたのそういうところ好きよ」
   くるりと反転し、一歩前に踏み出す
   「さーてと、仕事に戻らなきゃ」
   でもその前に、とスパイダーに向き直る
   「何か、してほしいことある?
   元気づけてもらったし、お礼させて?」
   スパイダーは一瞬明けに取られていたが、すっかり元気になったの笑顔にふ、と笑みを零し、
   「それなら――」
   そっと、その頬に口付けた 




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   あとがき
  6月はみやこわすれ(23日)です花言葉は「憂いを忘れる」
  相手は初挑戦、RXコマンドミッションのスパイダー。ちなみにヒロインは人間です
  このキャラは書いていて楽しいですよ。
  できればまた書いてみたいです。
  2007 6 23  水無月